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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第六章 避け得ぬ争い、未来の為に
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幕引き

ややグロテスクな表現が入ります。

ラーゲルクヴィストという男は、悪運にだけは恵まれていた。


「くそっ……被害はどうなってる」


「はっ……およそ半数は討たれてございます……残っているのは、700程度ではないかと……」


これだけの被害の出た奇襲を受けながら、まだ生きているのだから。


「すぐに立て直し、あの亜人共を追撃する」


だが、判断能力については、些か問題があると言える。

本来ならば、撤退をすべき損害を被ってなお、怒りからか、そんな無謀な命令を下さんとしている。


「か、閣下!!恐れながら、ここは一度引くべきかと……我らは、此度得た情報を無事に王都に持ち帰ることが陛下のご意向に沿うのでは……」


「ではこのまま引き下がれと言うのか!!亜人なんぞに好きなようにされたまま!!」


「しかし!!敵にはドラゴニュートも確認されております!!このままの戦力では、返り討ちになることは必定かと……」


「……くそっ!!忌々しい亜人が!!」


ラーゲルクヴィストは、そう悪態をつきながら憎悪の表情を浮かべ、暫く押し黙った後。


「撤退だ。なんとしてでもこの情報を持って生還し、必ずや兵を率いて舞い戻る。亜人如きにこのような目に遭わされたまま、黙って引き下がれるものか」


「では、急ぎ兵を纏めます」


「あぁ、時間が惜しい、一刻も早く……」


そこまで言った時だった。


彼らの前に、巨大な銀色の竜が、木々をなぎ倒しながら轟音と共に現れたのは。

















<……さて、やるか>


ゲオルグは、上空から敵を見つけると、その中でも一際立派な鎧を身に纏った男に狙いを定めた。恐らくは指揮官だろうと思ったが故だ。


滑空飛行から一気に降下体勢に入り、高度を一気に落とし、そして、邪魔な木を踏み潰しながら地面に着地した。


<すまんが、一人として生かしてはおけぬ故な>


空気を肺一杯に取り込み、そして、咆哮する。


その音は、ようやく昇りきった太陽に合わせ活動を始めていた鳥を落とし、木々を震わせ、大地を揺るがさんばかりの威力を伴って、その場の人間達を恐怖の底に至らしめた。


それでなくとも威圧によってただならぬ恐怖心を覚え始めていた人間達にとって、それは正しく止めの一撃。


気を失う者や失禁する者、足に鞭打ち逃げ出す者、気丈にも武器を構える者など、反応は様々だが、ゲオルグがやることは変わらない。


<恨んでくれて構わんさ、そういう役目だからな>


そう思いながら、自分の持ちうる全力で魔法を構成する。火魔法では、二次災害が出そうなので、風魔法を使うことにした。


<まぁ、なにを使うにせよ森に被害は出るのだがな……>


とはいえ、この一部だけならば大きな問題にはならないと判断し、魔法を行使する。そして、一方的な殺戮が始まる。



















「無理だっ!!竜と勝負になる訳がねぇ!!」

「畜生!!なんでこんなところに竜なんて!!」

「助けて……誰か助けてぇっ!!」


地獄、そう呼ぶに相応しい光景が、そこには広がっていた。


風魔法により発生した、鎌鼬と呼ぶにはあまりにも凶悪なそれにより、数百にもなろう兵士が一斉に斬り刻まれた。それも、周囲の木どころか、兵士の着込んだ鉄の鎧すらも紙の如く容易く。


そして、その初撃を幸運にも逃れた兵士達の行動は三通り。


必死に逃げ惑う。


その場で座り込み動けなくなる。


状況を打開せんと立ち向かう。


逃げる者の前には、突如として土の壁が現れた。当然ながら、ゲオルグの土魔法によるものである。硬質化されたそれは、並の剣や槍などで傷付けられるものでもなく、多くの兵士がそこに取り付きながらなんとか壊そうと躍起になっている。


「なんでっ!!なんで壊れないんだ!!」

「誰か!!誰でもいい!!これを壊してくれ!!」


そんな叫び声が響くところへ、再び死の風が吹き荒れ、そして、命を刈り取っていった。


その場から動けなくなっている者もまた、木々を斬り裂きながら迫る風の刃に、抵抗すらせずにその命を散らしていく。中には、手を合わせ祈るようにしながら死んでいく者もいた。


立ち向かってきた者達は非常に少数であった。だが、竜を相手に立ち向かう胆力を持っていただけあって、怯んだ様相を見せながらも剣で斬り槍を突き立てんと必死に向かってきた。だが、その覚悟虚しく、剣も槍も、その鋼よりも尚硬い鱗に傷すらつけられず、矢を飛ばせば空中で突然燃え尽きる始末。そして、踏み潰され、薙ぎ倒され、斬り刻まれ、死んでいく。


そこには情は介在せず、ただ無機質な「死」のみが存在していた。


生者の存在をゲオルグが否定したが故の結末。これは、ゲオルグがその力を人に向けて使った数少ない例として、ガルディナに記録されている。当然ながら、人間側にそれが知られることはなかったが。





















<こんなものか……>


ひとしきり魔法を行使し、目に見える人間を文字通りに殲滅した後、ゲオルグは一度落ち着いて周囲を見渡した。そこに広がるのは、自分でやったとは思いたくなくなるほどに惨い光景である。


人の腕が、足が、頭が胴体が内臓が、そこかしこに散らばり、木々は多くが切り倒され、折れた剣や槍が地面にいくつか突き刺さっている。


<……覚悟はしていたが、やはり、良い気分ではないな>


殺したことへの罪悪感や後悔はない。そんな感情を抱くという事は、自分の行いが間違っていたと認めるに等しいからだ。


「なんと……なんということだ……」


喉を唸らせながら辺りを見渡していたゲオルグの耳に、そんな声が届く。ラーゲルクヴィストだ。彼は悪運ではなく、ゲオルグが意図的に生かしていた。それは、ある種の敬意を表する為に。


ラーゲルクヴィストの前までゆっくりと歩みを進めたゲオルグは、ただ茫然と立ち竦む彼の前まで行くと、人の姿をとった。


「な……貴様、ドラグニルだったか……」


「そういうことだ。古の時代より続く竜の血脈、お前ら人間がそう呼ぶ存在だ」


「……なぜ、私だけ生かした」


これまでの人間と違い、憎しみすら含めた表情でゲオルグを睨むように見据えてくるラーゲルクヴィスト。その態度に、ゲオルグはどこか満足そうに頷いた。


「この魔物蔓延る森を、兵に率い俺の縄張りにまで辿り着いた貴様に敬意を表して、と言った所だ。が、生かして帰すつもりはない、そこは履き違えてくれるな」


ゲオルグの言葉に、いよいよ怒り心頭と言わんばかりに顔を赤くしたラーゲルクヴィストだが、それでも必死に腰の剣に伸びようとする腕を抑えながら言葉を返す。


「……あの亜人共は、貴様の仕業か」


「如何にも、俺が連れてきて、護り、鍛えてきた者達だ。亜人などと呼び蔑んできた者達に、あぁも良いように蹂躙された気分はどうだ?」


「……最悪だ。最悪だとも、この事を知っていれば、万軍を以て貴様らを討ち取ってみせたものを」


どこまでも自信過剰なその発言に、不敵な笑みを浮かべながら返す。


「その意気やよし、だが、貴様に次はない。次を欲するならば、その剣で、今、俺を討つことだな」


そう言いながら二本の剣を抜き放ったゲオルグに呼応するように、ラーゲルクヴィストも剣を抜いた。


「この姿で貴様を討とうと思ったのは、先に言った敬意を表してのこと。貴様もつわものであるならば、剣を片手に前のめりに死ぬ方が死に様に相応しい。周りの雑兵と同じように討ち果たされるは無念であろう?」


強者の目線から物を語るその姿が、様になってしまうのがまたラーゲルクヴィストの神経を逆なでする。もはやこれ以上語りたくもないと言わんばかりに、彼は全力で己の剣を振るった。


「……悪くない」


そう、短く呟いたゲオルグはしかし、彼のそれよりも速い剣速を以て、一太刀目で彼の剣を斬り飛ばし、二太刀目で彼の胸を貫いた。


「かっ……はっ……!」


口から血を吐きながらも、最後までゲオルグを睨みつけていた彼は、ゲオルグが剣を抜いた瞬間、地面に力なく倒れ、そしてそのまま動かなくなった。


「……終わったか」


剣に付いた血を振り払い、鞘に仕舞う。血の香だけが漂う朝の森。爽やかさとは到底無縁の世界が、そこにある。


「これは、片づけてくれなどとは言えんな」


目を覆いたくなるような惨状に、思わずそう零す。状態異常無効スキルがなければ、自分でも恐慌してしまいそうな光景だ。


「……せめて、ガルディナの土となれ」


放っておいても、疫病の発生や魔物の接近などの危険を招く恐れがあるそれをそのままにはしておけない。故に、ゲオルグはその死体を、木や鎧、剣などの武器も含め、纏めて地中深くに埋めることにした。


後々、ここは切り払われた木の代わりに、多くの花が咲き誇る場所となる。ついた名称は「鉄血の花園」。なんとも言い得て妙な名称である。



とにかく、ガルディナ初の戦闘はこうして幕引きとなった。



これから、本格的な帝国との取引や新しい住人の教育など、多忙な日々となることを考えれば、いつまでも感傷に浸ってもいられない。


威圧が解けたのを察してか、ヨハン達が走って向かってくるのを眺めながら、ゲオルグは小さく嘆息した。

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