現状の理解、そして思案
ヴィルヘルム帝国に深く入り込んだ土地、帝都ラスヴィエートに程近い、ウリヤビンスクと言う街に、今、ゲオルグは居た。現在は滞在3日目、帝国に来てからおよそ1週間というところだ。
<それなりに宛ては出来たが……思ったより多くなりそうだな>
金の装飾品や宝石、そしてゲオルグの種族を知り露骨に態度を変える者が多く、辟易としてしまうのは相変わらずだが、そこに目を瞑ればこの国は亜人の多さも相まって非常に効率良く集められる。
この国は金の産出量があまり多くなく、その代わりに鉄や銀が豊富なのだそうだ。また、蒸留酒の類も盛んに製造され、その過程か結果か、アルコールを燃料としたランプなどもよく見られる。
帝都ラスヴィエートなど、元々は蒸留酒の一大生産地だったそうだ。後に近場の山脈で鉄鉱石の鉱脈が発見されたのをきっかけに、そこに今度は鍛冶職人が集まり、それを客にする酒屋、料理屋が、鍛冶屋の製品を求める客が、宿泊施設が、という流れで徐々に巨大化していったのが、今の帝都になるらしい。(情報源はたまたま立ち寄った酒場の酔っ払いである)
<酒の生産はいずれ行いたいが……いかんせん、酒造りの知識なんぞないからな>
農業や建築などは、日本で普通に生活しているだけでも多少なりとも知識が付くものだが、酒造はそうでもない。原理程度ならまだいいが、必要な設備や技術、時間、人員、何も分からないのだから。
<酒造りに関する資料を集めてみるか……それにしても、一朝一夕ではどうにもならないだろうがな>
そんなことを考えながら街中を歩いていると、気になる単語が聞こえてきた。
「おい、ドミトリーの奴、ガルディナに出兵だってよ」
「おぉ、聞いた聞いた、てかあちこちから兵隊引っ張ってるみてぇだな」
「あぁ、下手したらディナントと戦争だっつってたな」
「南の連中、いい加減にしろってぇの……」
その会話は、本来なら歯牙にもかけないものだ。人間同士の戦争、そんなものに関与する気はさらさらないからだ。だが、その戦場がガルディナと言われればそうもいかない。
<これは……確かめねばならないな……>
ゲオルグは一人、街から出ていくと人気のない場所から飛び立った。
目指すは帝都、求むるは情報。
出来れば今以上に人間と深く関わり合いたくないが、今回ばかりはそうも言っていられないようである。
<ガルディナ方面への出兵はほぼ疑いないか……>
その日の夜、適当に決めた宿屋の一室で、ゲオルグは深い溜め息をついた。
あれから、ラスヴィエートに到着したゲオルグは、街中を歩きまわり、時には衛兵詰所、城の近くも通ってみたが、どこもその噂でもちきりであるし、城の方では兵士達が慌ただしく荷物の運搬や馬車の調達に走り回っていた。
衛士の一人を捕まえて話を聞いてみれば。
「ガルディナにディナントが兵を送ったらしい。それでこちらも後手に回らぬようにと、陛下から命が下ったのだ」
とのことだ。
<帝国のみならず王国までもが……流石に現有戦力で二面作戦など出来んぞ>
或いは、南を近衛猟兵団と警衛隊、北をゲオルグが対処すればなんとかなるだろうが、それでは南に万が一の事態が起こった際に対応が遅れる。もしもそれで甚大な被害を被ったりすれば、それを回復させるのにどれだけ時間が掛かるかなど、想像もしたくない。
それでなくとも、警衛隊は錬度が大分高くなり、これからあらたに戦力を拡充するのに核とならねばならない存在だ。今これを失うような真似はしたくない。
<とは言え、実戦経験も積ませておきたいのは確かだ……ここで俺が両方面とも叩き潰せば、次は確実に大兵力、あるいは一切手出ししてこなくなるかのどちらかだろう>
前者ではゲオルグ抜きでの戦闘は厳しくなるし、後者ではいつか人間との間で戦闘が起こった際に、全員が全員戦闘未経験者という事態になる。どちらも避けられるなら避けたい事態だ。
ここで、ゲオルグが考えた選択肢は5つ。
・リスクを承知で現有戦力による二面作戦を展開。
・南北どちらかをゲオルグが、残った片方を警衛隊と近衛猟兵団に任せる変則二面作戦。
・両面ともゲオルグが叩く。
・片方をガルディナ接近前にゲオルグ索敵、殲滅し、残った片方に全力を集中する。
そして、これは後に遺恨を残さぬための苦肉の策だが。
・南北どちらかの国とゲオルグが直接交渉し、和平を結ぶ。
<一番、無難ではあるのだがな……>
両方にせよ片方にせよ、ゲオルグが叩きのめせば完膚なきまでに潰せるだろう。或いは威圧によって撤退するよう武力交渉してもいい。だが、どちらにせよそれをやられれば確実に好印象とはならないことは明白である。
ゲオルグとて、大陸すべての人間国家に喧嘩を売る様な真似をしたい訳ではない。友好的な付き合いが出来るのに越したことはないからだ。
だが、ここで大陸最大の国家である帝国との間に軋轢を築き、不和な関係が長続きすれば、その他の国家がどのような態度をとるかおよそ分かるものだ。
帝国と同じく不和な国は、確実に利用しようとするだろう、友好国ならば同じく敵対的態度を取る事だろう。それは、ゲオルグ存命のうちならば大した脅威には成り得ないかもしれないが、その後に関しては何の保証もされない。
あまりにも長い寿命を駆使して改善を図ることも可能だろうが、人間は寿命があまりにも短い。その非友好的態度が、一時の感情から歴史に変わってしまった瞬間、もうこれは手に負えない。
これは、現代の知識からくる確信にも似た仮定。人間が、例え真実が含まれておらずとも歴史を重視する生き物であることは良く知れた話。
獣人達がこうして虐げられている現状こそがその証。
<さて、どうしたものか……>
窓辺に座ったゲオルグは、月明かりをその銀の髪に纏わせながら、宵闇にその身を預け、試案を続けるのであった。




