二人の君主
「これが……ガルディナの街……」
「見事、ですな」
会議室での話し合いも無事終わり、今は議事堂の最上階にあたる三階から、街並みを見て貰っているところだった。
「住居と商店街、産業、工業、全て区画毎に分かれているのね」
「あぁ、街並みの整備、というのもあるが、獣人の中には鼻や耳が人並み以上に優れた種族もいてな、ある程度の距離を置き、半ば隔離のような状態にしないと、匂いや音で苦情が来る事も多い」
「それは……なるほど、難しい問題ね」
「全くだ。職業選択の自由を謳ってはいるが、種族毎のそう言った特性があって、実際には一部の職業は種族が限定的になりがちなのが現状でな。特に畜産だ、あれは確かに、中々独特の臭いが……な」
ゲオルグも人並み外れた嗅覚と聴覚を持つだけに、あそこへの視察は苦手である。とは言え、一時の我慢と思えばなんとでもなる。それに、実際にそこで働く者がいる以上、「臭いが……」などと言えようはずもない。
「今でも職種は多いとは思っているが、それでも、これから人口が増えれば増やしてもいいと思っている。今のところ観光関係は全滅だが……例えば、酒屋やそれで商売するバー……要は酒を飲む店くらい、あってもいいのでは、と思っている」
「……露骨ね」
「言っただろう? これからは率直なやりとりが望ましい、と」
「それにしても、もう少し歯に衣を着せるくらいは出来るでしょうに」
「それで曲解されても困る、まして、相手が一国の国主ともなれば尚更な」
国同士のやりとりで誤解や曲解というのは最悪の事態を生み出す可能性もある。それを思えば、多少印象が悪くなろうとも、分かりやすく正直に話をした方がマシ、というのがゲオルグの考えだった。無論、慎重さが求められる場面ならば言葉を濁す程度のことはやらねばならないことは理解しているが。
それに、そもそも。
「まぁ、貴方がそういう性格なのは今更だものね」
リュドミラがこの程度で気分を害するとは思えないが故の発言だ。これで気分を害し、憤慨するようであれば、そもそもここまで話が進むこともなかっただろう。
「酒類に関しては、技術は兎も角、製品として完成したものを取引することはすぐに出来るわよ?」
「あぁ、それで構わないさ。こちらも、先ずは食糧自給率の向上や衣服、警備などの問題を解決しなければならないからな。嗜好品に関しては当分先になるだろう。こちらから出す品目に関しては、金と宝石の原石が主になるだろう。加工品ばかり出しても、そちらも処理に困るだろう?」
「そうね、あまり大量にあれを持ち帰っても、恐らくは城の宝物庫に溜まる一方ね。あれだけの品では売るにしても与えるにしても、必ず衆目が集まるでしょうしね。それなら、原石の方が開発という話に信憑性も出るし、加工の職人が多く必要になれば職を持たない人間の雇用創出にも繋がるもの」
<……雇用の創出、ね。まぁ、先ずは人間からだろうが>
恐らく、ドワーフの抱え込みも同時に始まる可能性もあるが、取引に際しこちらからどの種族をどれだけ、と指定していない以上、それに対し文句などつけられない。それをよく分かった上での発言なのであろうが。
「そうか、帝国の経済に良い影響を与えられるならなによりだ」
「えぇ、治安の向上に雇用創出、それに伴う経済状況の改善、良い事尽くめね」
「こちらも、人口の増加に国力の増強、経済、文化的発展、国家としての体裁も整い、他国に対し建国の宣言が出来る日が近付く。最低でも5万は人口を確保してからが望ましい故、それが叶うのは5年か、10年か、まだ先の話だがな。しかし、最近では新生児も増えてきている。街がいずれ、子供達の賑やかな声で溢れる日を願ってやまない」
これは、前半はやや皮肉交じり、後半は本音である。
帝国は今回の取引に於いて、目に見える形で即効的に利益が多く生まれるのに対し、ガルディナは嫌でも長期的な目で見なければその利益が反映されない。むしろ、短期的に見ればガルディナ側は大きな負担を背負わなければならない。なにせ、既に居住する人口の倍以上の移住者の受け入れと、その者達への支援、教育、仕事の割り振りに、同時進行で取引に利用する金や宝石の採掘、貨幣増産、治安維持の為の人員補充と訓練。その他課題が余りにも山積みなのだから。
しかしそれでも、やらなければならない。存在が秘匿されていれば長い時間を掛けて少しずつ、という方策もとれただろうが、南のディナントが既にガルディナに対し手を出してきた以上、悠長なことはしていられない。今この時に、帝国との取引を最大限に利用し一気に国力の増強を図らなければ、いざディナントに存在が伝わり、大兵力を送り込まれれば、それはゲオルグが対処する他ない。そうなれば、確かに撃退は容易かもしれないが、ガルディナという独立勢力の、その軍事力が侮られる。ゲオルグ、すなわちドラグニル無しには成立しない勢力なのだ、と。
それは避けねばならない。ゲオルグの最終目標が、自分の存在がなくとも独立状態が成立することである以上、一度でも良い、ガルディナの軍事力で敵対勢力を撃破し、その国力が人間の国に決して劣らぬものであると示さねばならない。その上でゲオルグの存在が伝わる分には構わない。それだけの軍事力を持った上で、尚且つドラグニルも戦力として存在する、となれば、どの国でもそう簡単に手は出せないはずだ。要は、情報を公開する順番の問題である。
いつか、そう、ともすれば遥か遠い未来かもしれないが、いざ様々な国家と取引をする際に、その国力を侮られるという事態を避ける為には、重要なことなのだ。
<ま、本当に最悪な事態になった時は、この寿命と力をフル活用すればなんとかなるのだろうがね……>
だが、どうせこの世に生まれ出でたならば、少しでも多くの時間を自分の好きなことに充てたいと願うのが本心だ。やるべきことさえ全て終えれば、それが叶うのならば、後はそのための最短距離をひたすら走るだけ。今は走っている真っ最中だ。
「そういえば、今はまだあまり子供の姿が見えないわね」
リュドミラの言葉に、思案に耽っていた頭を対話モードに切り替える。
「あぁ、正確な人数は忘れたが、確か20人ちょっと、といったところだ。結婚は増加傾向にあるが、出産となると中々な。誰しもが忙しなく動いているこの時期に、出産や子育ての為に仕事を休むことに罪悪感を感じるんだそうだ」
ちなみに、この時代には未だ確実な避妊方法と言えば、性交渉をしない、しかなく、子供を作らないと決めたら夫婦の営みが自然となくなる訳で。
<一部男性の間で、やや欲求が溜まりそうな雰囲気……などとは言えんか>
恐らく、人間ならば娼館や娼婦でそれを発散するのだろうが、ゲオルグはこの街にそれらを用意するつもりはない。性病や重度の感染症などの温床となりえるものを、その危険性を度外視してまで作る理由がないからだ。
「そうね……人間でも、人口の少ない村落では、あまり子供を作ることに積極的ではないものね。それでなくとも、収入の少ない村落では、口減らしに子供を売る親もいる始末……とは言え、それを取り締まろうにも、そもそもそういった村落や地域に十分な支援の出来ていない国に対して不満が余計に溜まってしまうし……頭の痛い問題よ」
そう言いながら頭に片手を添えて深く溜息をつくリュドミラ。
「なるほどな、人身売買を禁じてはいるものの、それを厳しくしてしまうと無闇に貧困層や、それで商いをしている商人を敵に回してしまうと」
「そう言う事よ。帝国では、特に冬場には毎年少なくない餓死者が出ているわ。それを極力防ぐため、生産能力の高い都市に人口を集中させて、より多くの国民に目が届くようにしてはいるのだけれど……」
「それにも限界はある、と」
「えぇ、私たちも、食料事情は悪くは無いのよ? でなければ、ここに食料支援なんて出来ないもの。ただ、国内全ての村落の食料事情の把握なんて出来ないのが現実なの。国土の広さ故と言うべきか、辺境に関しては地方領主に任せるしかないの。そして、未だ南部の他国との関係改善の兆しが見えない以上、軍備の増強、維持を優先しているから、民衆の餓死者には目を瞑っている領主も多いのが、ね」
それは、この時代なら当たり前のことなのだろう。地方領主、すなわち貴族であろうが、彼らは基本的に、己の利権、財産の確保に余念のない生き物だ。そしてそれらを確保するために搾取をし、それらを守るために軍事力を増強する。そして増強した軍備を維持するためにまた搾取をし……という悪循環を生み出す。
そんなことをしている貴族が少数であれば、国主たる存在が厳しく罰すればそれで問題ないのだが、問題はそういった貴族が多数存在している、という事実である。
多数の貴族が同じことをしている中、その中の一人を罰すれば、他の貴族が「次は己では」という危機感を抱き、それは国主への不信、不満、反抗心を生み出す。そうなれば、貴族の離心、国主の権威衰退、最悪は反乱、内戦の勃発、国家が最も恐れるシナリオが現実味を帯びてくるのだ。
ゲオルグの場合、貴族制度そのものを採用していないし、一部の者が極端な権力を手にすることがないよう細心の注意を払っている。議会という制度も、その為の意味合いが強い。
「されど、ガルディナに於いてはその心配もなさそうですな。この様子では、恐らくこの街を拡大していく形で国家を形成していかれるのでしょう?」
ラシードがリュドミラの発言を聞き、横からそう言葉を発した。
「あぁ、基本的にはそうするつもりだ。少なくとも、この街においては貴族制度を設けるつもりもない。食料に関しても、最優先で増産予定だ。幸いにして、ここは季節による寒暖の差も少ない、休耕はしなければ土地の負担が大きいが、それでも北や南よりは安定した供給が可能だと目算している」
「それは頼もしいわね。後々、ここが十分に発展した後には、互いの特産品……果物や野菜ね、これらを交易出来るようになれば、二国間での食卓の彩の増やせそうね」
「ん、それは期待したいところだ。交易で同程度の量が取引されるならば、自給率にも大きな影響は出ないであろうしな。それに、あそこの市場にもより活気が出るだろう」
そう言いながら窓から市場を見る。そこには、ようやく落ち着いてきたのか、いつもの活気を取り戻しつつある市場が見えた。中には、配給されたばかりの貨幣を早速使っているのか、衣服や食べ物を買っている見覚えのない者達もちらほらいるようだ。
「そうね……正直、人間同等……いえ、むしろそころらの小さな町よりよほど文明が発展しているなんて、思ってなかったわ」
「ですな。某も、いかにドラグニルとは言え、零からの始まりでここまでのものを築きあげるとは思いもしませなんだ。いや、誠に感服致しました、スタンフォード公」
「なに、確かに、零を一にするのは難しいことではあるが、一を二に、二を十に、十を百にするのは意外と簡単なものだ。帝国の助力を得ることが出来た今、より早く、大きく発展させ、この街を都市国家として一日も早く成立させるよう尽力しよう。そうなれば、軍事的な同盟とて夢ではあるまい?」
ゲオルグがそう言うと、リュドミラとラシードは苦笑する。この二人、というより帝国の最も強い望みは恐らくそれなのだろう。
ドラグニルに率いられた多数のドラゴニュートを含む精強な軍隊。それが友軍として戦場に馳せ参じる、となれば、大陸に覇を唱える事も不可能ではなくなるだろう。目下、ゲオルグはガルディナが大陸を制覇する、という目論見はない。人口的にも国力的にも非現実的だからだ。もし侵略をすることがあるとすれば、恐らく大森林周辺、或いは海を獲得することが目的となるだろうとは考えているが。
「……この街を生かすも殺すも俺の采配一つ。そして、その采配に大きな影響を与えるのが貴国だ。くれぐれも、よろしく頼む」
「えぇ、こちらこそ、末永くお付き合いできるようお願いするわ。ラシード」
「はっ、これよりは我が国と貴国との融和の為、その仲立ちとして尽力する所存。何卒、よしなにお頼み申し上げまする」
「あぁ、こちらも、出来るだけ早くあの砦に駐在出来る人員を確保しよう。それまで幾度となく顔を合わせることになるだろうが、提案や意見があれば遠慮なく言ってくれ。それに応えられるかは分からんが、努力はしよう」
「ははっ!!」
こうして、リュドミラのガルディナ訪問は無事に終了する。彼女らを送り届けたゲオルグの机の上に、山となった書類を見て彼が愕然とするのは、もう少し先の話である。
次回はほのぼの回といこうかと。




