本気を出す。
第43章
アイシン男爵は、帰国後、アイシン宰相に抜擢され、ブーメン子爵は、ブーメン軍長になった。
この発表が行われた王都の街は、大騒ぎになって、ブーメン子爵の家には、付け届けの山が出来た。
「坊ちゃん! 大出世です。直ぐに、セキセキ領のセンチュリオン家に連絡しましょう」
ブーメン子爵は、家に帰ってから、茫然と立ちすくみ、己の恐怖と戦っていた。
「どうして、このような大役を、気軽い引き受けてしまったのだろう・・・・」
その日、ブーメン子爵は、会議室の廊下で待っていた時に、偉そうな見知らぬ役人から、国王陛下より勅令が下りるとささやかれ、その時は、このように返事をする事と、メモを渡された。あまりにも突然の事だったので、そのメモを覚える事で頭がいっぱいで・・・・。
「どうしよう・・・。この年で、軍長なんて、無理だ。軍部にはそれなりに腕の立つ人間はいるが、アイシン男爵以上の人間を、見たことがない。一般の軍人は、生活のため、ある程度の実力者になってから、軍人に志願する。貴族たちは、たしなみ程度にしか剣を振るわない。しかし、アイシン男爵は、小さい頃より、父親によっての英才教育で、本当に一流の腕だ」
考えて、考えて、頭の中の知恵を探し出す、
「うん、それでも、自分も父親から小さい頃より指導された、理由は、勉強が全くダメだったので、剣の道に、すすむしか残っていなかった。そして、父は、意外に過保護で、絶対に本気を出したことがない・・・。本来なら、アイシン男爵が、軍をまとめるべきだ・・・。そうすると、宰相の職は誰が・・・?」
ブーメン子爵は、混乱した頭を整理するのに時間がかかり、今度は、ミミルーが大声で、たずねる。
「坊ちゃん、お給料は、どの位、上がるのですか?屋敷は、また、引っ越しですか?」
「これから、私たちは、どのようにしたらいいのでしょうか?」
メイドや従者、使用人は、ずっと、そこに立ち、何度も質問して、ブーメン軍長の返事を、すでに1時間程待っていた。何も語らないブーメン軍長に、業を煮やしたミミルーは、
「ヴァイオレット邸のジュリエールさんに聞いてきましょうか?」と、聞くと、
「ああ、そうしてくれ!」と、やっと答えた。
「これからは、すべて、ジュリエールさんのご指導のまま、動いてくれればいい」
「坊ちゃん、これからは社交も大切になります。早く、お嫁さんをもらって下さい」と、年を取った使用人が進言したが、子爵はただ、
「ああ、ジュリエールさんに聞いてくれ・・・・。そうだ、それしかない。これからは、ジュリエールさんに聞くしかないのだ! 」
仕方がないので、使用人達は頷き、ブーメン子爵は、
「よかった~~~。少し、光が見えて来た。よかったよ~~~。ミミルー、急いで行って。それから、今日は、食事は要らない。もう寝る。とにかく、非常に疲れた・・・・」
残された使用人たちは、
「どうして、坊ちゃんに出世してくれなんて、お願いしていたのだろう・・・。今のままで、十分だったのに、いきなり軍長なんて・・・、坊ちゃんには、大役で、・・・・無理過ぎる。あの坊ちゃんが、食事もとらないなんて・・・、異常事態だ」
「・・・・・・」
ミミルーと従者のニキルは、ヴァイオレット邸に大急ぎで駆け付け、ジュリエールを探した。
ジュリエールは、丁度、学校のリフォームに取り掛かっていて、猛ダッシュのミミルーが、真っ赤な顔で、たずねて来ても、落ち着いて対応した。
ミミルーとニキルは、ブーメン軍長の為に、地面に頭をつけてジュリエールにお願いした。
「ジュリエール様、坊ちゃんは、あまりにも大役を仰せつかり、すっかりプレッシャーに負けて、食事もとらずに、眠ってしまいました。お願いです。これから、私達がしなければいけない事を、ご指導して頂けませんか?」
「しかし、私は、ヴァイオレットの使用人です。他家の、それも軍長様の家に口出しする事は出来ません」
「でも、センチュリオン家には、女主人が居ません。私たちで、どうにかするしかないのです。お願いします。お願いします。ブーメン軍長も、今後の事は、すべてジュリエール様の言う通りにする事と、おっしゃっていました」
「困ったわね・・・・」
「それなら、先ずは、引っ越しです。今ままでのようでは、みすぼらしくてよくありません。王宮から、適当な屋敷を提示されるはずです。その中から、軍部に一番近い所に、屋敷を構えなさい」
「適当な場所がない場合は、軍部の中でもいいでしょう。軍部には、居住スペースがあります」
「もしも、軍部の居住スペースなら、もう一度、相談に来なさい」
「はい、わかりました。先ずは、引っ越しですね」
「使用人は、増やした方がいいですか?」
「そうですね。使用人も王宮から連絡があります。それに従って下さい。ブーメン軍長は、まだ、独身ですので、女性の使用人は、少ない方がいいかと思います」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
ミミルーは、頭の中で、引っ越しの事だけを考えて、急いでセンチュリオン邸に戻り、
「引っ越しの用意を初めて下さい! 」と、高らかに宣言した。
一方、王宮のミルク王女の元に、ジュリエールから、ヴァイオレット邸での、共同授業のお誘いのお手紙が届いた。
「王妃様、王女様、ジュリエール様よりお手紙です」
ユーリア王妃は、手紙を読み、泣いているミルク王女に、
「ミルク、ジュリエールが、ヴァイオレット邸の中に、あなたの為に、立派な教室を、建設するようですよ。だから、ダルマルと一緒に、そこで、授業を受けるのは、いかがですか?と、お手紙を下さいました。ーーーどうしますか?」
「わたくし・・、ヴァイオレット邸を訪ねる事が出来るの?」
「そうね・・、ジュリエールは、鉄壁ですから・・・、行ってみないとわかりませんが、ミルク王女は、行きたいですか?」
すっかり、涙がかわいたミルク王女は、モジモジしながら・・・。
「そうね。・・行こうかしら・・・?行きます。お母様、わたくし、そのお教室と言う所に行きます」
「それでは、今日からお母様と、ジュリエールの授業を受ける為に、予習をしましょう。お父様とお母様は、ジュリエールの授業には、大変苦労しました。それは、それは、大変で、覚える事も沢山です。同行するメイド達にも、彼女は、厳しいですよ。メイドが失態を起こせば、そのメイドは、2度と、教室には入れません。それでも行きますか?」
「はい、行きます」
「誰か、至急、メイド長を呼んでください」
呼ばれたメイド長は、かつてのジュリエールの教え子で、ユーリア王妃から話を聞き、震えながら答える。
「ミルク王女は、ジュリエール様の授業をお受けするのですか・・・」
「ええ、ですから、私たちも同行するメイドを選出しなくてはいけません。手紙には、メイドが待機する部屋もご用意しています。と、記載されていました」
「そのような・・・・」
「う、う、う・・・・、しかし、どうしたらいいのでしょうか?今の王宮には、彼女が納得するメイドなど、本当に居ません。私の指導力の無さを露見するだけです。王妃に恥をかかせる事になり、本当に申し訳ございません」と、既に涙声で、メイド長は、深く頭を下げた。
「ーーー、わかっています。彼女のようなメイドは、存在しません。それは、誰でも知っています。しかし、彼女は、あなたを選び、指導して、メイド長として信頼しています。今、その教室は、リフォーム中で、1ケ月後に完成です。まだ、時間はあります。そして、その時期には、アイシン宰相の初めてのお子さまが産まれます」
「彼女は、本当にギブ&テイクです。大丈夫です、この1ケ月で、ミルク王女のメイド達に、すべてを教えて下さい。わたくしは、ミルク王女への教育を強化します」
「もう、二度と、国王陛下を失望させたくありません」




