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優しい花嫁修業

第5章

 プラスムスは、その日、娘の願いを叶える為に、汗を拭いながら、ヴァイオレット家を訪ねた。


 その頃は、すでにアイシン男爵の父親は、病に臥せっていて、ヴァイオレット家全体が闇に包まれたような状態だった。


 それでも、使用人を減らし、家の事も、父親の仕事も、アルバイトの代筆作業もアイシン男爵は、文句も言わずにこなしていた。


 プラスムスは、突然訪ねて、ドン引きされるのもどうなのかと思い、親切を装っての訪問だった。


 しかし、いくら待っても、使用人は出て来ない。


 それでも、しばらく待つと、庭のほうから作業着姿の男爵が現れた。男爵とは、一度、仕事関係で面識があり、突然の訪問でも快く家に招き入れて下さった。


 「ようこそ、プラスムスさん、今日はどうなされましたか?」


 プラスムスは汗をかきながら、

 「ヴァイオレット男爵がご病気と伺い、今回、いい薬が手に入ったので、お持ちしました」


 「ありがとうございます。どうぞ・・・」


 ヴァイオレット家。


 プラスムスは、すでに、オリザナダ領の半分の領地を手に入れていて、資金は、他国との貿易で利益を生み、本物の成金だった。しかし、アイシン男爵はバカではない。


 「どうしてそのような貴重な薬を下さるのですか?」


 流石に感がいい、誤魔化す事はヤメて、直球で聞くしかないと判断し、

 「ーーー娘が・・、娘が男爵を好いています・・」


 「私にとってはただ一人の娘で、わがままで、放蕩者ですが、目に入れても痛くありません。ですから、ですから、駄目だとわかっていても、男爵のお考えを聞きたくて来ました。この薬は、熱を冷ますのによく効くそうです。ヴァイオレット男爵は、今は水分も取る事も難しいとお聞きしまして、この果物をお持ちしました。栄養はわかりませんが、水分補給には役立つ果物です」


 今、ヴァイオレット男爵は、流行り病で、高熱が続き、医者が言うには熱を下げるには、水分を取り、代謝を促し、病を外に出すことが一番いいと、言われていた。


 目の前の男は、相手が一番欲しい物を、確実に目の前に置き、交渉に臨んでいる。


 「アイシン男爵様、気に入らなけらば、この場で、私を殺して下さい。そうすれば、あの娘も目が覚めて、貴族様と結婚したいと、大それた事を、言い出しません。その代わり、この領土は壊滅することになるでしょうが・・・」


 そして、脅しどころも知っている。プラスムスは表向きは、貿易商だが、武器商人だと言う噂も、アイシン男爵は知っている。弱点は、ただ、ただ娘に甘い・・・・。


 「プラスムスさんは、本当の所、どうなさりたいのですか?」


 「わかりません。それを決めて欲しくて訪ねました」


 「でも、妻は・・今、一番するべき事は、ヴァイオレット男爵のご病気が治る事ではないかと、言いました」


 「ーーーありがとうございます。少し考えさせて下さい」


 プラスムスは、使用人もいなくて、お茶一杯も出さない貴族に、娘を嫁がせたくなかったが、運命だと言い張る、娘の願いも叶えてやりたい。


 結論は、きっと、直ぐに出るはずだ。


 プラスムスはヴァイオレット家の屋敷を出て、振り返り呟く、「ミオ、こんな所で、本当にやって行けるのか?」


 プラスムスが、ヴァイオレット家を訪問してから数日後に連絡があり、あの薬と果物が効いて、ヴァイオレット男爵は、回復の兆しがみえたと、丁重なお礼の電話があった。


 「それで、縁談の事を考えまして、私たちは互いに知りません。私も後2週間後には、王都に発たなくてはなりませんので、もしよろしければ、お嬢さんを花嫁修業の為に、数日こちらで、預かる事は可能ですか?」


 プラスムスは、タヌキの化かし合いだと、知っているが、最後に決断をするのは、アイシン男爵でもプラスムスでもなく、ミオだと知っている。


 そのことをミオに聞いてみると、

 「行く! 絶対に行く! 」


 「ミオ、あの家には使用人はいなくて、ミオとメイドのエンだけだぞ。本当に行くのか?」


 「わかっている。大丈夫、数日でいいのでしょう。楽勝よ」


 プラスムス夫婦は顔を見合わせて、その数日で、どうにか諦めて帰ってくることを祈った。


 ミオは、沢山の贈り物と一緒に、意気揚々とヴァイオレット家に乗り込んで、きびしい歓迎を受けた。


 ヴァイオレット家の使用人は、本当に存在していなくて、お茶も淹れる人がいない。


 しかし、そんな事には動じない、エンがいるから、彼女が働けばいい。


 ヴァイオレット男爵の妻は、良家の出身で、品があり、教養も備わっている。軍人上がりの男爵家に嫁ぐことは、彼女の願いであり、ヴァイオレット男爵の願いでもあった。


 この二人は貴族では珍しく、恋愛結婚の様で、互いに愛し合い、尊重し合い、結婚した二人と言える。


 ちなみにミオの両親は幼馴染同士の結婚で、プラスムスは妻ミールの為に金を稼ぎ、そして、尽くす愛妻家でもある。


 母のエレナミは、ミオが何もできない事を、知っているに違いないが、愛する夫を助けてくれた恩を忘れないで、ミオの為に挨拶に出向いた。


 「初めまして、エレナミ男爵夫人、ミオ・プラスムスでございます。この度は、花嫁修業に招いて下さり、ありがとうございました。父から、男爵様と奥様への贈り物です。どうぞお受け取り下さい」


 「いらっしゃい。ありがとうございます。初めは慣れない事ばかりでしょうが、この1週間で覚える事は沢山あります。頑張って下さい」


 「はい、頑張ります」


 エレナミ夫人とアイシン男爵は、顔を見合い笑っていた。

 「それでは、プラスムスさんから、沢山の布を頂いたので、ドレスでも作りましょうか?」


 「・・・ドレスって作るものですか?呼べば直ぐにテーラーがきますよ?」


 「ーーー布を型紙通りに切って、縫うだけで、簡単なドレスは出来上がります。普段着でも、自分だけのドレスは楽しみですよ」


 その後、贈り物の豪華な布はボロキレに変わり、落ち込むミオ、その後、メイドのエンが、


 「お嬢様は、今日のご夕食はご遠慮したいと申しています」


 「ええ、わかりました。明日は、読書室で、貴族のしきたりについて教えますので、早めに朝食を召し上がって下さいと、伝えて下さい」


 次の日の朝食も、食べられる物がなく、卵を少しだけ食べて、ミール夫人の待つ読書室に向かった。


 遅刻だ!


 「遅くなりました」


 それでも、エレナミ夫人は怒る事もなく、熱心に貴族の基本を話し、男爵夫人としての振舞いを話した。


 「ミオさんは、好きな本とかはある?」


 「ロマンス小説が好きです。身分違いの二人が、最後には、結ばれて幸せに暮らす所が、大好きです」


 「そう、わたくしも好きよ」


 「ダンスはどうですか?」

 「ダンスは、小さな頃から父と毎日、踊っています」


 「音楽はどう?」


 「音楽は、色々学びましたが・・・・、楽器の才能は、余り、ありませんでしたが、歌を歌う事は好きです」


 「それは、いい事ですね。楽器がなくても、歌はどこでも人を、魅了出来ます。滞在中に、ヴァイオレット現男爵にも、ご挨拶に伺いましょうね」


 「でも・・・、私がご挨拶して、ご病気が悪くなったら、困ります」


 「どうして?」


 「ーー父がそう申していました。必ず悪化させるから、大人しくしているようにと・・・」


 「ふふふふ・・・」


 初めての夕食の時、ミオは、食事に手をつけなかった。見かねたアイシン男爵は、

 「食べられないモノがあいますか?」

 「はい、野菜は食べません」


 ヴァイオレット家の食卓には野菜料理だけが存在していた。


 「普段は何を食べているの?」


 「はい、卵とスープと、果物とお菓子です」


 「お肉や魚は、食べないの?」


 「父がいるときは食べます。食べると喜ぶから・・・」


 「・・・・・・」


 「そう、明日からは、少し音楽、文学などの話をしましょう」


 ミオは涙目で、頷いた。見かねた男爵がハンカチをミオに渡し、ミオはそのハンカチで涙と鼻水を拭き、席を立って自室に戻って行った。


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