母親学級③
第23章
たった3日、降り続いた雨は、王都の半分を飲み込み、大災害になった。
アイシン男爵たちは、職人以外の人々も大勢、救助し、安全な場所まで運び、食事や薬、衣服なども与え、雨がやむのを待っていた。
弱者を助ける司令塔は、ジュリエール、避難場所や船、椅子等の司令塔はプラスミス、すべの事を上手くいくように采配するのは、アイシン男爵が、先頭に立って指示を出した。
ミオ、ミール夫人、フィージアは、トハルト家令と共に、すべての事を心配しながら、屋敷内で、空を見上げて過ごしていた。
「お母様、この雨は、いつまでふるのでしょうか?」
「わかりませんが、プラスムスが、昔に戻ったように、人々の為に、働いていて本当にあの人と結婚して、良かったと思っています」
「お母様、それ、娘に言う、ノロケ話ですか・・・?」
「ええ、ミオにも、ずっと、このような気持ちでアイシン男爵と、添え続けて欲しいと思ってます」
「お母様・・・」
プラスミスは、全財産を失っていても、災害時において、ケチることなく、市民を助け、すべての物資を投げ打ち、アイシン男爵と共に、働いていた。
雨が風に乗って、窓に叩きついている状態の時に、フィージアが、
「奥様、クランが、どうしても、奥様に面会を希望しています」
クランは、びしょ濡れで、泥をかき分けてやって来た事が、わかる程に、手は真っ黒で、ミオに頼みにやって来たのだ。
「---クラン?」
「奥様、すいません。ジュリエール様が見つからなくて、奥様にしか頼る事しか出来ませんでした。すいません。本当にすいません。こんな嵐が来るなんて・・、それに、あまり時間もありません」
トハルトが前に出て、クランに聞く。
「どうした?」
「ーーー産まれそうです」
「え?・・・妊婦さんがいるの?どこに?」
「・・・予定日よりも3週間も早く、陣痛が来て、でも、今は、このような状況で、どうしたらいいか・・・」
「ーーパンネルを呼びましょう」
「パンネルは、プラスミス様と一緒に、船に乗って行きました。子供たちの為に作って下さった教室も、女子供で一杯で、収容人数を越えています。でも、皆様に救助されていなかったら、私達全員が命を落としていたことも、全員、わかっています。だから、互いに助け合い、食事を作ったりして、本当に、ありがとうございました」
「では、その妊婦さんは、教室にいるのですか?」
クランは、首を振った。
「・・いいえ、ーーー私です」
クランは、確かに、太っているが、雨が降る前日まで、他の人達と一緒に、重い肉や野菜を運び、午後は、男たちと、畑も耕し、土木の仕事もこなしていた。救助されてからは、大雨の中、自分たちが作っている野菜の事を一番、心配して、畑にも出ていた。
「妊婦・・・、それも、臨月の・・・・」
ミール夫人とミオは、ぼっとしたまま言葉が出なかった。
「奥様、お屋敷の厨房でいいです。手を洗わせて下さい。後、お湯と、タオルを貸して頂けませんか?本当に申し訳ありません」
クランは、床が汚れるのを酷く気にしながら、頭を下げていた。その瞬間、大きな陣痛がクランを襲い、ミール夫人とミオは、大急ぎで、クランを支えた。
「フィージア、タオル、タオル、タオルと何?お湯?ミルク?」
はっきり言って、今、この屋敷には、この4人しか存在していない。トハルトは、男性で、場所を作ったり、備品を集めたりすることは出来るが、出産に立ち会う事は出来ない。
フィージアは、震えて、青い顔をしたまま、誰かの指示を待ってスタンバイしている。
ミール夫人は、妊娠5ヶ月で、今は、ヴァイオレット邸の中では、最大の保護生物。
今まで、出産経験のないミオは、人生、最大の危機に見舞われていた。
「とにかく、クランは汚すぎる。お風呂に入るのはどうかしら?」
「お風呂は駄目よ、お湯が沸くまでに時間がかかり、汚い水の中で赤ん坊が産まれたらどうするの。しかし、どこかで洗い流さないと、体がこんなに冷たくて、汚れている。・・・とにかく、手は、直ぐに洗いましょう」
「奥様、それなら、やはり、クランの言う通りに、厨房がいいでしょう。お湯を沸かして、そのまま着替えさせましょう」
クランは、本当に辛抱強いのか、時折、見せる、苦しそうな顔以外には、声もあげずに、ひたすら痛みを、堪えている。
トハルトは、重たいクランを抱き上げ、とにかく厨房に向かい、お湯をどんどん沸かして、ミオとフィージアは、クランの服を脱がせ、体も頭も洗い出した。
やっと、キレイになったクランに、ガウンを着せて、どこか出産できる部屋をトハルトが用意している時に、クランは、突然、苦しそうに、しゃがみ込んで、唸りだした。
「クラン、クラン、大丈夫?もう少しだから、頑張って! トハルトが、今、部屋を用意しているから、頑張って! そうだ、息をするとイイって、聞いた事があります。クラン、息をしましょう。息をして、頑張って、息をしましょう」
その場で立っているミール夫人が、
「ミオ! 人は、みんな、息をしています」
「・・・・・・」
ミール夫人は、見た事もない表情のクランを見て、慎重にたずねる。
「クラン、もしかして、産まれそうなの?・・出て来てるの?」
クランは、うなりながら、ミール夫人を見て、頷いた。
『え!!!! 』ミオは、人生で初めて、こんなに飛び上がったくらいにびっくりした。そして、ミール夫人とミオは、恐る恐る、ガウンを少しだけ上げて、覗いてみる。
「いる! いる! いる! 見えます。お母様!! 赤ん坊の頭が見えた。どうしましょう」
ミール夫人は、クランの腰をさすりながら、
「もう、ここで産むしかありません。フィージア、布団と毛布、タオルを急いて持って来て、その後、トハルトに、連絡して! 」
「ミオは、クランの腰をさすってあげて、大丈夫だから、このまま、産んでしまいましょう。きっと、この子は、あなたに似て、丈夫な赤ちゃん。安心して、私とミオが取り上げます」
ミオは、相変わらす、「息をして! 息を!! 」しか言っていない。
クランは、きっと、一度、口を開いたら、すべてが終わってしまうと考えているのか、ミール夫人の言葉に、涙を流しながら頷いた。
次の瞬間、スルッと、赤ん坊が産まれ、直ぐに泣き出し、その場の3人の女性たちは、大声で泣く、真っ赤な赤ちゃんを見て、ただ、ただ、ひたすら泣いていた。
「産まれた! 産まれた! スゴイ、クランの赤ちゃんです。産まれましたよ。お母様!ダルマルの妹です」
クランは、まだ、へその緒がついている産まれ落ちた女の子を、タオルで包み、顔や体をきれいにして、抱き上げ、
「ミール夫人、奥様、ありがとうございます。ご恩は一生、忘れません。ありがとうございます」
クランは、涙と大汗の中、大切そうに、その赤ちゃんを見ていた。
赤ん坊は、思いっきり泣いていたが、そのまま、直ぐに、クランはお乳を飲ませ、何とか落ち着かせて、トハルトの到着を待った。
トハルトとフィージアは、ビショビショになりながら、やっと、医療の知識のあるコメネルを連れて来たので、ミール夫人とミオは、その場で座り込み、抱き合い泣き出した。
「お母様、スゴイです。赤ん坊って、本当に産まれます。女性が産むのです。お母様は偉大です。クランは、偉大です。すべての女性は、偉大です」
「良かった。ミオ・・、でも、彼女は、赤ん坊を産まれるまで、沢山食べて、体を動かし、出産経験もあるからあのように、短い時間で産むことができました。普通の人は、もっと苦しんで、命を落とす人もいます。ミオも、本当に子供が欲しいと思うのなら、食べて、運動して、体を作りましょう」
「ミオ! わたくしも一緒に、ミオと頑張るつもりです。出来る?アイシン男爵の子供を授かって、あのように、あなたは、産み落とす事が、できる?」
「お母様、今は、まだ、自分の体が、無理なのは知っています。きっと、旦那様も、気にしてくれています。でも、今日のこの出来事で、わたくし自身が変われるように思えます」
「ああ、神様、ありがとうございます。このような機会を、わたくし達にくださいました。ありがとう、クラン!ありがとう・・・。赤ちゃん! 」
ミール夫人とミオは、その場でジャンジャン泣いていて、周りも急いで、駆け付け、屋敷の中も、外も、混乱状態になった。




