取引開始に向け
「……亜人の人間に対する感情を理解した上での発言、なのだろうな?」
「えぇ、勿論。それでも、これから対等な付き合いをしていこうと言うのに、相手の実情をこちらだけが確認していない、なんて、不平等じゃないかしら?」
そう言われると返す言葉もないゲオルグではあるが、それでもこれはあまりに危険だった。
「言っておくが、俺個人で街の住民達の感情を抑制など出来ない。個人が他人の感情を抑制する術などないからな。特に、ディナント出身の者達の人間に対する嫌悪感は、俺でも想像がつかない。決して、歓迎などされないことは確かだ」
「承知の上よ。けれど、貴方が傍にいてくれる限り、生命の保証はされるのでしょう?」
「俺の支持率は軒並み下落しそうだがな。それでなくとも、先日独断でこの国と和平を結んでこっぴどく叱られてるんでな」
苦笑を浮かべながらそう言うゲオルグに、リュドミラは不思議そうな表情を浮かべた。
「貴方を叱るって……まさか他にもドラグニルが?」
「いや、日頃から苦労を掛けている、あの街の首脳陣とも言うべき者達からな……リュドミラが思っているほど、俺があの街で力を揮うことは少ないんだ。俺の目標は、あくまで亜人の地位向上と独立、権利、自由の獲得。いつまでも俺が主導で国造りを行う訳でもない」
「なるほど……なら、尚更行かなきゃならないわね。なにせ、その中には将来ガルディナの未来を担う者もいる、ということでしょう?」
「……どうかな。正直、リュドミラが生きている内にそこまでの次元に達するかは疑問が残る」
「だとしても、今の内から我が国との間で伝手を作っておかなければ、将来貴方が国政から離れた時、それでも我が国と友好的な関係を続けようと思ってくれるかしら?」
「…………………」
そう言われてしまうと、自信を持って「問題ない」などと言えないのが正直なところだ。
「確かに、俺が口を出さなくなった時、人間の助力など不要、とか言い出しかねんのが実情ではあるが……」
「でしょう? 私としては、それだけの金や宝石の産地であり、かつ加工技術にも優れた国ともなれば、極力良い関係を長く維持したいの。攻め取ろうなんて思える相手でも土地でもないし、それこそ貴方を敵に回すことによる害の方が確実に大きいもの。私が死んだ後でも、私の後継が末永く良好な関係を維持できるかは、私と貴方の国の人達次第じゃない」
「…………話は分かる、分かるが、それでも危険だと言わざるを得ない。もし来るのであれば、街中に関しては歩かせる訳にはいかない」
「それは分かってるわよ。流石に、敵対意識の高い大衆の前堂々歩けるほどの度胸はないわ。一度火がついてしまえば、どんなことになるか……想像するのも難しくはないもの」
「それならば……なんとかしてみよう。議会の者だけならば、説得もまだ可能な範囲だ。人間の国との和平の必要性については理解もしてくれている。護衛にも、比較的悪感情の薄いドラゴニュートの近衛を当てる」
「……ちょっと待って、ドラゴニュートがいるの?」
「言ってなかったか?」
「聞いてないわよ……」
驚いたような呆れたような表情を浮かべるリュドミラ。
「ふむ……まぁそれはこの際置いておく」
「いや、結構重要な情報なのだけれど……」
「ドラゴニュートに関しては純粋な戦闘要員だ。現状で政治に関わらせるつもりはない」
「……やはり、貴方たちとは恒久的な和平条約を正式に交わしておきたいわ」
「それは今後の付き合い次第だろうよ」
ゲオルグのにべもない言葉に、深い溜め息しか出てこないリュドミラであった。
「まぁ、ドラゴニュートが護衛についてくれるなら心配はなさそうね。私も護衛を連れて行くけれど、それは問題ないかしら?」
「想定の範囲内だ。そもそも、一国の主が一人で他国を訪問することがなかろうに」
「どの口が言うのかしら……でも、まぁそういうことよ」
「大所帯でなければなんとかなるさ。出来れば片手の指で足りる程度が望ましい。それと、万が一そちらの護衛が亜人に対する差別的発言、行動をとった際には、護衛のドラゴニュートが首を刈り取ることになるかもしれんが、それも了承して貰う」
「随分と物騒な話ね……気持ちは分からないでもないけど、できれば命は助けてあげて欲しいわ」
「はっきり言って、俺が護衛よりもリュドミラの近くにいればいいが、そうでなければ俺でも間に合わん。剣にせよ槍にせよ魔法にせよ、その速さは折り紙付きだからな」
「……よく言って聞かせるわ。まぁ、余程のことが無い限り、こちらもこれから友好関係を築こうとしている国の住民を貶めるような発言はしないと思うけれど」
「ならば問題はない、後は、具体的な日付だが、これは取引の当日、という判断で間違いないか?」
「えぇ、私も砦の建設の視察と激励という名目で同行する予定よ。まだいつとはハッキリとは言えないけれど……そうね、出立を1ヶ月後くらいを目安にしてもらって構わないわ。そこから現地に着くまでは、また一月以上かかってしまうかもしれないけどね。なにせ、行軍に不慣れな亜人を抱えていかねばならないのだから、そこは理解して頂戴」
「分かった。なら、こちらは2ヶ月後を目安に準備を進めよう。一か月半ほどしたら、偵察、というよりかは現状の確認だな、その為に俺が陣中を訪れる可能性もあるが、それについては?」
「その頃なら、もう部隊は国境組とガルディナ組に分かれているでしょうから問題ないわ。もし分かれている様子がなければ、出来れば遠慮して貰えるかしら。本当の目的を知る者達ならいいけれど、そうでない者がいるのにドラグニルが陣中になんてきたら大騒ぎよ」
「そこは心得ているさ。無闇にそちらの兵を困惑させては、こちらの計画にも支障が出かねないからな」
「なら大丈夫ね。もし私達を見つけられなければ、なにかしらの問題が発生して出立が遅れていると思って貰って構わないわ。事が事だけに、こちらも色々と不都合が生じる可能性も否定できないから」
「……予定通りに事が運ぶことを祈っているよ。こちらも、5000人もの受け入れとなれば、相応の準備が必要になる。あまりにも予定と時期がずれると、面倒なのでな」
「お互い、要努力、と言ったところね」
「そういうことだ」
こうして、和平により構築された取引関係が、本格的に稼働し始める。
いよいよ、ガルディナの急成長が始まろうとしてる。




