真の姿
「我が君、戻って来たようです」
「そのようだな」
戦場より少し離れた所に、リーシアと待機していたゲオルグ。一件落ち着いて見えるが、内心は常に不安であった。何度もリーシアを前線に状況確認に行かせたぐらいだ。隊員を率いたヨハンが目の前に戻ってきてなお、どこか落ち着かない様子であった。
「閣下!!総員、無事戻りました!!」
「そうか、ご苦労だった。死者は?」
「負傷者が多数出ておりますが、死者はまだ……」
「ゲオルグ様!!こいつを……ロランを見てやって下さい!!腕をばっさり斬られて、血が止まらねぇんです!!」
一人の隊員が、別の隊員を抱えてゲオルグの元へやってくる。見れば、なんとか自分の足で歩いてはいるものの、血を流しすぎたのか顔色が酷く悪い。
「あぁ、すぐに治そう。他にも重症の者がいればすぐにここへ!!軽傷の者は、後方に医療班が待機している、そちらで治療を受けろ!!」
ゲオルグの声に、すぐに治療活動が始まる。複数名の重症者の治療なども含めて、やや時間が掛かったのは語るまでもない。
「では、全員の無事は確認できたな?」
「はい、近衛には負傷者もなく、警衛隊の連中も、今は休息を」
全員の治療を終え、ヨハンの報告を受けていると、そこにジルがやって来た。
「閣下、重症だった者は、医療班から後方に下がるよう指示が出ております。よろしいでしょうか?」
「無論だ、軽傷者と合わせてしばらくの休息の後、街へ戻るよう伝えてくれ」
「はっ!」
「それと、ジルもご苦労だった。怪我は?」
「わ……私は問題ありません。閣下より賜った鎧にも、傷一つありません」
「流石だな、ヨハンも、問題ないか?」
「はい、少々、疲れましたが……」
「精神的なものも大きいだろうからな。あとひと踏ん張りだ、もうすぐ帰れる」
「この後はどう致しますか?」
「俺が残敵を掃討する。討ち漏らしが出る可能性もなくはない、それの追撃だ。近衛もかなり疲労していようが、なに、先程の戦闘に比べれば大したことはあるまい。避けねばならないのは、万が一生き残った奴が安全圏に残る事。殺せとは言わん、安全圏から掃え、後は魔物がなんとかするだろう」
「……閣下のお手を煩わせ、申し訳ございませぬ」
ヨハンが、心底申し訳なさそうに頭を下げる。ゲオルグはそれを見て、苦笑しながら答えた。
「なに、お前たちの苦労を思えばこの程度、如何程のものでもない。むしろ、辛い役目を課したこと、こちらが謝らねばならぬところだ」
「そんなことはございませぬ!!これは我らにとっても必要な事、このような経験を得られる機会を与えて下さった事に感謝こそすれ、怒りや恨みなどあろうはずもありません!!」
「全員が全員、そうであることを祈る。戦争は、良くも悪くも人を変える。これよりしばらくは、部下達の行動、言動によく注意してやってくれ。中には精神的に追い詰められてしまう者とているかもしれんからな。もし居たら、全員で支えてやってくれ、頼んだぞ」
「はっ!!元より、警衛隊は皆家族同然、必ずや、閣下のご期待に沿うよう致して見せます!!」
「あぁ、任せた。俺も出来るだけ気を払う。ジルも、何かあれば遠慮なく言ってくると良い。必ず、力になろう」
「勿体無きお言葉です。ですが、私ばかりが閣下に甘える訳にもいきません。副長として、部下たちをまず第一に考えるのが職務ですので」
二人の言葉に、ゲオルグは再び苦笑した。
「全く、二人が警衛隊の長で良かった。これほど頼もしい者、そうそう居らんよ」
「恐悦に存じます」
「これからも忠勤に励みますれば、何卒ご指導よろしくお願い致します」
どこまでも真面目な二人だった。
「では、行ってくるとしよう。ヨハン、ジル、離れていた方が良いぞ?」
ゲオルグの唐突なセリフに、二人は頭に疑問符を浮かべた。
「ここから魔法を行使するのですか?」
「敵の姿が見えませんが……」
首を傾げながら、そんな的外れな言葉を放つ二人。
「そうではない。奴らに、安全圏なんてものは存在しないと思い知らせてやらねばならんからな。少しばかり、本気でいくだけさ」
その言葉に、何をするつもりか察した二人。しかしそれでも、その場から動こうとはしなかった。
「…………どうした?」
「閣下、私は、ゲオルグ様の真の御姿、この目に焼き付けとう存じます」
「私も、今までフェリス様しかご覧になったことのない貴き姿、確と見たく思います」
それどころか、竜となったゲオルグを見たいとまで言いだす始末。
「……念のため言っておくが、あの姿の時は威圧を抑えられん。それは分かっていよう?」
「無論です。ですが、それでも」
「この目で見たいのです。我らが主の、尊敬して止まぬお方の、その御姿を」
表情を見る限り、どうにも決意が固いようだと悟ったゲオルグは、一つ溜め息をついてから。
「……そこまで言うのなら、構わんさ。意識を失ったりはせんだろうが、気はしっかりと持てよ? 倒れられても、あの姿では介抱もままならんからな」
「我らを鍛えたのは他ならぬ閣下ではありませんか、それでは気を失ったとあれば、今よりもより厳しい訓練をせねばならなくなります」
「それだけは御免被りたいものです」
そう言って笑う二人に、もはや苦笑いしか出てこないゲオルグである。
「なれば、もうこれ以上は言わん。では、行ってくる」
「はっ、ご無事のお戻りをお祈り致します」
「討ち漏らしは確と仕留めてご覧にいれますので、ご安心下さい」
「あぁ、後は任せた」
その言葉を最後に、ゲオルグは実に久し振りに竜の姿となった。
月光を受け、淡く輝く銀色の巨大な竜。夜空よりも澄んだの明るい青色の瞳が、地上に立つ二人を一瞬だけ見据える。そこにいた二人は、恐らくは威圧により想像もし難い恐怖を感じているであろうにも関わらず、足をしっかりと大地に縫い付け、ゲオルグに視線を向けていた。
<けなげよな……>
そんな感想を抱きながら、ゲオルグはその巨大な翼を広げ、夜空へと飛び立った。
「ジル」
「はい」
「しばらく立んかもしれん、後を任せたい」
「無理です、私も、今動いたらそのまま崩れ落ちます」
地上に残った二人は、そんな会話をしながら、どちらともなく地面に座り込んだ。
「……美しく、気高く、雄々しく、そして恐ろしい……」
「はい、目を奪われるような姿なのに、見れば見るほどに恐ろしさが込み上げてきました……」
「……自分の中の本能が、逃げろ、戦ってはならないと、ずっと語り掛けてくるようだった」
「……はい、これは、一番近しいフェリス様でも恐れ動けなくなる理由も良く分かります。心のどこかで、きっと大丈夫なんて思ってましたが……そんなのは幻想だったようです」
乾いた笑いを浮かべ、空を見上げると、そこにはもう、ゲオルグの姿はなかった。
「……さぁ、いつまでもこうしてはいられない」
「えぇ、ゲオルグ様のご期待に応える為にも、急ぎ戻り掃討の用意をしましょう」
そう言いながらも、極度の緊張から解放されたばかりの二人が再び動き出すには、今しばらくの時が必要であった。




