主として
「………気が重いな」
翌朝、ゲオルグはラスヴィエートの中央に聳える巨城の前にいた。
わざわざ朝早くに正面からこうして赴いたのは、和平を結ぶ為である。
<俺のこの選択が正しかったのか、いつか歴史に語られるまでは分からんだろうな>
結局、昨夜は一睡もせずに朝を迎えた。それだけ悩んでも、何が本当に最善なのか答えは出なかったのだ。本来ならば、ガルディナに戻り議会とよく話し合わなければならない重大な案件だ。だが、これに関しては一切を独断で決めることにした。
恐らく、議会の者達は確実に徹底抗戦を叫ぶだろう。
人間との和平
そんなものを許容できるかと問われれば、恐らく否だ。特にヨハンを始めとする武闘派、また忠誠心に厚い者ならば、ゲオルグの手を煩わせる存在そのものを否定しかねない。
そして議会が長引けば長引くだけ、人間が準備を整え進軍を開始するまでの猶予が短くなる。果たしてどれほどの兵が動くかはまだはっきりとしないが、あまり悠長なことをしている場合ではないことは確かだろう。
<そしてフェリス……いや、皆怒るのも間違いないだろうな……>
いっそ交渉に失敗してしまった方が良いような気さえしてくるが、それでも自分が最善と思っての行動、わざと失敗させるなど、そんな無責任なことは出来ようはずもない。
これがどういった結果を招くのか、それはゲオルグ自身にすら想定が困難であるが、それでもやらない訳にはいかない。ようやく発展の兆しが、国家としての礎が固まってきたガルディナを、危険に晒せはしないから。
「……行くか」
意を決したゲオルグが、衛兵の護る城門へと足を進めた。
「止まれ、ここは我が国の主の坐す城、市民の通行はまかりならん」
いきなり槍を向けるでもなく、先ずは声でもって静止をする態度に、ゲオルグは若干の好感を覚えた。
「済まぬが、その主……皇帝か?に用があってここへ来た。重要な話があってな」
とは言え、ゲオルグの人間に対する不遜な態度が改まる訳でもなく、故に結局は槍を向けられるのだから、大した差ではないのかもしれない。
「貴様、どこの誰かは知らぬが、陛下に謁見したくばまずはそのフードを取れ。どこの国の使者だ」
「どこの国にも属してなどいない。いや、強いて言えばガルディナの街の長、とでも言うべきか」
「ガルディナだと?……ふざけるな!!」
「おい!!不審者だ!!誰ぞ手を貸せ!!」
衛兵たちの叫びに、ざっと20人程の衛兵、それに加えて、装備の異なる正規兵らしき者達も飛び出してくる。
「……どこかで見たような気がする光景だな」
思わぬ既視感に苦笑を浮かべつつ、ゆったりとフードを外したゲオルグ。その顔を確認した者達の顔色が一瞬にして変化するのを、ゲオルグは見逃さなかった。
「あまり余人に見せたい風貌ではないのでな。出来れば、早めに確認を済ませて貰えると助かるのだが?」
「へ?……あっ……いや……」
「ド……ド……ドラグ……ニル?」
「まさか……そんな……」
口々に、信じ難いもの見たと言わんばかりの反応を示す兵士達。
「もう良いだろう。それより、こちらはこの国の主に話があって来たのだ。できれば、可及的速やかに面会出来ると助かるのだが?」
「はっ……はっ!!少々お待ちを!!」
一人の兵士が、慌てて城内へと戻っていくのを確認してから、再びフードを被り直す。何名かのたまたま見ていた口さがない市民が、声を大にしてゲオルグの事を話しているのが耳に入ってくる。
<ディナントでわざわざ正体を隠し続けてきたというのに、まさかこんなタイミングで、これだけ大勢に明かさねばならなくなるとはな……>
とは言え、あの時とは大分状況が違うのだから、それも致し方ない。こうなれば、帝国と友好を結んだうえで、人間と対等な国家の建国を目指す他ないだろう。
問題は、帝国がそれを受け入れるかどうかだ。帝国に来てからハルミット教の教会はほとんど見ていないが、皆無ではない。この国もまた、南の王国のように亜人に対する偏見と差別が著しく、そんな国家の存在を受け入れられないというのなら、これは全面戦争しかないだろう。
しかし、向こうからそれを仕掛けるには、ゲオルグという強大過ぎる戦力の存在が厄介この上ないだろう。ゲオルグとしては、帝国がガルディナという国家の存在を認めないというのであれば、己の持つ力の全てを揮ってガルディナを列強国にまで押し上げる。国交なんぞ二の次、三の次、経済力と生産力、軍事力の水準を可能な限り高くし、場合によっては侵略戦争も辞さない覚悟だ。
自分が生きている内に、出来れば海岸線の一部くらいは確保しておきたいというのもある。
例え、当初の予定と大きく外れ、この寿命のほぼ全てを使い果たすこととなっても構わない。
それが、選択した結果に生じる問題を解決するのに必要なのであれば、ためらう事もない。
全ての選択には、結果と責任が生ずる。
その責任を負えないのであれば、選択は許されない。人の上に立ってはならない。それが、組織というものだろう。
<まぁ、本当にそうなるかはこれからの俺の交渉次第なんだろうがな>
これまで、交渉と言えば武力をちらつかせた威圧交渉しかしてこなかったゲオルグではあるが、今回ばかりはそれではダメだろうと、頭を必死に回転させている。
帝国に提示できるメリット、これをどれだけ示せるか、そしてどれだけの提案を飲ませるか。これだけ本格的交渉ともなると、流石に一国の主には敵うまい、と、どこか達観しているゲオルグである。




