砦
前話の最終部分を一部改訂しております。ストーリーに影響はございません。
「それでは、そろそろ良いか」
「えぇ、大分親交も深まったようだし、ね」
模擬戦から30分程、ヨハンは件の騎士となにやら話し込み、盛り上がっているようだ。まだ表情がやや強張っているが、獣人であるヨハンに対してあからさまな蔑視を向けない騎士に、少しは心を許したようで、武術に関する意見交換のようなものを行っている。
その他多くの者達も、種族問わず幾つかのグループになって和気藹々としているようだった。主に、ドラゴニュートが間に立って仲を取り持っているように見える。警衛隊だけではこうはいかなかったであろうと思うと、つくづく彼らをガルディナに呼び込んで良かったと思わずにはいられない。
「それでは、先ずは砦の建築を始めよう、資材を予定地に移動し、皆を下がらせてくれ」
「分かったわ」
リュドミラとゲオルグが、それぞれの率いてきた者達を再び取り纏め、ガルディナ兵は森林寄りに、帝国兵達は反対側に大きく移動し、持参した資材をその中間付近に運ぶ。数が数だけに少々時間が掛かったが、それが無事終わると。
「では、始めるとしよう。問題はないと思うが、万が一ということもある、十分に注意してくれ」
注意を促す言葉を発してすぐに、ゲオルグから膨大な魔力が迸る。そして、それは積まれた物資へと向かい、そして、奇跡のような一幕が始まる。
「おぉ!!」
「なんと……」
「丸太が次々に……」
「鉄は……あれはもしかして釘か?」
「おい、堀も出来てるぞ」
恐らく、人間に披露する魔法としては過去最大のそれは、周囲の者を感嘆させるには必要十分なものであった。
木材は次々と加工されていき、それがまずは巨大な壁を作り出し、そこに釘などの固定用具が次々と打込まれ、同時進行で内部に建造物が出来上がっていく。そして壁の外側には深さ3m、幅4mほどの空堀が作られ、その過程で出てきた土が空中で焼かれ、圧縮、硬質化され、レンガのような形のブロックが次々出来上がる。それが内部でも特に重要となるであろう建造物の外壁を埋めていく。板状の木材の上から更に石材で補強されたそれは、一目に頑強な造りだと分かる出来だ。
広さはおよそ400m四方、160haと、この時代の砦としてはかなり規模が大きい。それでいて空堀、壁、居住用家屋や作戦指揮所となるであろう建造物に、中央には大き目の広場まで用意されたそれは、帝国の予想を遥かに超えた物であっただろう。ついでに、余った木材で堀の外側に簡素ながらも柵を作り、いくつかの木剣まで出来上がっているという親切仕様である。
出入り口は二か所、北側と南側、つまりガルディナ側と帝国側にのみ作られている。
「こんなものか……」
「………………」
リュドミラ、いや、ラシードや護衛の騎士までもが、口を半開きにして固まっている。
「……リュドミラ?」
「へ?……え、えぇ、そうね。十分……いえ、十二分よ」
「これは……正しく奇跡ですな……これならば、魔物に襲われたところでそうそう陥落などしますまい。いや、それどころか、本当にガルディナ開拓の拠点にも……」
「そのようなことをするならば、俺は砦を灰にせねばならなくなるのだが?」
ゲオルグの言葉に、うわ言のように零したラシードだったが、続くゲオルグの言葉にハッとなって言葉を返す。恐らくは、「帝国」の将としての無意識での発言だったのだろうが、それでも、ゲオルグには到底許容できない内容だった。
「む、無論そのような真似は致しませぬ。その時は、この首を差し上げましょう」
自分の失言に気付いたラシードが慌てて首を振りながら答える。帝国を第一に考える思考は、帝国の将としては一流かもしれないが、それを他国のトップの前で、しかもこのような内容のことを漏らしてしまうあたり、外交には向いていなそうである。ゲオルグとしては、実直で、良い意味で単純なその性格は好ましいが、時と場合というものがある。
「首なんぞ貰ってもな……まぁ、一応言っておくが、万が一この砦を拠点にガルディナに対しなんらかの行動を取った際、それが俺の許容出来ないものであれば、人間ごと砦を焼き払い、協定の全てを白紙とする。構わないな?」
「えぇ、厳命しておくわ。ラシードも、努々私達の約定を違えさせるような真似はしないで頂戴」
「は、はは!確と承りましてございます」
「ん、よろしい。では、砦の方は確と引き渡した。確認は……不要だな?」
「そうね、目の前でこれだけの物を見せつけられたら……ね。一応、部下を何人か確認に行かせるけれど」
「当然だな。もし要望があれば、今ならまだ受け付けるぞ?」
「これ以上要求なんかしたら後が怖いわよ……持ってきた天幕は全部必要なくなったことだし、何かあればその辺りの資材でなんとかするわ。それについて一つお願いがあるのだけど、万が一、生活に必要な木材……煮炊きに使う薪や補強に必要な木材が不足した時は、森林の一部を伐採する許可が欲しいわ。前言を翻すようなことを言っていることは理解しているけれど、ここは帝都からあまりに遠いわ。物資が必要と伝えられ、それを準備し、輸送、現地に到着すまでに、時間が掛かりすぎるのが少し……ね。勿論、普段は補給担当の者が余裕を持って行動するでしょうけど、それでも緊急事態ということは起こり得るもの。大事な兵士を無為に死なせるような事だけは避けたいのよ」
「気持ちは分からんでもないが、それは現状では許可出来ない。確かに、この辺りはまだ俺の目も届かぬが、そちらが我々を国家と認めたのであれば、森林は間違いなく我らの国土。そこから資源を持っていくのはいかがなものか」
「確かに、浅慮と思われても仕方ないわ。けれど、こちらから貴方と連絡を取る手段がないと言うのがどうしても引っかかってね……いざ、本当に火急の件でそういった物が必要になった時、たまたまあなたが居てくれる、なんて都合の良い事もないでしょうし」
「それはそうだな……後々、ここまでの道の開拓と大使或いは駐在武官なども検討するが、今はまだ、な」
「駐在武官……?」
「あぁ、そういう制度がないのか……そうだな、ここにガルディナの兵の中でも位階の高い者とその従者を何名か常駐させ、緊急時においては俺の名代としてそちらと交渉する権限を持った存在だ。大使とは違い、軍事的な情報の収集や交換が主な仕事だがな。実戦経験の豊富な帝国軍人との交流で得られるものが多い事を期待出来る。だが、今はまだ人材不足が否めない為に難しいし、道を切り開いても危険が多すぎて実用性がないのが問題だが。まぁ、しばらくは俺がこまめに様子を見に来よう」
「駐在武官……なるほど、確かに、そんな存在が居てくれればこちらとしても有り難いわ。こちらからガルディナへの派遣を検討してもいいかしら? 単なる外交官ではなく、技術や情報の交換なども行える職人や軍人であれば、それはお互いにとって有益ではないかしら?」
「それも視野には入れている、ガルディナにはまだ製鉄や貴金属加工以外では技術力に難があるからな。だが、今はまだやめておこう。こちらも、今回こうして交流した者達が戻り、住民達の間で反人間感情が薄くなるまでは、身の安全を保障出来ん」
「それは承知の上よ。でも、後々本格的な交流が始まる前にはお願いしたいわ。こちらとしても、他の貴族なんかが横やりを入れてくる前にガルディナ内部で地盤を築いておきたいから」
「善処しよう。こちらとしても、余計な茶々が入る前にリュドミラとの間で太い繋がりを築いておきたいのが本音だ」
「では、お互い善処しましょう」
「あぁ、これで、こちらもようやく都市国家としての体裁も整いそうだしな」
二人が頷きあっている頃、出来たばかりの砦内部に走った兵士達が、中からもう一度確認して感嘆の声を上げていたのが、ゲオルグの耳に聞こえていた。
どうやら、滞りなく取引は進みそうである。
ちなみに、森林の伐採の件については、ゲオルグが訪れた際に何かあれば要相談、という形に落ち着いた。流石にゲオルグも、自国の資源を無闇に利用されることだけは許容し難かったのだ。後々対外交渉官を置いた際に、適正価格での取引項目に載せることでお互いに合意し、今回はそこまでとなった。




