幕間 警衛隊 壱
俺の名はヨハン。狼人族の男、ガルディナの街で、警衛隊の長を務めている。
元々は小さな農場で家畜の世話や糞尿の掃除、餌やりなどの仕事をやらされていたが、今ではこうして部下を持つ身になった。ただこき使われ時には不当な暴力すら受ける汚辱にまみれた生活から救って頂き、更にはこうして衣食住のみならず仕事も与えられ、街の運営に関わる会議にも顔を出させて頂いている。これで忠義を尽くさぬなど、そんな不義理な真似が出来ようはずもない。
この思いは、特に最初期の住民達の間では当たり前の感覚である。そしてその中でも、各部門の長は特にその傾向が強いし、俺もまた、誰よりもそうであると自負している。ゲオルグ閣下直属の組織の長として、誰よりも厳格で誰よりも深く忠誠を誓っていると。
だからこそ、職務にも誇りを持っている。閣下に与えられた剣と防具を身に纏い、閣下のお側と街の治安を守る。警衛隊の人間は、誰もがその特別な職務を誇りに思っているはずだ。休みの日以外では、誰もが忠実に己の職務に精を出している。
「隊長、一手お手合わせ願います」
「応、いいだろう」
こうして剣の稽古などを頼まれるのも珍しくはない。俺は警衛隊の自室の壁に大事に立て掛けてある二振りの剣を手に取り、身に着けた防具の金具などを確認する。この剣と鎧はゲオルグ閣下から直々に賜った物だ。決して粗末になど扱えぬ。俺はそれらをしっかりと確認してから、兵舎の裏手に作られた訓練場に向かい、そして今までのことをふと振り返る。
俺がゲオルグ様を閣下と呼ぶのは、特にお側で仕えているケイル殿やニーナ殿がそう呼んでいたからだ。どういう意味かと訊ねたら「偉大なお方、統率するお方をこう呼ぶのだ」と言われ、それ以来俺もそうお呼びしている。彼らがどこからそんな知識を仕入れたのかは知らないが、閣下がお咎めにならないということは間違いないのだろう。
ゲオルグ・スタンフォード様。我らが主、我らが親、我らが兄弟、我らが戦友。
警衛隊の者らはよくそう言う。誰もが閣下直属であるという誇りを胸に、この街で唯一の武装を許された組織としての自負を持ち、それらを与えてくれた閣下に無制限で無条件の忠義を捧げる。
閣下は、平素は寛容にして穏やかな家族として、我らに指導する時は厳格にして苛烈な指揮官としての顔をお見せになる。それは本当に厳しいものであるし、あの剣捌きは今だ自分ごときでは到達できるとは思えない。手合わせを挑んだことも数知れず、毎度軽く打ちのめされては魔法で回復して頂くという情けなさだ。
「厳しいと思うか?辛いと思うか?…それはそうだろう、俺は、お前たちには甘くはしない。少なくとも、この街で唯一武装を許された組織であるお前たちが、他の者達を捕らえ或いは見張り或いは処罰することを許されたお前たちが、弱く浅ましく狡猾な存在になることを俺は許さん。正々堂々と胸を張り、己の強さと正しさを誇りに誰に憚ることもなく生きろ。それがお前達の使命だ」
これは、警衛隊結成当初に行われた訓練で言われたことだ。閣下は本当に、訓練や指導において他のどの部署よりも厳しく接して、時に心を折られそうにもなった。しかし。
「兄さん、警衛隊の人に厳し過ぎじゃない?…もうちょっと優しく…」
「バカを言うな。優しさなんぞ、警衛隊の職務に必要ない。彼らは後々、この街の軍事を司る存在になるんだ。場合によっては、戦闘行動を起こす場合もあり得る。そんな危険な仕事を負わせるからには、俺は全力で彼らを鍛える義務がある。彼らも、俺の大事な家族には変わりないのだからな。決して死なせぬ為には、何よりも本人達が誰よりも強くなって貰う必要がある」
いつもの訓練の後、そんな会話を、聞いてしまったのだ。
「……閣下」
既にこの身は閣下の御為にある。そのお方から、直接ではないとは言え、いや、直接ではないからこその本心と思われる言葉に、感動を覚えたものだ。
今、この街はかなり慌ただしい動きの中にある。先日、閣下がニデアの街に訪れ、新たな住民となる者を受け入れる準備に入ったからだ。
畑や果樹園、漁港、家屋、あらゆるものが多くの人々の手によってさらに大きく、豊かに変貌していく。そして、それを守るのは自分達なのだと、そう言い聞かせる。
「隊長、よろしいですか?」
部下の声にふと我に返る。気付けば、もうそこは訓練場だった。
「あぁ、どこからでもかかってこい。まだまだお前らには遅れは取らん」
基本的に俺たちの訓練は、鉄芯の入った木剣を使ったものか、素手で行う体術訓練である。今回は相手の部下が木剣を持ってないことから、体術の訓練であろうことは分かる。
「そう仰っていられるのも今の内です。私も警衛隊の一人として、閣下に己の存在をよくお見せしたいので」
「よくぞ言った、では、やろうか?」
「応!!」
こうして二人は、元からいた数人の衛士を観客に戦い始める。観客達はその戦いを興奮気味に見守り、戦っている当人達は己の全力を惜しみ無く尽くす。最近では、警衛隊以外の者も見に来ることもあるこの光景は、最近では既に日常の1コマとして受け入れられつつある。
この街に新たな住民を受け入れる、その3ヶ月程前のことである。




