ガルディナの剣
「それでは、双方準備は良いか」
「はっ」
「いつでもかかってこい、若造」
ゲオルグの言葉に返事をしてきたのは、ヨハンと壮年の騎士である。
ラシードから予想道りに手合せを申し込まれたゲオルグは、「これから様々な無理を願うこともあろう貴殿に万が一があっては困る。それならば、俺の教えた者の中でも最も優秀な者と、貴殿の子飼いの騎士で戦わせてみる方が良かろう」と言ったところで、「それはそれで面白そうですな」と、旨く丸め込んだのだ。
その結果、ゲオルグとリュドミラが腰掛けに座り、その20歩ほど前で二人が対峙し、更にその周りを警衛隊や近衛、帝国兵や亜人がギャラリーのように囲んでいる現状が出来上がった。帝国兵達の間では、どちらが勝つか賭けが行われているようだが、リュドミラが止める様子もない。娯楽の少ないこの地方で、そういった楽しみを奪うと反発が強いのだろう。
ちなみに、ゲオルグの後ろにはリーシアとジル。リュドミラの後ろにはラシードと護衛の騎士が3名ほど控えている。
「先に言っておくが、相手を殺すことは禁ずる。万が一どちらかの命が奪われた場合、残された者の命も俺が奪う。これは、ガルディナ、及びヴィルヘルム帝国との間で執り行われる親善試合であり、両者はそれぞれの国家の代表であると心得よ。それでは、両者、構え…………始めっ!!」
開始の合図の瞬間、先ずはヨハンがその瞬発力を活かして一気に相手の懐へと斬り込む。ちなみに相手の騎士は、ラシードに武術の手解きを受けた槍使いで、深い返しの付いた長さ2.5m程のスピアを構え、プレートアーマーを着込んでいる。双方共に、武器は自分の物を使っている為、刃引きなどはされていない。
「ふっ、せいっ!!」
「ちっ……はっ!!」
ヨハンの一撃目を槍で受けようとするも、その剣が普通の物ではないと思いだしたか、後ろに後退する事で避け、続く二撃目を剣の腹に槍を当てることで受け流す。
正直なところ、ゲオルグはプレートアーマーを着込んだ兵士に、あのヨハンの必殺とも言える高速の初撃からの連撃をあしらわれるとは思っていなかった。
「……中々やる」
「おぉ、スタンフォード公に認められるとは、彼奴も鼻が高いでしょうな」
思わず零したセリフに、ラシードが素早く反応した。そしてその間にも、戦いは続いている。
「シッ!!」
「むん!!」
今度は騎士の方が突きを連続して放ち、それをヨハンが避け、或いは受け流し、見たところ一進一退の攻防が続いていた。その戦いはまるで演武のような美しさがある。どちらも、最低限の動きで相手の攻撃を見切り、そして隙を逃さず反撃に転ずる。示し合わせたかのように攻防がスイッチし、そして二振りの剣と一本の槍が剣戟を奏でる。周囲の者達も、その戦いぶりに見入っているようだった。
ヨハンはその身体の身軽さを活かし、二本の剣を自在に操り、騎士の方は一見防御に重きを置いているようで、そのリーチを活かして間合いが取れた瞬間に確実に反撃を見舞う。懐に入られれば騎士が不利だが、逆に入れなければヨハンが不利なこの戦い、どちらが勝っても不思議ではない雰囲気だ。
思わずゲオルグですら息を飲み、いつも煩いラシードですら黙って成り行きを見守っている。リュドミラに至っては肘掛にゆったりと置いていた腕をいつの間にか足の上に乗せ、そのスカートを強く握り締めている。
どちらも攻めきれぬといった様相の戦いが、10分に満たない程度の時間続いた時、ようやく状況に変化が生まれてきた。
それぞれの表情が、鬼気迫るものに変化していき、その攻防の激しさが増してきたのだ。幾度となく交わる剣と槍、時には蹴りや体当たりまでするようになり、どう見ても死闘のそれにしか見えなくなってきたのだ。
両者とも、額からは玉のような汗が流れ、しかしそれを拭おうとすればその一瞬を突かれて攻勢を受ける。そんな激闘に、ギャラリーも固唾を飲んで見守る。
「……リュドミラ」
「えぇ」
そんな様相に、何かを感じたゲオルグとリュドミラが頷きあい、そして。
「「そこまで!!」」
と、手合せの終了を告げた。周囲の者達は「え?」という表情だ。だが、この戦い、これ以上の継続は危険だと、二人は判断したのだ。
恐らく、ヨハンは人間にだけは負けたくないと意地になり、騎士もまた、兵としての誇りが、獣人に負けることを許容できないのだろう。このまま続ければ、体力的な疲弊は勿論、それによる判断力の低下や、誤って相手に傷を、下手をすれば殺傷しかねない、というのがゲオルグとリュドミラの見解だった。
「両者とも、武器を納めよ」
「見事な戦いだったわ。例えどちらが勝ってもおかしくないくらいにね、けれど、今この場は勝敗にこだわる場面ではないわ」
「如何にも。これはあくまで、ガルディナとヴィルヘルム帝国の親善と交流のための試合だ。我らは死闘が見たい訳ではなく、両国の兵同士が健闘する姿を望む」
「ゲオルグ殿の仰る通り、これ以上は双方共に危険が生ずる可能性が高いし、それにより両国の間に亀裂が生まれてはならないの、今回は、ここまでとしましょう」
二人の言葉に、肩で息をしていたヨハンと騎士が、それぞれの得物を納め、後ろへと下がった。周囲の者も、多少不満そうではあったが、賭けは白紙で払い戻し、つまり誰も損はしていないので、不平不満を唱えるものもいなかった。
それを見たゲオルグとリュドミラが満足気に頷き、そして、戦い終えた二人の元へ歩いていった。そして、ヨハンの元へ着いたゲオルグが。
「ヨハン」
「はっ」
「見事であった。身体的アドバンテージがあったとはいえ、歴戦の猛者を相手に一歩も引かぬ勇姿、まさしくガルディナの剣、兵を総べるものとして相応しいものであった」
「過分なお言葉を賜り、光栄に存じます」
「健闘を称え、褒美を贈ろうと思うが、金銭には興味あるまい?」
「はっ、今でも十分に頂いておりますれば、それは部下達に回して頂きたく思います」
「相変わらずブレない男よな、お前も。だが、それでは俺が納得できんのでな、ヨハン、剣を貸してみよ」
「?……は、これに」
首を一瞬傾げながらも差し出した剣を受け取ったゲオルグが、その見た目には何の変哲もない剣を見て何度か頷いた後、傍にいたリーシアに、馬車から金の原石を二つ程持ってくるよう頼む。取引に使うものであるため、念のためリュドミラの方を見てみれば、話を聞いていたようで、小さく頷いた。二つくらいなら構わない、といったところだろう。
そして、命令を受けたリーシアが、人の頭の半分くらいの大きさの原石を二つ持ってくると、ゲオルグは剣と原石に対し魔法を行使した。
原石から、金と、金よりも多く含まれる銀を抜き出し、そしてそれが剣の鍔に纏うように動きだし、そして剣は、その刀身に赤く模様が浮かび上がり、それが徐々に黒っぽく変色していく。
やがて出来上がった剣は、少量の金と銀をあしらった上品な装飾が加えられた鍔に、美術品のような彫刻の施された刀身を持つ、見る者の目を奪うような二振りの剣だった。
「ん、良い出来だ。今の戦いで多少傷んでいた分も修復してある。それと、彫刻を入れた際に強度が下がる恐れがあった故、硬質化の魔法を念入りに掛けてある。切れ味、耐久性は以前と同等かそれ以上、重量はやや増したかもしれんが、これを与えた当時よりも力を付けたお前なら扱えよう。これを、褒美とする」
返された二振りの愛剣を受け取り、しばらくその刀身に見惚れたように見入っていたヨハンであるが、やがて。
「かような物を授かった以上、これまでの以上の忠勤に励む所存にございます。我が身、我が命、我が剣、すべては閣下の御為に」
跪き、剣を捧げるようにそう誓いを立てたヨハンに、ゲオルグは満足そうに頷いた。現代においては、武器に過度な装飾をすることは何の戦略的アドバンテージになりはせず、むしろ上級指揮官であると思われれば敵の標的にもなり易いため忌避されがちであるが(無論、美術的なものは除く)、この時代では、剣というのは目立つ装身具の一部とも思われており、その鞘に納まっていても見える部分、つまり鍔や柄の装飾というのは、財力などを示すものとしての認識が強い。中には、刀身に格言などを刻んだものもある。鞘はおよそ木製であるが、美術的要素の強いものになると、こちらも金属製に多数の装飾が施したものとなる。ただし、それは戦場では完全に無意味な上に無駄に重量が増すため、実戦に用いる場合は大体が木製の鞘となる。
「すげぇ……」
「あれがドラグニルの魔法……」
「あんな剣、帝都でもそうそうお目にかかれないな」
「いや、切れ味や耐久性も考慮すれば、あれ以上のものなどないだろう」
「羨ましい……」
そして、剣といえば騎士の象徴でもあるため、周囲の騎士達もこのような反応を示した。
「……ゲオルグ殿、かような物を褒美として与えられては、こちらも同等の物を用意せねばならないのだが?」
リュドミラが、呆れたように言う。確かに、互角の戦いを披露したにも関わらず、その片方にだけ宝剣に等しい物を与えたとあっては、貰えなかった方は不満に感じるだろう。
そして、ゲオルグが作り出した剣、これに匹敵するものを用意してやれる自信がリュドミラにはなかった。国家の主として、その器、器量を示さねばならないのは重々承知だが、ドラグニルが手ずから作り与えた武器、など、果たしてどれだけの金を積めばいいのか、そもそも手に入るのかが疑わしい。或いはそれに匹敵するだけのものともなると、領地か爵位か金銭か、いずれにせよ、事を公に出来ない現状では与えられないものばかり。そんな現状で褒章を与えろ、などと言われても無茶振りもいいところである。
「………………」
件の騎士も、言葉こそ発さないが、どこか期待に満ちた表情でこちらを伺っている。本来なら、ゲオルグが受ける義理はない。だが、貸しを一つ作れると思えば安いものであろう。素材は取引に使う予定のものなのだからこちらに損失はないし、いくら性能の良い武具であっても、たった一本の槍で何ができるということもない。
「……槍を貸してみろ」
「はっ!!」
ゲオルグの言葉に、嬉々として自らの槍を差し出す騎士。獣人であったなら、確実に尾を振り乱していたことだろう。ゲオルグは溜め息を小さくつきながら、騎士の槍をヨハンの剣と同じように改良していく。
リュドミラと騎士から幾度も感謝を述べられながら与えられたその槍は、その後、その騎士の家では代々の家宝となったそうだが、それはしばらく後の話である。




