金細工
エドとゲオルグが食事がてら話を詰めた翌日、二人は連れ立って領主館を訪れていた。
「久方ぶりだな、レイモンド」
「えぇ、まさかまたお会いできるとは思いもしませんでした。それも、ゴルトベルクの会頭までお連れとは」
そう言いながらエドを見やるその瞳には、やや不信な思いを感じさせるものである。
「えぇ、どうも御無沙汰致しております。グレフェンベルグ様におかれましては、ますますご健勝そうなご様子でなによりです」
エドはその視線を気にした様子も見せずに無難な対応をとる。
<肝が据わっていることだ……>
ゲオルグは内心でそう嘆息した。
「なに、今回は二人に頼みごとがあってな。二人が揃っていた方が都合がよかっただけだ。そう言えば、今日はあの魔法士の姿が見えないようだが?」
「あ……あれは今日は休ませております。それより、頼みごと、ですか?」
ゲオルグが例のアンナとかいう魔法士について訊ねると、バツが悪そうに話題を変えたレイモンド。恐らくはまた敵愾心をむき出しにしたか、あるいは前回のことを思い出し恐慌状態に陥ったか。どちらにせよゲオルグには関係のないことである。
「ん、先ずは、これを見て欲しい」
わざわざ根掘り葉掘り聞くような事でもないと、ゲオルグもすぐに本題を切り出す。ゲオルグは、懐から縦15cm、横4cm、高さ3cm程の木箱を取り出した。
「これは…?」
不思議そうな表情を浮かべて聞いてくるレイモンド、だがしかし、その表情はすぐに驚きに変わる。ゲオルグが箱を開けたからだ。
「これは!…なんと見事な…」
思わずレイモンドが魅入ってしまったそれは、金で作られたネックレスである。それも、金を細い鎖のように加工し繋ぎ合わせ、ヘッド部分は硬貨のような丸く平たく加工された物に、細やかな装飾が施され、中心には小さなルビーが嵌め込まれた、一見しただけでも相当な代物と分かる。
「これと同じような物をな、馬車5台から6台分用意しようと思う」
「ごっ…5台!?」
「あぁ、無論首飾りに限らず、耳飾りや腕輪、指輪、グラスあるいは飾り用の大皿などだな。今回は試しに1台分持ってきた訳だが……エド」
「はい。昨日、我が商会の人間に鑑定させたところ、1台で金貨850枚から1000枚くらいにはなるだろうとのことです」
ちなみに、この世界の金貨の価値は、200枚もあればちょっとした庭付き一軒屋が立つくらい。多少の差異はあろうが、1枚辺り日本円で大体8~10万円くらいになるだろう。亜人は大体一人金貨2枚から6枚程度だ。
つまり、馬車1台で8000万から1億円程になるということだ。
元々、金属の加工技術があまり発達しておらず、金や銀は大きな物には装飾を施しはするが、このように小さいものはその多くが無加工であったり、まして宝石と組み合わせたりということはほとんどない。余計な工程を加えて余計なリスクを負うことはない、と言ったところだろう。手間が増えれば傷が付いたり他の仕事が遅れたりと、人間の職人はそう言ったことを嫌うようだ。
一方ドワーフは、一度こだわり始めると脇目も振らずに没頭する連中が多いので、監督官が必要になるほどである。最近は誰の彫刻が一番ゲオルグに気に入られるか、という競争まで起こっているらしいが。
「は……はっぴゃく………それはまたなんとも…」
「それで本題だが、幸いにしてこれらは亜人を買い取るには十分な価値があるのだろう?これを後日、遅くとも一月以内には二人に二台分ずつ持ってこよう。それから二人には亜人を集めて貰いたい。期間は明日からきっかり200日間、明日を1日目として、200日目の正午を期日として、出来うる限りの数が欲しい。追加分が来るまでは今ある一台分、或いは、申し訳ないがそちらの資産で上手くやってくれ。成功報酬は、二人の合計が1000人にも満たなければその価格通りにしか買わん。だが1000人以上集まったならば、それぞれに追加分の馬車2台丸ごとくれてやろう。余った物は好きにするといい」
その言葉に、レイモンドが目を見開いた。これが満載された馬車が合計で5台。亜人の男を仮に2000人買ってもまだ余る程の資産だ。
「さらに、二人の合計が1500を越えた時は、より多く集めてくれた方にもう1台丸々くれてやる。まぁまずないだろうが、2000を越えるようならまた追加を考えよう」
もはや言葉もないレイモンドである。
「二人に依頼したのは、二人がそれぞれ別の人脈や経験を持ち、より効率的に集められると思ったことと、一人だけに依頼して足元を見られてもこちらとしては対処が出来ないからだ。まぁ、そんな真似はしないだろうが、な……で、どうだ、乗るか?」
悪童のような笑みを浮かべて問いかけるゲオルグに、レイモンドは一瞬悩んだものの。
「これは、合わせて5台分は前払い、余った分は成功報酬として、ということですか?」
と、前向きかどうかは分からないが返答してきた。
「あぁ、そうなるな」
「そして、私とゴルトベルクでより多く集めた方に更に上乗せですか」
「そうだ。あくまで二人合わせて1500を越えた時だけだがな。あぁそれと、詰まらん妨害なんぞしてくれるなよ?」
「それは勿論……それから、我が国には現在、恐らくは7000から8000程の獣人と、凡そその半数以下のエルフ、ドワーフがおりますが、それらの種類は?」
「問わない。どれか一つに絞っては、そんな数は集まるまい」
「………」
そこまで答えると、レイモンドはしばらく考え込むように黙りこみ、そして。
「分かりました。これほどの商機、見過ごしては領主としての沽券に関わります。まして、ゴルトベルク商会が出来ると言った事、私に出来ぬとあっては民の笑い者です」
そう、顔を上げて言い放った。
「しかし、今回は確実に教会や他の領主が目を付けます。極力これを悟られぬため、きっかり200日後に一斉にこの街に集まるよう上手く調整し、そしてゲオルグ様に素早くこれを回収して頂く必要がありますが…」
「それは問題ない。例え5000集まろうが回収は可能だ。それより、その回収場所についてはエドからしっかり確認しておいてくれ、エドにはなんどか世話になっているからな。教会の方は、あまり派手に絡んでくるならまた前回と同じように誤魔化してくれ。それでダメなら俺がなんとかしよう。どちらにせよ、定期的に確認には来るつもりだしな」
「…承りました」
できれば教会とは関わりたくないが、今回のこれは絶対に失敗できないことであり、不安要素があるならば自分で処理することもやむ無し、との判断である。
「さぁ、他に質問は?……大丈夫そうだな。では、俺もすぐに戻りやらねばならぬことがある。話が纏まったなら失礼しよう。くれぐれも頼む。二人は俺の数少ない人間の顔見知り、仲違いなどして潰しあってくれるなよ?…その時は直々に両成敗してやろう」
ゲオルグの捨て台詞に、エドとレイモンドは苦笑を浮かべながら答える。元々この二人が敵対することはそうそう起こり得ない事態だ。どちらかが街から消えただけで相応の混乱は間違いないし、領主と商会が対立ともなれば物流や経済に影響が出かねない。それを分からぬ二人ではない。
兎に角、こうして、200日後に定めた増員に向け、様々な場所で様々な人が動き出したのであった。




