軍議と決意
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
ようやく仕事が落ち着いてきたので、少しずつですが執筆再開です。
「よくぞ参られました、スタンフォード公」
「なに、これも盟友としての務め、怠るような真似は出来んさ」
指揮官室に入ると、そこにはラシード始め10名程の将校、ラシードの幕僚であろう者達が既に着席しており、ゲオルグが入室すると同時に立ち上がって一礼してきた。
「気遣いは無用。今は一刻が惜しかろう、早速本題といこう」
ゲオルグが答礼しつつそう言うと、再び席について卓上の地図に目を落とす。そこにはサンクツィ城塞を中心とした周辺の地形が描かれており、その上には三色に色分けされた凸型の駒、恐らく、一番数の多い黒がディナント軍、城塞内に納められた白が帝国軍、そして、西部の大森林内部に置かれた、最も数の少ない赤がガルディナの兵であろう。
「では、先にガルディナ近衛猟兵団の者より受けた知らせを元に、情報の共有から始めます。ディナント軍は総勢2万5千から、精々6千か7千。対するこちらは帝国軍8千、ガルディナ軍が4百。兵数差にしておよそ3分の1。これはよろしいでしょうか?」
幕僚の一人が紡ぐ言葉に、その場にいる全員が頷き、それを受けて再び言葉を発する。
「では続けます。ディナント軍は順調に北上を続けており、恐らく明日にはここへ迫るでしょう。そこで、ガルディナ軍には既に城塞外へと陣替えし、奇襲に備えて頂いております。こちらの指揮は、スタンフォード公が」
「ん、任されよう」
「そして、この城塞に残る帝国軍は、バスネル将軍が」
「うむ、今更の事、問題はあるまい」
「そして、現在こちらへ援軍の第一陣として、帝都よりラスカー・バスネル将軍が5千の兵を率いて向かっているとの知らせが来ております。到着までに、およそ2週間」
「……バスネル?」
聞き覚えのある家名に、思わずゲオルグが反応を示した。
「某の二男にございます。爵位こそ未だ賜ってはおりませぬが、騎士として、将として幼少の砌より厳しく鍛えて参りました故、猫の手よりかは力になりましょう」
「成る程、いや、話を遮ってすまなかった。続けてくれ」
「はっ、援軍は第三陣まで編成を進めており、第二陣は8千、第3陣もまた8千、計2万1千を編制が終わり次第逐次送るとの事です」
「ふむ……陛下のことだ、第一陣から第三陣まで、ほぼ間髪なく帝都を発つであろう。第三陣の到着は、一か月かそこらといったところか?」
「はい、そのように知らせが来ております」
「なれば、第一陣には第二陣と合流してからこちらへ向かうよう早馬を出せ。5千の兵で2万を超える敵陣突破となれば、敵の動きによっては無視出来ぬ被害が出るやもしれぬ」
「敵がこの城塞を完全包囲するとお考えなので?」
「それはあるまい。如何に兵が多いとはいえ、精々三方を囲むのが限度であろう。四方を包囲したところで、それぞれが薄くなれば我らが城門を開き打って出た時に容易く打ち破られる恐れもある。余程の愚将でもない限り、各方面がこちらの兵より少なくなるような真似はすまい」
「ならば、空いている方面より内部へ引き入れては?」
「それを見越さぬ敵ではあるまいよ」
そう言葉を発したのはゲオルグである。彼は、これまでの流れでなんとなくだがラシードの憂いを察していた。
「如何にも。援軍をただ城塞に招き入れたのでは芸がない。そもそも、敵とてそれだけの数の援軍の動きを察することがない訳もありますまい。恐らく、援軍が近付いているとなれば、それこそ躍起になって攻め寄せることでしょう。また、第一陣が僅かに5000を以てこちらに接近しようものなら、それの足止めの為に敵の一部がそちらへ向かう可能性も高く、その間もこちらが抑えられていては、挟撃どころか援軍が撃破される恐れもございます。それ故、第二陣を待ってそれと合流、1万3千にもなれば、敵は足止めにも相応を兵を割かねばならず、かといってこちらを抑える兵も残さねばなりませぬ故、そうそう手出しは出来ますまい。援軍を撃破しようと思えば最低でも1万5千は繰り出す必要がありましょう。足止めにして1万、陽動程度ならば数千で事足りるでしょうが、そこまでして足を遅くしたところで、ここを落とせねばそれも徒労というもの」
ラシードの言葉に、ゲオルグは頷いた。
仮に5千の兵が直接こちらまで向かったとして、敵がそちらに1万も割けば
その援軍は進退窮まるであろう。それでもこちらには1万5千以上の兵が残り、城塞から援軍を、という訳にもいかない。恐らく、この5千という兵は緊急用とでも捉えた方が良いだろう。
兵を揃えてから送り出したはいいが、その間に万が一城塞が陥落していた場合、それを取り戻す為に如何程の兵力が必要になるか分からない。それ故、焼石に水程度であってもある程度の兵を送り、城塞近辺で次の増援を待機、万が一城塞に異変があれば、それを打破する為に決死の攻撃を仕掛ける、といったところか。
<ま、俺がいて万が一もないと踏んでいる可能性もなくはないが>
やろうと思えば、その援軍を丸ごと空中輸送も出来るのだが、まだドラグニルである自分がこちらにいることを敵に教えるつもりもない彼は、それをするつもりもなかった。
「では、第一陣にはそのように知らせを。また、城塞内の兵には現在、哨戒などの一部を除き全ての兵に休息を取らせております。斥候に関しては、スタンフォード様より近衛猟兵団を一度陣に戻すと伺っておりますので、現在何騎かで編成しこれに当たらせる予定です」
近衛は貴重な航空戦力だ。故に、ゲオルグは事前に「開戦前には全てを陣に撤収させる」と伝えてある。斥候を軽視している訳ではない。だが、それに力を注ぎすぎていざ戦闘となった時、最大戦力と言っても過言ではない近衛が使い物にならなくては何の意味もない。
「現在索敵を行っている近衛も、終え次第陣へ戻し、順次休息を取ってもらう。我らの奇襲の根底を成す近衛による空からの魔法攻撃を疎かには出来んからな」
「無論、承知しておりますとも。しかし、ドラゴニュートとは交戦の記録もほとんどありませなんだ故、そのような制限があるとは終ぞ知りませなんだ」
ラシードの言う制限とは、ドラゴニュート達の飛行の持続時間、そして限界まで飛行した後に訪れる魔力不足による致命的な身体能力の低下だ。
「あぁ、とは言え、魔力さえ使い切るようなことさえしなければ、陸上戦でもまず人間に遅れをとることはない。これまで、人間が積極的に喧嘩を売らなくなった理由の最たるものは強大な魔法だろうが、それ抜きにしても彼らは強い。心配は無用だ」
「心配などしておりませぬとも。ドラグニル程ではないとは言え、彼らもまた、数々の逸話を残す種族、我らではその強さを計ることなど出来ますまい」
「ならば結構。それより、我らの役目が既に明確であり、かつ先だっての軍議との内容に大きな差異がないのであれば、俺はそろそろ陣へ戻ろう。場所が場所だ、俺が行くまで陣も張れんのでな」
ゲオルグらガルディナ兵が奇襲の為に潜伏するのは、城塞西部の大森林内部である。これは、敵の斥候も来辛く、かつ姿を隠せる場所、ということで選ばれたのだが、ゲオルグがいてこその選択肢なのは言うまでもない。
このところ、頻繁にガルディナを離れるゲオルグだが、それでも魔物が街周辺に戻ってくる様子は見受けられなかった。これはゲオルグの魔法の余波、残滓とも言える物を魔物が感じ取り、ドラグニルのテリトリーだと認識しているからであるが、ゲオルグもそこまでは知らない。とは言え、そういう事実があるからこそ、今回、この出兵を決断したのだ。
そして、そういった事実を鑑みて、ガルディナ大森林内部に陣を構えても、精々森林外周部の、彼我の戦力差を計れない程度の弱小な魔物しか寄ってくることもないだろうと判断し、それを実行に移した。
「それもそうですな。では、我らも各々の部隊へ戻り、しっかりと休息致しまする。スタンフォード公も、どうぞお気を付けて」
ラシードがそう言い席から立ち上がって会釈をすると、幕僚たちもそれに倣う。そしてゲオルグもそれに応じて立ち上がり、同じく会釈をしてから一言二言挨拶を交わしてその場を去った。
いよいよ、開戦が迫ってきている。
ゲオルグが城塞内で軍議を行っている頃、城塞外部では、ジルとその部下
達が自軍の陣地転換の準備を行っていた。
「ジル様、兵糧の積み込みは終えました。これより、輸送に取り掛かります」
「えぇ、お願い。兵達の様子は?」
「皆、士気高く、と言いたいところですが、やはり初の実戦となる者達の間では緊張や不安が拭えない、と言ったところです。現在、各中隊長とその副官達でフォローに回っておりますが……」
「そう……仕方のないことでしょうが……心苦しいことですが、あとは閣下の激励にお任せする他ないかもしれませんね……」
「はっ……不甲斐ない限りです。いつまでも閣下にお頼りせねば、部下の激励一つ出来ぬとは……」
「それこそ、致し方のないことです。閣下こそが我々の希望、今のガルディナを形作る根幹なのです。そのような御方と我らを比べる事自体、誤りでしょう」
「しかし、閣下とて我らを信じて下さるが故に、こうして兵を御預けになられた筈、そのご期待に背く様な真似は出来ませぬ」
「無論です。ですが、我らがそのご期待にお応えするべき時は戦場でしょう。此度の戦、閣下は御自ら手を出すことはしないと仰っておられました。つまり、閣下が戦場に出ねばならぬような事態、それを引き起こさぬようするのが我々の務めとなりましょう。努々、それを忘れないようにして」
「無論にございます。何、此度は経験豊富な第1、第2中隊に、近衛の方々がいるのです。初戦さえ切り抜ければ、あとは自ずと己の責務に奮い立つでしょう」
「えぇ、そうであることを願うわ」
ジルに略式敬礼をした後その場を離れる部下の背を見ながら、ジルは小さな溜め息をついた。
<初陣に奮い立てる者が、どれほどいるのかしら……>
そんな事を、考えながら。
<私達でさえ、初陣の後はしばらく食欲も湧かず、剣を振るう腕も重くなった。人を斬るという感覚が、手から離れなかった。それでも、今や軍の中核を成す者としてこの場に立てるのは、その感覚を受け入れる時間があったから>
しかし、今この場にいる新兵は、恐らく数日、或いは数週間は戦うことになるかもしれない。それを思えば、どうして楽観視出来ようか。
<まして、私達の時は全員がディナント出身の者で構成されていた、だから、人間を斬ることを躊躇うことはなかった。けれど、帝国出身の者もいる今回は、そうとは限らない>
ディナントの亜人に対する激しい弾圧。子供は家畜として飼育され、大人は日々暴力に怯えながら人間に使役され、齢30にもなる頃には殺される運命にあったディナントの亜人。それに対し、保護こそされねども、家畜の如く飼われることもなく、法に従い生きる内は殺されることもない。無論、保護する法が無い以上理不尽な暴力を受けることも少なからずあっただろう。だがそれにしてディナント内の者達とは確固たる違いがある。生まれながらにして殺される運命を背負い生きるディナントの亜人と、少ないながらも自由をその手に生きる帝国の亜人。
その両者の間には、決して埋めきれぬ溝があろう。人間に対する、憎悪には。
<とは言え、帝国からの者にしても、志願者のみを集めているのだから、人間を斬りたくない、などと言う者もそうはいないでしょうけどね>
初代の警衛隊は、ゲオルグが自ら選抜した者で構成されていた。しかし、現在の正規軍、及び警衛隊は、志願者の中から体力、知力を査定し、その上位から順に規定人数まで入隊させている。志願者の多くはやはりディナント出身の者だが、体力的に男性獣人に大きく劣るエルフはやはり少ない。ドワーフに関しては、元よりそう数も多くない上、出来得る限り職人として働いて貰いたいというゲオルグの意向がある為、こちらも積極的に採用はされていない。
<しかし、閣下はいずれは工兵隊を編制し、その主軸をドワーフに任せたいとも仰っていたし、エルフで編成された遠距離からの魔法攻撃を主体とする遠距離型高火力部隊も編制したいとも……それが実現するのは、いつになるのかしら>
まだまだ獣人が圧倒的多数を占めるガルディナでは、魔法を使えるエルフや細工物に優れたドワーフというのは、非生産職に就ける訳にはいかないのだ。
<閣下のご心労、察するに余りある、という言葉ですら生温いわね>
ガルディナの為に、文字通り東奔西走し、内部の問題にも逐一自ら視察に赴き対応策を考え、議会で上がる議案の決済をし、果ては外交から軍の編成、子供達の教育、加工品に対するアイディアの供出まで、あらゆる物事をその一身で行動し、判断し、対応する。それでいて住民達の前では不満も疲れも見せることなく、真摯で寛容な対応を怠らない。
恐らく、これほど多忙でいて尊敬されている統治者など、人間にはいないのではないだろうかと、ジルは思う。
<しかし、だからこそ我らも閣下の御為にと死力を尽くせる、お慕い出来る、敵を……人間を斬れる>
腰に下げられた二本の剣の柄を、無意識に握る。この手で、この剣で、ガルディナを、ゲオルグを護るのだと、何度も自分に言い聞かせてきた彼女のその気迫は、まるで歴戦の猛者を思わせるものだった。
<負けられない……此度の戦に、私たちの、ガルディナの、ゲオルグ様の命運が掛かっているのですから……参謀などという肩書まで賜っておきながら、無力であることなど、許されない>
その意気込みたるや、ゲオルグが知れば、「もう少し肩の力を抜け」とでも言われるであろう。
実際、陣に戻ったゲオルグからそんな言葉を掛けられるのだが、それはあとほんの少しばかり後の話である。




