友達は大切に
休み時間の最中、ルピアはこっそりと、リリスやフィレウスにバレないように教室を抜け出し、人気のないところに来ていた。
適当な場所に座って、ルピアは呻きながら頭を抱える。
「考えないといけないことが……次々と……っ」
『うん……あの異変を、放置もできない』
「そうなの、そうなんだよぉ……授業に集中できない〜……アルちゃぁん、助けて〜……」
『助けたいけど、わたしにも見当が付かない。一応、授業の内容は記憶してるから、内容は教えられるけど……』
「わーん、アルちゃん最高……! ごめんね、勉強することが学生の本分だってわかってるんだけど……どうしても気になって、気付いたら考え込んじゃって……なんにも頭に入ってないんだぁ……」
『うん。……でも、わたしが覚えられることにも、限りがあるから……いざとなったら、リリスさんや王子様に勉強を教えてもらうことも、視野に入れるべきだと思う』
「あぁ〜、そうだよねぇ。アルちゃんに全部任せっきりにはできないし……でも、なんて言えばいいんだろう……」
ルピアはそうぼやくと、空を見上げて溜息を吐いた。
そんなルピアにアルテは、あっけらかんと言う。
『悩む必要が、あるの? みつちゃんはもう嫌な予感がするって言ってるんだから……それが気になって全然集中できなかったって、言えばいいだけだと思う。……できない理由がある? わたし、よくわかってない……』
「ああ、落ち込まないで大丈夫だよ……! あのね、これは私の気持ちの問題で……そう言えばいいだけっていうのは、確かにそうなんだけど……私は、優秀な公爵令嬢で通ってるから、それを壊すのはちょっと……怖くて。……それと……私、学園内におけるアルベリア公爵家の評価とか、色々を背負ってる状態なの。リリスさんやフィレウス様にならいいけど、もし他の人に見られたら……私が、家の評価を落としちゃうかも……」
『……そっか……みつちゃんは、そういうところを気にしないといけないんだね。わたし、よくわかってなかった……みつちゃんには、背負ってるものがたくさんある。覚えたよ。次からは、ちゃんとそれも考える』
「……アルちゃんはいいんだよ。思ったことを、素直に伝えてほしいな」
ルピアがそう言うと、アルテは黙り込んでしまった。
それが、気遣いなんていらないよ、という内容なのはわかっている。
だけどそれでも、アルテはちゃんと、ルピアを傷付けないように話したくて。
どちらを優先するべきかわからなくて、アルテは黙り込む。
それは、数十秒の逡巡だった。
ルピアは心配そうな顔をして自分の胸に手を当てて待ってくれていて、アルテは自分の気持ちを言葉にする。
『わたし……みつちゃんのこと、傷付けたくない』
「……アルちゃんの言葉に傷付くことなんてないよ……って言っても、ダメかな」
『うん……。……師匠が……珍しく、お酒を飲んでた時。本当に……珍しく……わたしの頭を、撫でてくれて。……もしわたしに友達ができたら、大切にして、失わないようにするんだ……って。あの時の師匠は苦しそうだったから、きっと過去に何かあったんだと思う……だからわたし、師匠の言葉を守りたい。無遠慮なのも一つの形かもしれないけど……それは、師匠の言葉に反すると思うから。……ご、ごめんなさい、みつちゃん……』
「どうして謝るの? アルちゃんがそうしたいと思うなら、もちろんいいよ。……でもそれは、言い方を考えるとか、そういう話であって。素直に意見を言うこととは別問題だからね!」
『…………そうなの?』
きょと、とアルテが不思議そうに言えば、ルピアは苦笑いした。
ルピアが初めての友達なアルテは、その辺りをまだよくわかっていないらしい。
人との関わりが薄い上に、まだまだアルテは幼いので当然のことかもしれないが。
「そうなの。別々の話なんだよ。私は、アルちゃんがすーっごく言い方を間違えちゃっても、傷付かない自信があるけど……きっと、アルちゃんはその可能性が生まれること自体が、嫌なんだよね」
『……うん……それは、すごく嫌』
「うん。だから、言い方に気を付けて素直に言えばいいんだよ。……ふぅ」
『あっ……みつちゃん、疲れちゃった……? それに……わたしが、話逸らしちゃった……』
「疲れてないし、話を逸らしたのは私だよ。ただ……アルちゃんと話してると、落ち着くなぁって。うん……頭が回るようになってきた。一回教室に戻って、みんなの様子を確認してから他の教室にも行ってみよう。まだそれができる時間が残ってるといいんだけど……」
ルピアはそう言って立ち上がると、足早に教室へと足を進めた。
◇
ルピアは教室に戻ると、リリスとフィレウスに向かって手を振った。
その間に、アルテがルピアの視界を通じてクラスメイトたちの目を確かめていく。
移動中、アルテがルピアに提案したのだ。
目という小さな、小さな場所を見るのは、横目では難しい。
その点、アルテは内側から、ルピアの視界に映ってさえいればいくらでも観察できる。
横目だと若干見づらくはあるが、注視すれば問題は無かった。
『……えっと……うん。少しだけ、目に光が戻ってる。でも、まだ虚ろ』
アルテの報告にルピアはほんの少しだけ顎を引き、頷きの代わりにする。
そしてルピアは、ゆっくりとリリスとフィレウスに歩み寄った。
「ルピア! どこに行っていたんだい? 気が付いたらいなくなっていて、心配していたんだよ。……大丈夫かい?」
「大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「ルピアさん、おかえりなさい。もうすぐ時間ですから、座って待っていましょう」
「も、もうそんな時間ですか……」
ルピアはちらりと教室の扉を見て、肩を落として言われた通りに座って時間を待った。




