第548話【アグリスの結末】
アグリスの顔面に【轟炎拳】を撃ち込んだグロリアは一瞬で肌が焼ける感覚に襲われて慌てて退いた。
「熱っ! あっつっっっ!!! なんなのよコイツ! 熱いっ! うわっ! 鎧が! あっつ!!」
「グロリアもっと離れろ! 鎧が持たないぞ!」
全身大火傷済みのゼクードがグロリアの腕を掴んで引っ張る。
人間ならば大火傷で即死するであろう熱のバリア。
グロリアの胸のプロテクターやガントレットやレギンスが赤熱して危うく溶けそうになる。
しかし熱は通っており、グロリアの肌を焼いていく。
「熱っ! あっつぅ! もう! 火傷させようとしたら火傷するなんて! バッカじゃないのアイツ!?」
「大丈夫かグロリア?」
「大丈夫じゃないわよ!」と怒って言い返すグロリアだが上半身裸の火傷だらけの父親を見てギョッとする。
「お……お父さん、酷い有り様ね。大丈夫?」
「大丈夫だ。全身大火傷で今にも死にそうだ」
「大丈夫じゃないじゃん……」
「これでも死なないんだから驚くよ。母さんの血様々だ」
「……まぁとにかくお父さん。今ならアイツに攻撃が効くかもしれないわ」
「どういうことだ?」
「アタシのこの炎……もしかしたらドラグーンの再生を阻害できるかもしれないの。前に戦ったメルセーヌがこの炎を食らって再生できずに死んだから」
「本当か!?」
「うん!」
「よし……ならそれに賭けてみるか!」
正直、アグリスに対する決定打が無くて詰まってたところだった。
まさかグロリアのピンクの炎に再生阻害の効果があるとは。
助かった。
「こ、このォ……っ! アンタ……どこまで……っ! どこまで私をコケにすれば気が済むのよぉおおおお!!」
ふらりと立ち上がったアグリスが怒りを露わにして全身から炎を吹き出させる。
近づけば大火傷は避けられないだろう。
熱のバリアも威力が上がっている。
迂闊に攻め込めば以下にドラゴン化したこの身体でも再生が間に合わないかもしれない。
しかしグロリアを人間に戻すにはアグリスの心臓がいる。
さらに今アグリスは怒りの点火で隙が生じているのだ。
今ならアグリスの背後を取れる!
思い至ったゼクードは熱のバリアを無視してアグリスの背後に回った。
「!?」
「隙を見せたお前が悪いんだ! アグリス!」
言って即座にアグリスを羽交い締めにする。
アグリスの炎に焼かれながらも精神力でその激痛に耐える。
「離せこの! ゼクード!」
「離すか! 今だグロリア! やれ!」
「おおおおおおお!」
グロリアも熱のダメージを受けながら突っ込んだ!
腕をドラゴン化させ、アグリスの胸に爪を立てようとする!
「舐めんなぁああああああああ!」
怒声を張り上げるアグリスが急に紅く光り出した!
「!? グロリア来るな!」
「え!?」
アグリスが紅く光ると、次の瞬間自分を中心に大爆発を起こした。
ゼロ距離でその大爆発を食らったゼクードは全身を焼かれ、ついに意識も焼かれた。
※
ゼクードに来るなと叫ばれ、ギリギリのところで後ろへ飛んだグロリアは危うく大爆発に巻き込まれ欠けた。
「きゃああああああああああ!」
爆風に押され地面を転がるグロリア。
燃え盛る火の海に爆光が重なる。
グロリアはなんとか受け身を取って耐性を立て直した。
「お、お父さん!?」
爆煙にまみれた景色がゆっくりと晴れて、中のアグリスが見えた。
ゼクードは全身が真っ黒にコゲており、身体が炭と化していた。
髪も全て焼け落ち、眼球も無く、口も、歯も、歯茎さえも黒く、焼死体となっていた。
「ぉ……お父さん……嘘でしょ……そんな……」
あの無敵の父が、あんな真っ黒な焼死体になっている。
形こそアグリスを羽交い締めにしたままだが、動く様子はない。
「ふふ、残念だったわねゼクード。って……もう聞こえてないかしら」
焼死体になったゼクードを嘲笑うアグリスは、自分を羽交い締めにしたままの彼をどかそうとした。
しかし!
黒コゲになったゼクードは、それでもアグリスの拘束を解かなかった。
ギュッとアグリスを掴んで離さない。
焼死体になって固まっているのではない。
確かに拘束している!
ゼクードの力で!
アグリスはゾッとした。
「こ、こいつ! まだ生きて!?」
グロリアもそれに気づいた。
お父さんはまだ生きている。
あんな身体になってもまだ諦めてない!
ゼクードの顔がグロリアを見た。
眼球も無く見えないはずなのに確かにグロリアを見た。
口も動かない。声も出ない。
だけどそのゼクードの顔は『やれ!』と訴えているのが分かった!
お父さんはまだ、諦めてない!
理解したグロリアは全力で駆け出した。
暴れて逃げようとするアグリスに向かって。
今度こそ心臓を引き抜くため!
「ぁあああああああああああああああああああああああ!」
グロリアが特攻し、ついにアグリスの胸に爪を突き刺した!
「うあああっ! やめろおおおおおお!」
アグリスが苦痛に顔を歪めた。
そしてやはり再生はしない!
ピンクの炎は効いている!
これなら!
「あと少し!」
爪が深く突き刺さり、心臓を掴み取ろうとしたその時!
「ああああ! この! お前えええええ!」
アグリスがドラゴンに変身し始めた!
巨大化するアグリスに、ついにゼクードの腕が限界を超えて砕け落ちた。
両腕を失い、そして炭と化した身体はもう動かない。
英雄は力尽き倒れた。
そんな父親の最後を見てしまったグロリアは悔しさに歯を食いしばる。
あと少しで心臓を掴めたのに遠ざかっていく!
巨大化するアグリスの肉に押し出されていく。
ついにグロリアはアグリスの身体から弾かれるように落とされた。
「ぁあクソ! ちくしょう! ちくしょおおおおお! しつこいのよアンタ!」
『うるさい! くそ! 傷が再生しない!? なんで!?』
グロリアに負わされた胸の傷にアグリスは驚愕している。
ドラゴン形態になっても尚ピンクの炎は効いているようだ。
それはいい。問題は心臓だ。
アグリスはドラゴン形態になって巨大化した。
もうグロリアの腕の長さではあの胸の傷から手を挿し込んでも心臓まで届かない。
ゼクードのように【ブラックホール】も使えない。
万事休すか。
そうグロリアが涙を流して諦めかけたその時!
アグリスの胸に
ドッ!
『…………え?』
別のドラゴンの腕が突き刺された。
ゴフッと血を吐くアグリス。
突き刺されたその腕は桃色の竜鱗に覆われている。
見間違いじゃない。
この腕は!
『お祖母ちゃん!』
ドラゴン形態になったセレンがそこにいた。
セレンの巨腕はアグリスの胸を抉り、心臓を掴んで一気に引き抜いた。
ブシャアアッと鮮血が舞い、多数の血管が引き千切れていく。
『ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』
断末魔をあげるアグリスはセレンの尻尾攻撃で倒れた。
『あぐっ! ぁあああ、はぁ……か! 返し、て! 私の、心臓!』
ドラゴン形態から人間に戻ってしまうアグリスは、それでも地を這いながらセレンに詰める。
ドクドクと胸の大傷から血が流れていくアグリスは、徐々に衰弱していった。
『か……返し……て…………お願………………まだ…………死ぬわけには……………………せめ、て……………………ドレス、の………………………………赤、ちゃ…………を…………………――――――――――――――』
アグリスはついに動かなくなった。
熱のバリアが消え去り、周囲を燃やしていた炎が一気に鎮火していく。
「……終わったの?」
グロリアは呟いた。
そこには死体と化したアグリスと、焼死体と化したゼクードだけが横たわっていた。




