幕間 ゲオルグ(の周囲?)の恋愛事情
昨日、雪山から帰って来たゲオルグは今、二日目の休みを一人で過ごしていた。
少しフェリスから距離を置いて、自分の中の感情を整理したかったのもあるし、たまには一人で過ごしたかったというのもある。
記憶を掘り返してみれば、最後に一人で長時間過ごしたのは一体いつになるかも分からない。
<あぁ……心身共に穏やかな時間か…たまにはいいな…>
そんなことを考えながら、議事堂三階のテラスから街を見渡していた。
街中では、最近になって染色技術が向上してきた為か、以前より鮮やかな人混みが忙しなく動き、鍛冶工房からは金属を叩く小気味の良い音や怒声が響き、畜産地区からは最近順調に数を増やしてきた様々な動物の鳴き声が聞こえ、空き地の目立つ場所からは土木建築担当の者達が新たな家屋を建築する木槌の音。
そんな、この成長期の街の息吹とも言うべき姿に目を向け、音に耳を傾け、ゲオルグは深く溜め息をついた。
「良いものだ…」
良く晴れた空から漏れる日差しに、僅かな眠気を覚えた時だった。
「閣下、こちらにおられますか?」
ゲオルグの貴重な一人の時間の終了を告げる者が現れた。
「ジルか…どうした?」
テラスを覗き込んできた、警衛隊の副長。そちらに目を向けるでもなく、ゲオルグは声を掛けた。
別段不機嫌になったり、ということはない。これもまた、日常の一部なのだから。
「あっ…お休み中でございましたら出直して参りますが…」
「構わんよ。暇を持て余していたところだ」
「そ…そうですか…」
ゲオルグの言葉を受けたジルは、ややオドオドしながら近付き、テラスの手摺りに腰かけていたゲオルグのすぐ横にまで来た。
「あ……あの………」
「みなまで言うな、ほら、こっちへ」
「は…はいっ!」
尻尾がピンと天を向き、耳を忙しなくパタパタさせ、瞳を子供のように輝かせるジルに、ゲオルグは思わず苦笑した。
この、獣人の全身を使った感情表現はいつ見ても和むのだ。
「よろしくお願いします!」
「ん、任せておけ」
こうして、ジルをモフる時間が始まった。
かれこれ40分以上は経っただろうか。ゲオルグがいつも不思議に思う事なのだが、暇な時間をどうやってか知らぬが察知してやってくるジルをモフっているうちは、いつもなら誰かしらが訪ねてくるであろう時間でも誰一人来ないのだ。
<これは……誰かが何かしているのだろうな…>
それを偶然などと思うゲオルグではない。だが、その何かを確かめようにも、体勢を変えテラスの床に座り込んだゲオルグ、そしてその膝の上で気持ち良さげに寝息を立てているジルが居る為、動くことも出来なかった。
<まぁ…別に問題はないんだがな…>
ジルの頭をゆっくりと優しく撫で続けているゲオルグの表情は、幸せを湛えている笑み。自分が作り上げた街、そこの成長の音に耳を傾けながら、ジルの猫耳や、時折甘えるように絡めてくるしなやかな尾を堪能出来ているこの瞬間を、幸せと呼ばずなんと呼ぶのか。
そのうち目を覚ますであろうその時まではと、ゲオルグはジルの頭を撫で続けた。
ちなみに、なぜゲオルグの所へ誰も来ないのかと言うと、警衛隊の非番の女性衛士達が、周辺を固めているからである。武装してではなく、私服姿で歩き回り、ゲオルグの元を訪れようとしている者にはさりげなくを装い嘘の居場所を教えるのだ。
大概は緊急性の無いものであるし、緊急の事ならばニーナやケイル、ヨハンなどと言った上役が必ずやってくるため間違えることもない、故の妨害工作である。
ジルがゲオルグに特別な感情を抱いていることは警衛隊では有名であるし、ゲオルグが比較的暇な日を狙って休暇を貰っていることも周知である。そして、休暇の度にゲオルグの元を訪れ、毎度こうしていることも。
そんな話が警衛隊で完全に定着すると共に、一部女性衛士の間で「副長と閣下を良い仲にしよう」という考えを持つ者が生まれ、こうしてジルもゲオルグも知らぬところでカバーしているのである。
更にタチが悪いのが、この話を聞いたニーナやケイルも少し乗り気であるということだ。
ゲオルグは現在、浮いた噂など一つも無く、日々仕事に忙殺されている。街の地盤が固まり始め、多くの組織が円滑に回り始めた今、ニーナやケイルは、ゲオルグに所帯を持って貰い、身の回りを、主に私生活で世話する妻を娶って欲しいと考えていたが故だ。世継ぎも作って貰いたい、とも思っているようだが。身の回りの世話は今まで妹のフェリスがいたが、今や彼女もゲオルグ共々多忙な身の上なのは誰もが知っていることだ。
とまぁ、そんな理由や思惑が相まって、現在、一部の住民の間ではジルが最も正妻に近いと言われていた。
これらの行動が後々ちょっとした騒動を引き起こすことになるのだが、それはまた別のお話。
ゲオルグという男は、男女の機微に特別敏感という訳ではないが、非常に鈍感という訳でもない。
ジルのこのストレートなまでの好意にどのような理由があるのか、それを察せぬほどに愚かでもない。ただ無責任なことを出来る立場にもない身として、迂闊なことも出来ない。まして、今はフェリスのこともある。
<血の繋がりこそないとはいえ、数年兄妹として過ごした時間があるからな…>
もし、初めて会った時、妹として受け入れてなかったら、と思わない訳ではないが、そんなことは今更どうすることも出来ないのだから考えるだけ無駄だと断じた。
<………恋愛感情程、厄介なものも無いな…>
痴情のもつれから様々な事件に発展するというのは、現代でもよく耳にしたものだ。自分がその当事者にはなりたくはなかったが。
ゲオルグはジルを嫌って等いない。むしろ、好きに分類される。もしフェリスとの一件がなく、このまままた数年過ごした後にジルとの縁談などあれば、案外普通に受け入れたのではなかろうかと思うくらいには。
<時期が悪い……などという言い方はジルに失礼か…>
ゲオルグは自分がハーレムなど築けるような器用さを持ち合わせていないことは重々承知している。恋愛経験などほぼ皆無に等しい自分に、複数女性を同時に平等に最大限愛するなど、出来るはずもない。
<どうしてこう……俺は気苦労ばかり増えていく…>
一人嘆息したゲオルグは、まだジルの頭を撫でていた。




