開戦への序章
予約投稿の日時を間違えておりました。
「いやはや、こうしてスタンフォード公と轡を並べて戦に臨む日が来ようとは、長生きはしてみるものですな」
サンクツィ城塞内部、その広場にて、以前ゲオルグから与えられた籠手を装着しているラシードとゲオルグは感動?の再会を果たしていた。彼らの周囲にはゲオルグの率いてきたガルディナの兵達が侍り、更にその周囲をラシードの兵が興味深げに見守っている。
サグラーシ砦からラシードが率いてきた兵達にとっては慣れたものであるが、そうではない兵達にとっては、獣人を核とした亜人だけの兵、などというのはどうにも信用ならない、といった雰囲気だ。しかし、それを言わせぬだけの力を持つドラグニルが率いており、しかもドラゴニュートまで彼らと行動を共にしている、となれば、文句は愚か陰口すら叩けぬ、というところだろう。ちなみに、彼らが空から登場した、というのも原因の一端であろうが。
「轡を並べて、と言うが、実際に俺が戦場に出る事はなかろうよ。ましてや籠城戦ともなれば、わざわざ俺が出向かずとも勝てるであろうに。相異あるまい? 帝国のきっての名将と謳われしラシード・バスネルならば」
「元より負ける気などさらさらございませぬが、スタンフォード公よりかようなお言葉を賜ったからには、益々もって励まねばなりませぬな」
そう言って顔に皺を刻みながら笑う彼は、やはり歴戦の猛者らしい獰猛さを感じさせる。普段いかにふざけた態度であっても、戦一筋に生きてきた彼らしい表情だと、ゲオルグは思った。
「その様子だと、わざわざリュドミラに無理を言って俺の兵を連れてくるまでもなかったか」
思わず苦笑しながらそう言う彼の後には、侍従のリーシアを始め、参謀のジル、そしてガルディナ正規軍第1、第2中隊、近衛が控えている。
彼らを連れてくるにあたり、ゲオルグがリュドミラと何度となく打ち合わせたのは言うまでもない。その結果、今回かれらに与えられた役目は「遊撃」。即ち、先にゲオルグが想定していたように、その機動力を活かしての夜討ち朝駆け、陽動を担う事となった。
当然、その作戦の根幹を担うのはドラゴニュートの近衛であるが、彼らの飛行能力には制限があり、且つ戦闘がどれだけ継続するか分からない以上、敵に初撃を加えた後は速やかに離脱、あるいは地上軍と合流しての白兵戦となる。
しかし、元より敵に揺さぶりをかけるのが目的である以上、被害を被ってまで敵に打撃を与えるつもりはない。ゲオルグらの作戦行動の目的は、敵に休息を与えず、疲弊と厭戦ムードを作る事。これがいかに精強とは言えたかだか数百の陸戦兵力ならば、まずもって不可能な話であろう。だが、こちらにはドラゴニュートがおり、彼らが初撃で派手な魔法を数発放つ、ともなれば、敵もそう易々と安眠は出来なかろうし、その上で陸上からも攻められる、となれば、その対応に追われるも目に見える。
「いやいや、明るいうちは我ら帝国兵が出張り、夜となれば公の兵達が敵を襲う。我らは交互に休息を取り、敵に休息は与えない。まさに理想の戦法ではありませぬか」
ラシードが口にしたそれは、確かに言うだけならば容易い、そして理想の戦い方であろう。しかし、実際には、恐らく開戦直後からしばらくは帝国側の方が兵数では劣ることになるだろう。なにせ、帝国も国境に増援を送っているとはいえ、あくまでディナント側を刺激しない程度に、である。
それを踏まえれば、緒戦から万全を期してくるであろうディナントと、増援を待ちながら籠城し防戦をする帝国という図式が出来上がり、先のような戦法は当然ながら難しくなる。兵数で勝るディナントからすれば、帝国側に増援が到着する前にサンクツィ城塞を攻略し、そこを侵略拠点とすることで継戦能力の拡大、侵攻をしたいと考えるのは自明の理。それを踏まえれば、恐らくは兵を分け、先の戦法を選択するのはディナントであろう。
それを分からぬラシードではあるまいが、ここには他の兵達の目と耳がある。それ故に敢えて楽観的な発言をし、余計な不安感を抱かせないように努めているのであろう。
「そうだな。例えそれが難しい状況であったとしても、我らの目なれば僅かな間隙であろうとも見逃しはしない。こうして助力に馳せ参じ、そしてこれが我らの歴史に刻まれる一戦となる以上は、何もせずに終わる事だけはせぬ。貴公ら人間に、我らの力を示す好機故に、な」
だからこそ、ゲオルグもこうして決意表明こそすれ、具体的な事は決して触れない。どんな形であれ、帝国の勝利に貢献し、そうすることで、帝国、ディナント双方にガルディナの兵の質を示し、今後の外交に役立てていかねばならない。その使命にも似た目的を果たねばならない以上、不要な発言も出来ないのだが。
「成る程、いや、実に頼もしく思いまする。いっそ、援軍が来るよりも早く片付けてしまいますか」
「ふむ、それも良いな。帝国、そしてガルディナの勇名を大陸に轟かせ、精強ぶり、健在振りを示してくれようか」
二人の会話に、周囲が息を飲む。これが実績のない将達の会話であれば、周りもこれほど大きな反応を示すこともないだろう。だがしかし、目の前の二人は帝国きっての名将とドラグニル。その発言の重さがどれほどのものであるか、分からぬ者の方が少なかろう。
「我らが共に歩めば、ディナント如き取るに足らぬ存在でありましょう。王が下らぬ宗教如きに媚び諂う国家など、恐るるに値しますまい」
「如何にも、かような国、遅かれ早かれ滅びの道を進むであろうよ。我らで、少しばかりその後押しをしてやろうではないか」
そう気安く話す二人に、周囲の兵士達は士気の高揚を感じるのであった。
その頃、己の領地に戻っていたレオニード・トルスタヤ・イリイチは、腹心を数人集め、会議の真っただ中だった。その内容は、もしその場でゲオルグが聞いていれば、些か頭の痛くしたであろうものだ。
「兵の方は滞りなく、万端整っております」
「そうか。なれば、3日以内に発つよう指示しておけ。我らの役回りは所詮はフリューゲルの監視に過ぎぬが、他家に後れをとるのも面白くない。なにより、あのドラグニルの心象を良くしておきたい故な」
腹心の言葉に返答するレオニードのその語り口に、ドラグニルに対する畏敬は感じられない。
「ドラグニル……件のゲオルグ・スタンフォード様、ですか?」
「如何にも。この領地からガルディナまではいささか離れているが……それにしても、何もせぬのはあまりに惜しい。そして、敵対するのはその千倍、いや、万倍にして恐ろしい」
腹心達は、レオニードの言葉に息を飲む。この男は、銀山の発見、開発からこれまで権謀術数の限りを尽くし、侯爵にまで上り詰めた男だ。その彼をして、敵対を恐れさせたのは、彼らの記憶の限りでは初めてのことである。
「あのドラグニルの前では、距離も、城壁も、堀も意味を成さぬ。それどころか、資材さえあれば、我らの領地の目と鼻の先に砦の一つ二つ、瞬きする間に築き上げるであろう。そんな者と敵対することになんの旨味があるものか。むしろ、うまく取り入り我らの力としたいところではあるが……」
そこまで言ったところで、彼は一つ小さな溜息をついた。
「難儀なことよ。いかなる財も、ドラグニルという存在の前には霞む。地位はそれこそ無用なものであろうし、そもそも、紛いなりにも一国の元首たる者に、陛下の御意も得ずして迂闊なことも出来ぬ。ともすれば、一番現実的なのは、サンドラを嫁にくれてやることだが……」
サンドラ。レオニードの次女であり、歳は17。本来ならばもうどこかの家に嫁いでいてもおかしくはない歳であるが、どうにも北方の女らしさが際立つ気の強さ、そして年頃の女が好む衣服や飾りに興味を示さず、それどころか武芸や馬術を嗜む女傑として知られ、嫁の貰い手がいまだ見つかっていない。
「あれを送り、かえって当家の印象を悪くされてもな……」
「あまりお嬢様を悪く仰るものでは……」
「なれば、そなたが引き取るか?」
「…………」
その沈黙は、場合によっては不敬である。しかし、我が娘のことを誰よりも知る父として、それを責めることは出来なかった。
本来、次女とは言え侯爵令嬢ともなれば、引く手数多、それこそ、その父親から縁談など持ち込まれれば、一も二もなく飛びつくものである。だが、その娘は男より尚気が強く、それでいて武芸の覚えありともなれば話が違う。
貴族の男、或いは高位貴族に仕える男というのは、自尊心の塊がほとんどである。その自尊心の塊に、同じく自尊心の塊である女をあてがえばどうなるか、火を見るよりも明らかであろう。
「まぁ、何もせぬよりはマシか……恐らく、他家の者共も同じことを考えていよう。ドラグニルが果たして人間を娶るかは分からぬが、それでも国主だ。国と国の付き合いに、婚姻が付き物であることくらいは理解していよう」
そんなレオニードの考えは、確かに大陸の常識としては正しい。それ故に、その場の誰一人として反対しなかった。それは、ここに限った話ではなく、他の同行した貴族達も同じであるのだが、それはゲオルグの知らぬこと。
ガルディナ史において、この開戦間際から開戦、あるいは終結までの期間を、「ガルディナ王国の胎動期(あるいは黎明期)」と記されている。まさしく、大陸に産声を上げんとする、その少しばかり前の事だ。
次回は幕間にて、少しほのぼのしようかと




