帝国
ヴィルヘルム帝国の帝都、ラスヴィエート。ここは、皇帝を始めとし、それに仕える数多くの臣下、住民、そして軍が駐留する城塞都市。
人口はおよそ30万人、この時代、この大陸においては間違いなく最大規模の都市と言っても過言ではないだろう。
特に、この一年の多くは雪に染まる地方において、これだけの人口が生活していけるというのは、それだけの生産力、あるいは何かしらの技術を保有するという証左に他ならないだろう。
そして、そんな街を治める統治者の能力の高さも。
「ほう、ディナントがな……」
「は、間者によれば、数はおよそ3000。選りすぐりの者を集めているとの事です」」
帝都の城、そこの豪奢な大広間で、荘厳な玉座に座るうら若き女性。その女性こそが、この都市、いや、帝国の主たる女帝、リュドミラ・スラミフィ・ヴィルヘルムである。
この国は大陸でも珍しい女性が統治する国家であった。
建国の祖も女性であり、それ故かこの国では女性は非常に気が強く、軍人を志願する者、また現役で軍役に就いている女性も少なくない。
「3000か……それだけの数で、あのガルディナを踏破できるとも思えないが……」
「はい、ですので、それはあくまで陽動の為の噂で、目的は別にあるのでは、という見方をする者も多く居ります」
「ふむ……」
ウェーブのかかったブロンドヘアーをかき分け、澄んだ碧眼を細くして悩む姿は、それだけで絵になる様である。
「他に何か情報は?」
「……信憑性は低いですが、どうにも亜人が関係しているらしい、と」
「亜人?」
「はい。ディナントで最近、2000近い亜人が姿を消したそうで、その行方を追ってガルディナに向かうのではないか、という報告がきております」
「2000……それはまた随分な数だな。しかし、亜人ばかり2000が、仮に纏まって行動したとしても、あの森に入ればただでは済むまい。それこそ、ドラグニルやドラゴニュートが付いていれば話は別だが」
「それこそ有り得ないでしょう。歴史上でも、彼らが人間に関わった例はほぼ皆無、ましてこれだけ大胆な行動を取ることなど……」
「可能性の話だ。例がないだけでゼロではない、というだけの話。なんにせよ、ディナントの動きには警戒が必要なのは間違いない。ガルディナに入り全滅するのは勝手だが、それで下手に魔物を刺激などされて我が国に入ってきたりされては敵わん。まして、国境に接近するようなことがあれば我が国の兵との戦闘も有りうる。間諜を増やし、情報を出来るだけ集めろ」
「はっ!」
「それと軍の方も、国境警備にあたる者には警戒を促せ、人間の兵のみならず、ガルディナの魔物にも十分警戒するように。それから食糧の備蓄状況をもう一度洗っておけ、万が一、ディナントとの戦闘に突入した場合、長期化する恐れもある。努々油断などしてくれるな、これは戦争の前段階だと思え、良いな?」
「「「「「はっ!!」」」」」
「よし、では此度の評定はこれまでとする、各々、奮励努力せよ」
リュドミラの言葉に、大広間にいた大勢の人間がその場を後にしていく。リュドミラはそれを見送った後、一人残った腹心に声を掛けた。
「オーリャ、どう思う?」
オーリャ、そう愛称で呼ばれた女性、正しい名はオリガ・ゼレンコフ、が、その声に応える。
「現段階ではなんとも。流石にドラグニル云々は有り得ないでしょうが、ディナントが今兵を動かす理由がどうにも解せませんね。亜人の話が事実として、なぜガルディナなどという危険地帯に精鋭を送り込むのか……」
「そうだな……まだ再び開拓を試みる、という方が信憑性もある。しかし、3000もの精兵だ、無視も出来ん」
「はい。恐らく、南東部の国境程度なら突破されても可笑しくはない戦力です。特に近年は軍も縮小傾向にあり、国境の防備も以前と比べればやや手薄になっていますので」
「いや、それを知っている上で侵攻しようと言うには兵が少ない。3000では、国境を突破できてもそれまでだ。奪った領地の維持も出来なかろう」
「そうですね……後は、やはりガルディナですか……しかし、あの地はあまりにも危険が多いです。それを度外視してでも手に入れたい何かがあると言うのなら分かりますが……」
「ふむ……オーリャ、今手元にすぐ動かせる兵はどれくらいいる?」
「今ですか?……2、3週間もあれば、5000か6000程度集めることは出来るでしょが、編成や指揮官の決定、兵糧や輸送手段、輸送計画の作成などを考慮すれば、最低でも1ヶ月から2ヶ月は欲しい所です」
「そうか……確か、ラシードが今こっちに出向いていたな」
「バスネル将軍ですか? えぇ、将軍の姪が近々婚姻するとかで、実家に立ち寄っていると聞いていますが」
「ならば指揮はラシードに任せる。兵は最低でも4000は集め、兵糧は差し当たって一か月分は用意してやれ。その後については逐次輸送して様子を見よう。輸送隊の編成や輸送計画の作成はオーリャ、お前に任せた」
「任せたって……陛下、もしや……」
「あぁ、我々もガルディナに兵を送ろうと思う。ディナントがガルディナに向かうのであれば我々もそれに倣うとしよう。万が一、国境を目指すようならば現地の防衛隊の援軍として合流させれば良い。とにかく、後手に回らぬことが肝要だ」
「……かしこまりました。直ちに人をやりバスネル将軍を召喚しましょう。将軍なら、かつて対ディナント戦で前線を指揮した経験もありますし、ガルディナに調査隊を率いた実績もありますから、間違いはないでしょう」
「出立は1ヶ月後を目安にする、ディナントに後れを取るようなことがあってはならん、頼んだぞ」
「確と、承りましてございます」
こうして、両国が全く意識しない中で、ガルディナに対する挟撃が行われようとしていた。
ただガルディナにとって幸運とも言うべきことは、現在ゲオルグがヴィルヘルム帝国に赴いているということである。
それがどう事態を変えていくのか、それはまだ、だれにも分からない。




