幕間 兄妹の休日
この話は最後まで載せようか悩みました。
もしかしたら、削除するかも知れません。
途方もなく多忙な日々がようやく過ぎ去り、ドラゴニュートやエルフ達もほとんどが字と計算を習得し、街に馴染み始めた頃。ゲオルグとフェリスは帝国領内の雪山を訪れていた。
仕事ではなく、完全な休暇を2日ばかり強奪…もとい、貰ったので、それを消化しに来たのだ。
ちなみに、暑さ寒さの影響をほとんど受けないゲオルグと違い、フェリスは特別に作成して貰った厚手の服を重ね着してモコモコしている(ちゃんと代金は支払った)。ゲオルグ曰く「なんかこう……ギュッとしたくなるな」だそうだ。
そして、二人がそんなところで何をしているのかと言うと……
「キャーーー!!」
「おぉ!速い速い!」
木を削り出して作ったお手製のソリで、斜面を滑走中である。
「ちょちょちょっと兄さん!!速いってば!!」
「そうだな」
「そうだな、じゃないよ!!」
二人が一緒に乗れるように作ったやや大きめのソリ、そこに、ゲオルグが後ろから足の間にフェリスを挟んで支えるような形で乗り込んだ二人だが、ソリのサイズと足の長さ的な問題で、ブレーキはゲオルグの両足に任されている。或いは魔法を使ってもなんとかなるだろうが。
「しかし雪か……魔法で再現…水魔法でいけるか?」
「考察してないでちょっと遅くしてってば!!」
「ん?…おぉすまん」
フェリスが少し涙目になって訴えてきた頃合いで、ゲオルグがようやく両足を伸ばしてブレーキをかけた。
「ふぅ……ちょっと怖かったよ…」
「そう睨むな、悪意は無い」
「だからこそタチが悪いと言うか……って、今のは流石にワザとだよね!?」
「………そんなことはない」
「その間は何!?」
このような賑やかなやりとりも随分久し振りなことであり、ゲオルグ、そしてフェリスにとっても、心穏やかな時間であることは間違いなかった。
「それより、そろそろ腹が空いてきたな」
「話を変えるの早い……でも、そうだね、ちょっと小腹が空いてきたかも」
「小腹……ねぇ?」
「な……なに?」
実を言えば、先程から何度か、フェリスのお腹の音が聞こえていたのは、ゲオルグしか知らないだろう。フェリスは、ゲオルグの聴覚の鋭さを正しく認識していないようである。
「いや、他意はない。よし、では最後にもう一回滑ったら食事にしよう」
「なんか気になるけど……うん、分かった」
ソリから降り、ゲオルグがソリも纏めて持ち上げて山の中腹、少々急勾配な所へ向かう。
「では、行くぞ?」
「うん」
再びソリに乗った二人。ゲオルグがフェリスをしっかりと支えたタイミングで、風魔法で背中を押し、一気に加速して滑り出す。ちなみに、このような急発進は今日初めてである。
「やっ…!?……ちょっ…!!」
フェリスが声にならない声を上げるも、ゲオルグは努めてそれを無視した。可愛い妹をつい弄りたくなる兄心故である………恐らく。
「速い速い速い!!兄さん!!耳!!耳が凍る!!」
「はっはっ。そう簡単に凍るもんじゃないさ」
「にゃー!!」
必死にフードを押えて耳を守るフェリスと、爽やかに笑いながらソリを滑らせるゲオルグ。対照的な二人だが、その表情はどちらも明るいものである。
「って、兄さん前っ!!前っ!!」
「ん?…おぉ!?」
そんな二人の前に現れたのは、ほぼ直角に下る、ちょっとした崖である。ゲオルグが飛行して移動する為、足元を確認するという作業がなかった故のアクシデント。加えて、ほぼ一面が白色というのも、認識が遅れた理由である。
「フェリス!!」
「兄さん!!」
ゲオルグは咄嗟にフェリスを抱き上げ空に浮上し、その崖を回避した。これが通常の、例えば人間ならば、必死に踏み止まろうとするか、落ちていくしかなかったはずである。
「よっ……と。フェリス、大丈夫…か…」
「うん、私は大丈夫…って、どうしたの兄さん?」
フェリスを抱きしめながら着地し、落ちていくソリを見送った後、腕に抱いた妹の顔を見ながら声をかけたゲオルグは、自分でも思いがけない状況に陥っていた。
普段、一緒に寝る事すらあるというのに、間近で見た、やや上気したフェリスの顔に、一瞬見惚れたのである。
<馬鹿な……妹だぞ?…>
怖かったのかやや潤んだ瞳、紅潮した肌、抱きしめた体から伝わる体温。匂い、息遣い。
意識すればする程に、己の脈拍が早まり、思考が曖昧になり、冷静さを失っていく。
「……どうしたの?」
「………いや、何でもない。それより、フェリスが無事でなによりだ」
「もう、だから速いって言ったのに…」
「む、なんだかんだ楽しそうだったじゃないか」
「そ…それは否定できないけど」
「まぁ、食後は少しのんびりして、また少し遊んだら街に戻るとしよう」
「了解です、統括執政官殿」
「茶化すな馬鹿者」
己の内に現れた形容し難い感情を押し殺し、努めて平静を装ったゲオルグだが、この後しばらく尾を引いた事は言うまでもないだろう。
ガルディナの、ある種の全盛期とも言える多忙な日々、その合間に根付いた小さな種だが、この種が後にどうなるのか、この時点、或いは未来永劫かは分からぬが、まだ知る者はいなかった。
「兄さん、もしかして……」
いや、敢えて上げるなら一人だけ、その存在に気付いた者は居たかもしれない。




