争乱の兆し
ガルディナ大森林の南部、ディナント王国の首都、ここにある王城の謁見室で、現在緊急の会議が開かれていた。
「して、その後の亜人の動きは?」
そう言葉を発したのは、この王国の主、つまり国王にあたる人物。
名を、アルトゥール・ルイコフ・ディナントと言う。
「はっ、目立った動きは特にございませぬ。しかし、教会の連中が未だ嗅ぎまわっているらしく、領内で亜人の売買が自粛されているとのことです」
「ほう……」
「また、騎士団の一部、及び傭兵に依頼を出し、消えた亜人の動きを追わせておりますが、そちらはこれと言った成果は上がっておりませぬ」
「……1500を超える亜人が、完全に姿を消したと言うのか? 国境を越えた様子は?」
「国境警備の任に就く将や領主に確認もとらせましたが……こちらでも、そのような大規模な越境はなかった、と……」
「ならば一体どこへ行くというのだ。1500もの亜人が纏まって行動したならば、嫌でも衆目を集めるであろうに」
「ニデアの領主や有力な商会にも調査の人員を送りましたが……領主のクルーウェル伯ですら、把握しきれなかったとのことです。以前、高値で亜人を買い漁る者が現れ動向に注目はしていたようですが……此度、ニデア北部にこれまでにない規模で亜人が集まり、それを受け領内でにわかに騒動が起こったが為、それらの鎮静化に手間取ったらしく……」
「……で、あろうな。数が数だ、住民はもとより、教会とて黙ってはおらなんだろう。クルーウェル伯の労はしかと労ってやれ」
「御意」
「それで、結局この亜人の動きについては、誰も何もわかっておらぬのか?」
国王の問いに、居並ぶ臣下が尽く俯いている中、一人の騎士のような風体の男が声を上げた。
「陛下、恐れながら申し上げたき事がございます」
「ラーゲルクヴィスト卿か、申せ」
「はっ、実を申せば……可能性の低さと危険性から、ガルディナ大森林、ここだけは、いまだ調査の手が及んでおりませぬ」
「ふむ……」
「国内、国境、また国外の間諜からの報告から推測するに、残る可能性はあの地にしかないものと思われます」
ラーゲルクヴィスト卿と呼ばれた男の発言に、謁見室がざわつく。
ガルディナ大森林、あそこは1000や2000の軍勢を送ったところで、到底踏破できるような場所ではないからだ。そんな地に、亜人ばかりたかだか1500程度が向かったところで、今頃は獣か魔物の餌食であろうことは疑う余地がない。
誰も考えなかった訳ではない。考えた上で、有り得ないと断じたのだ。
「ラーゲルクヴィスト卿、それはあまりに荒唐無稽な話だ。かの地は我が国のみならず、これまで多くの国、あるいは有力者が開拓せんと試みてきたのだ。その結果は貴公もよく知るところであろうに」
臣下の一人がそう言うと、周囲の意見を同じくする者達からも似たような言葉が飛び交った。
「勿論、存知上げております。さりとて、それはあくまで開拓に重きを置き、魔物の生息地を荒らさざるを得なかったが為の被害かと。ただ調査するだけならば、いくらかの帰還報告もございます。亜人らがあの森を無事に通れるわけもない、と仰りたいのであろうことも重々承知の上、されど、それはこの亜人らが何の支援もなければ、の話にございましょう」
そんな喧噪を遮る様に発した言葉に、次は静寂が訪れた。
「…………ラーゲルクヴィスト卿、それは、いかなる意味か」
その静寂を打ち破ったのは、国王その人である。
「恐れながら……私が愚考致しまするに、この亜人らは何者かの支援を受け、ガルディナ大森林内部に潜伏、或いは突破したのではないかと」
「何者か、と言うがな、一体どこの誰がかような危険を冒してまで亜人などを連れ出す必要があるというのだ。今やどの国でも、亜人の需要などたかが知れたもの。まして、報告を聞くに、相場よりも高く買い漁る何者かが居たという。何故そのような損を被り、危険を冒し、わざわざあの森を越えようと言うのか」
国王の発言に、多くの臣下が同調の意を示す中、ラーゲルクヴィストを含む一部の者達は思案するような表情を浮かべて黙り込んでいた。
「それは私にも計りかねます……しかし、例えば……そう、例えばですが、帝国があの森を超える為の方法を考案し、往復も可能かどうか、その試験的なものであった、などということは考えられませぬか?」
それは、その場の空気を凍らせるのに十分な威力を持った言葉だった。
「或いは、有力者が独自に開拓し資源の独占を狙っているのか。或いは、資源の調査の為の捨て駒なのか、もしくは……まず有り得ないでしょうが、高位種族……ドラゴニュートやドラグニルが気まぐれに何かをしているのか。少なくとも、もしあの森にいる、或いは踏破したのだとしたら、楽観視出来る状況ではない可能性が高いのではないかと」
「………………」
静まり返り、妙な緊張感に包まれた謁見室。そこに先ほどまで、僅かとは言え介在した安穏とした空気はなく、ただただ重苦しい雰囲気が漂っていた。
「……ラーゲルクヴィスト卿」
「はっ」
「貴公の意見、なるほど無視し難いものがあるのは確かだ。だが、例え今貴公が申したような事が真に起こっていたとしても、今すぐに我が国が動けるという訳でもない。それは、軍に身を置く貴公なら良く分かっていよう?」
「御意」
「そこで、我が国の兵を預かる貴公に命ずる。ラーゲルクヴィスト卿、貴公は直ちにガルディナ大森林調査の為の部隊を編制し、その規模、必要な資材、期間を報告せよ。言うまでもないであろうが、帝国がこれに無関係であった場合、気取られれば挑発行動ととられる可能性もある。それを考慮した編成をせよ」
「はっ!」
「ラーゲルクヴィスト卿、貴公の調査如何では、今後のガルディナ大森林の開発計画も出来るやも知れぬ、期待しておる」
「陛下のご期待に背かぬよう、奮励努力致す所存にございます」
「うむ、では、此度の会議はここまでとしよう。諸君、ご苦労だった」
これからしばらく後、ガルディナ大森林に向け3000を超える選りすぐり調査兵団と、その補給物資などを輸送する為の500の輸送兵団が王都を発つ。
ガルディナの街の住民達と人間、初の交流となるかは分からぬが、もし両者が出会ったとしたら、どうにも血生臭いことになりそうである。




