束の間の平穏
リュドミラとの二度目の会談から1週間。ゲオルグはというと
「んふっ……あっ……」
「あんっ……」
「……っ…………んっ」
広場にて、獣人達を愛でていた。
「……これぞ楽園」
「兄さん、そろそろ農場の拡張でヘレンと打ち合わせする時間だよ」
「まぁ待て、まだ慌てるような時間じゃ……」
「あっ、ほら、ダリウス主任が迎えに来た」
「………………」
明らかに不機嫌そうな顔をダリウスに向けたところ、ビクッ、と動きを止めてしまう。ちなみに、ダリウスとはヘレンの下で新たに主任に任じられた熊人族の男性である。
「そんな顔しない。部下を脅かしてどうするの」
「いや、そうは言うがな、こうして住民達との交流を図る事も大事な仕事の一環であって……」
「はいはい、いいから行くよ。それでなくても今はみんな大変なんだから、兄さんだけサボらない」
「いや待て別にサボっては……」
実際、今この街で一番忙しいのは確実に、文句なく、ぶっちぎりでゲオルグである。今のこの状況は、その僅かな合間を縫ってのこと。
「い・い・か・ら。はい、仕事仕事」
「あぁ待て引っ張るな!ルル!ジーナ!ローラ!俺を助けろ!!」
今の今まで愛でていた獣人らに助けを求めるも、弛緩してダラけている様子の彼女らは動く気配がない。こうして、無情にもゲオルグは仕事へと連れ出されるのだった。
「ヘレン、お前は俺に恨みがあるのか」
「へっ!?そっ、そんなの!!ないないないないですよぅ!!」
その自慢のウサミミをピンと立てて慌てて弁明をするヘレン。
「ならば……ならばなぜっ!?」
「ヘレン、気にしなくていいよ、ちょっと疲れてるだけだから」
フェリスの言葉に、困惑しながらも頷くヘレン。その様子に、軽く溜め息を吐いてから、ゲオルグも真面目な様子に戻った。
「で、農場の拡大だが、なにせ新しく来る人員の数が数だ、今回は俺が行う。現状の生産状況を鑑みて、どの程度の拡大が妥当だと思う?」
「え……っと、そうですね、ただ養うだけならば、単純に2倍もあれば……ですが、現在は販売による賃金もここの運営に大きく影響しています。正直に申し上げれば、3倍はなければ生活に影響が……ただ、そこまで拡大してからの管理、維持に関しては、現在の人手では難しいかな……と」
「ふむ……余裕を持って管理するのは、どの程度が限界だ?」
「多分……1.5倍くらいかと……」
「ならば、今回はその程度にしておこう。そうだな、今の内に3倍まで拡大した際の予定を組み立てておいてくれ。それに必要十分な人員の数も、だ。今回、確実に一番重要になってくるのが農業だ。新しい人員を迎える2週間前には現在の3倍を目安に拡張を実行する。人口に対する十分な食料の供給率が確保できなければ、これからの予定に大きな支障を抱えることになる。故に、最優先で人員を確保しよう。しばらくは帝国からの物資で誤魔化しも効くが、あまり借りは作りたくない。頼んだぞ?」
「はっ…はいっ!!頑張ります!!」
「いつも一番苦労を掛けて済まない、今回は鉄工業も木工業も、その他多くの部署も大仕事を抱えて貰っているが、やはり食糧は生きる上で一番必要なものだ。その管理を任せているヘレンには、本当に感謝している。」
「そそそそんなっ!!滅相もございません!!」
「謙遜は不要だ、フェリスも、そう思うだろ?」
「うん、いつも私達がご飯を食べられてるのも、ヘレンが頑張ってくれてるからだし、あと、最近はクルトもすごく頑張ってるよ?」
「あぁ、そうだな。ようやく食卓に肉が出回るようになってきたし、本当に、食糧関連の従事者には頭が下がる」
この街では、農業や畜産に携わる者は、この街の生命を維持する上で最も重要な者達として認識されている。他国との関わりが一切なかったこの街では、この街で生産される食糧だけが、この街の住民の生きる為の唯一の糧だったからだ。
「まぁそういう訳だから、是非感謝の印にその耳と尾の手入れをだな……」
「はい、次はそのクルトのところだね。ほら、兄さん行くよ」
「いやだから引っ張るなとっ!……ヘレーーーン!!」
二人の様子に「あはは……」と力ない笑顔で手を振るヘレン。彼女は、一度ゲオルグにモフられた際に、自分がダメになってしまうような感覚に襲われ、それ以来遠慮している。なので、積極的に止める理由もなかったのである。
「疲れた……」
「お疲れ様でした」
その後、全ての部署を巡ってきたゲオルグは、最早立つ気力もないと言わんばかりに、屋敷のリビングのソファーで倒れ込んでいた。ちなみに、このソファーは木工と畜産、繊維加工の者達が完成させた逸品である。なんせ、畜産から「うちでは使い道がない」と言った牛の皮を100%使用した本革ソファーである。鞣す、という作業が豊富な経験を持つ者がおらず、いくらか無駄にしたが、これからは革製品も期待できそうだ。
「しかし、ようやく国家となるまでの道のりが見えて来たな……」
「そうだね……帝国とは、定期的に取引するんでしょ?」
「あぁ、まぁ、ここの住民となる者達を物のように扱うのは些か不憫ではあるが……今は他に方法もない。穏便な方法は、な」
「そうだね……今から脅しとるようなことをしてたら、嫌でも目立っちゃうし、敵も増えちゃうもんね」
「そういうことだ……あくまでも、基本的には温厚篤実な国家として在りたい。専守防衛、攻めず攻めさせず。これが理想だ。その為にはまだ人口と軍備が不足している。その実力を人間に示す機会も必要だが、今ではない」
「……やっぱり、軍隊はなきゃダメ、なのかな」
「あぁ、だが、誰しも楽しいから軍備をする者はいない、恐ろしいから軍備を続けるんだ。平和とは、仮面を被った戦争そのもの。平和の維持には、他者に侵され得ぬ軍事力が必要なんだ」
それは、現代で学んだ知識。どこかの戦争屋だか政治家、哲学者あたりが言っていた事だ。だが、恐らくそれは、特にこの時代に於いては真実であろうことは間違いない。
「……難しいことはよく分からないけど」
「なに、俺も受け売りに過ぎない。だがな、運命と言うのは変えられないが、その急変に備えておけば、流れを緩やかにするくらいは出来るものだ。そうして時間を作り、運命に抗う準備を整えることが重要なんだ。軍備もまた、その一つ。俺とて、軍隊が無くて問題ないなら組織せんさ。だが、そうも言っていられまい?」
「……うん、この前ディナントが来たばかりだし」
「そういうことだ。さぁ、もう難しい話は止めて休もう。いい加減疲れた」
「そうだね、未来のことを考えたって、どう変わるかなんて分からないし」
「明日のことを言えば鬼が笑う、というやつだな」
「……なにそれ?」
「諺だよ。さぁ、もう寝よう」
「うん、じゃあお休み、兄さん」
そう言ってリビングを後にしようとするフェリスを、ゲオルグは後ろから咄嗟に捕まえた。
「なっ、なに!」
「汝、よもや逃げられると思いしか。滑稽なり、我が心慰を奪いし汝を、我が逃すことがあろうや、いや、ない」
「いや何を言ってるかわからな……きゃっ!」
若干キャラが変わったゲオルグが、フェリスを所謂お姫様抱っこをして寝室へと連れて行く。
その後、ゲオルグが昼間出来なかった分までフェリスをモフり、そして確保されたままのフェリスが眠れない夜を過ごしたのは言うまでもない。
ちなみに、今回はゲオルグも中々寝付けず、結局あまり休めなかったというのは、余談である。




