前夜
「久しぶりだな」
「はい、ゲオルグ様もお変わりないようで何よりです」
ニデアの街に着いたゲオルグは、真っ先にゴルトベルク商会に訪れていた。商会に着くなり待ってましたと出迎えたエドに奥の部屋に通され、話し合いを始めようというところだった。馬車は商会の人間に任せている。
余談だが、フェリスを連れて来なかったのはすべての作業の進捗状況を把握する者がいなくなってしまうからだ。
「今回も、勿論商談だ。集めるものも同じ、ただ、半年の期間を設ける代わりに数も求めるがな」
「半年ですか。それはまた随分と時間的に余裕が持てますな」
「だといいがな……今回は、エドにだけ、という訳ではない」
「えっ…?」
ゲオルグの言葉に、エドは表情を顰めた。想定していなかった言葉だったのだろう。
「領主のレイモンド、あれにも同じ話を同じ条件で出してみるつもりだ。エドの才覚を信じぬ訳ではないが…一商会だけでは限度もあろう?」
「ぐ……グレフェンベルグ様ですか?」
「あぁ。まぁ詳しい話はレイモンドの屋敷で話そう。前回は事前に通達もせず押しかけたからな、今回はちゃんと正面から堂々と伺うつもりだ。で、エドからそういった連絡は可能か?」
「そ……それは勿論、可能ですが…」
「ならば頼む。それと、今回は恐らく両者が競うような形になるだろうが…エド、この商会で領主と正面からやりあえるか?」
「そ、それはっ!」
思わず言葉を詰まらせ、そのまま考え込むエド。そして時間にして1~2分経った頃に。
「商売でなら、良い勝負になるでしょう」
と、不安と自信を併せ持った表情で言い放った。
「確かに、資金力では劣るでしょう。しかし、人脈や行動力ではほぼ互角、お互いに全く違う種類のものを築いておりますからそこでは競争にはなりますまい。そして何より…」
そこまで言ったところで、エドは急に不敵な笑みを浮かべた。
「商売の経験が違いますからな。それに、領主様と商売で真っ向勝負など、ゲオルグ様のようなお方の後ろ立てなくしては出来ぬ事、年甲斐もなく心躍る自分がいるのも事実。なにより、この機を逃してはならぬと、活かさねばならぬと、商売人としての自分が訴えかけてくるのですよ」
その表情は、まさに生粋の商人のものだった。
「なるほど、流石というべきか、どうして中々良い顔をする。では、明日の正午、領主と会えるよう取り計らってくれ」
「承りましてございます。それより、今日はこれからお時間はございますか?」
「ん?…まぁ特に予定はないが」
「でしたら、お食事でもご一緒致しませぬか。大勝負に挑まねばならぬ身としては、出来うる限りの情報を得たいですからな」
そう本心を隠すこともせず言い放つエドの態度は、ゲオルグにとっては好感を抱けるものだった。
「よかろう、他ならぬお主の頼みだ、それに、何の付き合いもない者より世話になった者を贔屓したくなるのもまた、人情と言うものだからな」
今回、たとえ先程エドが言ったように互角の戦いが繰り広げられるとしたならば、その勝敗を大きく左右するのは事前情報になるだろう。どれだけの予算と時間があるかを明確に予め知ることが出来るだけで、大きなアドバンテージになることは間違いない。それがたった一日だとしても、だ。完全なフライングだが、それはこれ迄のゲオルグとの付き合いによって生まれた利益の一つでもある。
ゲオルグは少なくとも、今回のこのある種の不正行為に関しては良心の呵責を感じてはいない。これは差別ではなく区別である、とも思っている。
自分と友好的に交流してきて多くの便宜を図ってきてくれた者には寛容で、その義理を無下にしたりしないのがゲオルグという男だからだ。
「よし、ならば早速、話を煮詰めながらでも馳走になろうか。この街きっての商会の勧める料理だ、さぞ美味いことだろうな」
「はは、あまり期待されても、ゲオルグ様の舌に合うかどうか」
「謙遜など無用、さぁ、そうと決まれば疾く行こうか」
ゲオルグの言葉に二人は立ち上がり、部屋を後にする。その後、ゲオルグの馬車は商会に預け積荷の点検と買い取り価格を決めておくようにとだけ伝えた。中身はまだ教えていないが、食事から帰ってきたエドの驚く顔が見れれば幸いだと思っている。
ちなみに、足として別の馬車を用意しようとエドは提案してきたが、ゲオルグは丁重に断った。ゲオルグの馬車を牽いてきた馬は何度も慣らすことでようやくゲオルグを恐れなくなったものであり、普通の馬では恐慌状態に陥るのは目に見えていたからだ。
二人は他愛もない雑談に花を咲かせながら、街中を歩いた。
「兄さん……兄さんの苦労が少しわかったよ…」
「フェリス様、次は鉄工業から金細工の進捗状況の報告とデザインに関する相談があるとのことです」
「早く帰ってきてー!」
その頃、ガルディナの街ではそんなやりとりが繰り広げられていたとかいないとか…




