第547話【卑怯とは言うまいな?】
アグリスの襲撃がヨコアナに知れ渡るのにそう時間は掛からなかった。
アグリスとゼクードの開戦から数分が経過したヨコアナ内では、各所でそれぞれが大騒ぎになっていた。
「だから! 耐熱性のある矢を錬成してって言ってるんだよ! 母さんお願いだから早く!」
「無茶言わないで! 錬金は調合じゃないのよ!」
ヨコアナの一角で怒鳴る合うリイドとリーネ。
その親子喧嘩にレィナが割って入った。
「リイド! 落ち着きなさい! お母さん困ってるでしょう!」
「落ち着けないよ! 今もゼクードさんはアグリスと戦ってるんだ! あんな熱を持った相手だと近づくのも容易じゃない! 早く弱体化させないと!」
「だから作れねぇって結論出てるだろうが。落ち着けってリイドお前」
レグナもリイドを宥める。
その一方でネオが重傷の身体を起こしてヨコアナの入り口へ向かおうとしていた。
「待ちなさいネオ! どこに行くの!」
母ミオンが息子の肩を掴んで止めるが振り払ってくる。
「ゼクードさんに……加勢する!」
「そんな身体で戦えるわけないでしょう! 死ぬつもりなの!」
「そうだよネオ! 無理しないで!」
「安静にしないと傷がまた開きますよ!」
ロジェールとエルジーもミオンに協力しネオを必死に止めた。
さらに別の場所でもカーティスが重傷でありながら戦いに出ようとしていた。
「カーティスさんやめて! ここはお義父様に任せて安静にしてください!」
オフィーリアが道を塞ぐが、カーティスはそんは妻を強い眼差しで威圧する。
「ダメだ! 父さん頼りじゃ……ぐっ!」
「ほら見ろ! まともに立てないじゃないか! 無理をするな!」
無茶をしそうな息子を予想してか、すでに駆けつけていたカティアが言った。
「くそ……こんな時に何もできんとは……」
「ゼクードを……お前の父親を信じろ。あいつなら必ずなんとかしてくれる」
カティアは息子に肩を貸しながら告げた。
「しかし、母さん……また父さん頼りでは……」
「そう思うなら今は我慢しろ。お前ならいつかゼクードと同じ高みへ行ける。……私と違ってな」
「母さん……」
「今は堪らえろ。ゼクードに任せるんだ。我々が出たところで足を引っ張るだけだからな」
「……もし、父さんがやられたら」
「その時はカーティス。悪いが私達の壁になって死んでくれ」
「!」
カーティスとオフィーリアが驚愕する気配を見せた。
しかしどちらも激怒しない。
一見暴論にも聞こえるカティアのそれは、息子の性格を理解した上での発言だからだ。
「私は今度こそ子供を……カレンティアを。オラージュを。リィンを守り育てねばならない。オフィーリアも。オフィーリアのお腹の子も。レミーも。レミーのお腹の子も守りたい。これは女の私たちの仕事だ。壁になるのは……男のお前が先だ」
「お義母様……」
「了解です……母さん」
母カティアの説得に応じたカーティスは戻った。
オフィーリアもそれについていく。
カティアの息子を犠牲にする発言もオフィーリアは咎めない。
カティアもオフィーリアも今は騎士ではなく母親。
たとえ重傷でも、戦うのは騎士であるカーティスの仕事だと分かっているからだ。
カティアはそれを再確認させただけである。
だが息子を壁にするというのは決して気分の良いものではない。
胸の奥に沸く不快感は拭えそうにない。
だからこそカティアはゼクードに願う。
……頼むぞゼクード。
カーティスにはああ言ったが、そんな地獄はごめんだ。
何がなんでも勝ってくれ。
私は……家族みんなと生きたいんだ!
カティアは秘めた想いを決して漏らさない。
それでも強くそう願った。
ヨコアナではアグリスの襲撃に不安が募り、すぐ外で凄まじい戦闘を繰り広げている事実がみなを恐怖に貶めた。
アスレイ陛下とレイゼ女王もヨコアナのみなをなんとか落ち着かせるため【ゼクード】の名を何度も使った。
*
アグリスと交戦を繰り返す内に遠くでフランベールが立っているのが見えた。
ブレスで焼け死んだと思っていた妻が生きていた。
見たところセレンがブレスを代わりに受けてくれたようだ。
「フラン! ……良かった……無事だったのか」
安堵したゼクードは凄まじい脱力を感じた。
対するアグリスもフランベールの生存に気づいたらしく、眼を限界まで開き血走らせた。
「セレン!? くそ! あの女あああ!」
「俺からは何も奪えなかったな。アグリス」
「ふん、なに勝ち誇ってんのよ? そもそもこの私に勝てるの? ずいぶんと火傷のダメージが辛そうじゃない。息も上がってきてるし」
ゼクードの身体は度重なる熱のダメージで焼け爛れていた。
肉体に張り付いていたオリハルコンの破片も完全に溶け落ちて、ゼクードは上半身だけほぼ裸になっていた。
剥き出しになった上半身からはアグリスの熱により赤く染まり、火傷に火傷が重なって激痛に激痛が重なる。
常人ならばとっくに気絶している痛みに耐えながらゼクードは立っていた。
セレンの輸血で身体がドラゴン化していなかったらすでに重度の火傷で死んでいる。
こうしてアグリスの前に立ち、焼かれながら戦っているだけでもおかしいほどだった。
「ああ。正直辛いよ。今にも痛みで意識が飛びそうだ。でも気持ちは昂ってる」
「なんですって?」
「やっと……やっとアイツを助ける方法が分かった」
フランベールの心配が無くなったことで鮮明になった思考。
それは大切な娘の救済。
グロリアを人間に戻してやること。
それをやっと見つけたのだ。
レミーベールにグロリアが人間では無くなったと聞いたあの時から、ずっと探していた解決策。
今それが目の前にある!
「おいアグリス……お前のその心臓を俺に寄こせ」
「な!?」
「【エリザの血】も浄化するその【浄化の炎】とやらがあれば、ドラゴン化してしまったグロリアを人間に戻してやれる。だから寄こせ。お前の心臓を。俺が使ってやるよ!」
「何を言い出すかと思えば……アンタ馬鹿じゃない? この心臓がアンタに適合するとでも思ってんの?」
「だが可能性はゼロじゃあないんだろう?」
「拒絶反応で死ぬかもしれないわよ?」
「そんなの怖がってたら何も出来ないだろう」
「……なによアンタ? なんでそこまでするわけ? そのグロリアってなに? そんなに大事な存在なわけ?」
「当たり前だ。俺の娘だぞ」
「娘!?」
「忘れたのか? 俺には子供がいるって教えたはずだ」
ゼクードの言葉にアグリスは黙然。
何がそんなに不思議なのか。
「……娘のために死ぬつもり?」
「死ぬつもりはない。助ける可能性に賭けたいだけだ」
「その賭けに負けたら死ぬじゃない! レグみたいに心臓に乗っ取られる可能性だってあるわよ! いいの!?」
「いいわけねぇだろ」
「だったらなんでよ? そんな娘一人のために危険を犯すわけ? アンタの方が優秀なんでしょう?」
「な、なに言ってんだお前? アタマ大丈夫か?」
「はぁ!? なんで私が変なこと言ってるみたいになるのよ!」
「いやだって……俺の方が優秀だから娘は見捨てる、って言ってんだろそれ? 怖いよお前……」
「な……」
「確かにグロリアは俺と比べたら騎士としてはまだまだだし、性格は喧嘩っ早いし、ちょっと口も悪いし、どっかのお嬢様みたく息するようにドアノブ壊すゴリラだし、料理も下手だし、いろいろ残念だけど…………」
「ひどい言い草ねアンタ」
「……それでも俺がグロリアを見捨てる理由にはならない。俺の娘だから助ける。理由なんてそれで十分なんだ。親には」
「私からドレスを奪っておいて良い父親ぶってんじゃないわよ! この人殺し! 悪魔! なにが英雄よ!」
「……! ……お前には感謝してる」
「は?」
「お前とドレスのおかげで俺はエルガンディに帰れた。それだけじゃなくグロリアを救う可能性も示してくれた」
「な……なによ急に……」
「お前とは……やっぱり別の形で出会いたかったな」
「え?」
「もっと良い形で出会えていたら……友達くらいには、いやもっと良い関係になれたかもしれない」
「ゼクード……」
「今だグロリア!」
「え!?」
「了解!【轟炎拳】!」
アグリスの一瞬の油断を突き、グロリアが背後から奇襲した。
ピンクの炎を纏った拳が、振り向いたアグリスの顔面に叩き込まれた。




