旗印
「それで、住民の混乱は落ち着いたか?」
「はい、受け入れから既に3ヶ月経ち、仕事の割り振りにも特に不満はなさそうです」
「ですが、文字や計算の教育に少々時間が掛かっています。その影響もあり、各部門で作業に若干の遅れが生じております」
「ふむ……遅れについては、第3、第4中隊の人員を派遣し、少しでも取り戻せるよう努めてくれ。教育の遅れは致し方あるまい。誰しもが忙しなく動いているこの状況で、そっちへ時間を割ける者も少ない」
「承りました」
「ヨハン、第1、第2中隊の準備の方は?」
「はっ、現在は専ら新兵の訓練と教育をさせておりますが、既に兵糧、武具の準備の方は順調です。あとはニーナ殿の差配が済めば、それで完了となるでしょう」
「あい分かった。そろそろディナントも動くだろう。恐らく、これだけの時間を掛けた以上、相応の兵力と武具兵糧を備えて帝国へ攻め込む筈。心して掛かるようにせよ」
「承知仕りました」
ガルディナ森都議事堂、ここは、今までに類を見ない喧噪を見せていた。
先日、帝都のリュドミラの元へ訪れた際、彼女から、ディナントの軍が王都を発したとの知らせがもたらされたのだ。
随分と時間が掛かったが、それはフリューゲル王国の協力を引き出すのにディナントの外交官が苦戦した為である。勿論、ゲオルグはそんなことは知らないが、僥倖であることは違いない。とは言え、それは王国にとっても悪いことばかりではない。ただ余計な時間を食っただけの無能ならば話は別だが。
「……いよいよ、か」
ゲオルグの呟くような一言に、場が静まり返る。
「此度の一戦で、少なからず我らの存在が歴史の表舞台に躍り出る事となる。故に、これからがガルディナの正念場と捉えてよいだろう。帝国は言わずもがな、ディナントにも、フリューゲルにも、そしてその他の国々にも、我らの存在が示される。そして、これは当初の予定よりも遥かに早い段階だ」
元々、可能ならば20年は存在を秘匿したい、と明言していたゲオルグであるが、その彼をして、まさかこんなにも早く公にする時が訪れるとは思ってもみなかった。
そこまでして帝国に手を貸す必要性はあるのかと問われれば、そこには疑問符がつくかもしれない。だが、ディナントと独力で戦闘を行う国力を未だ保有出来ていない上、保有できる目処も立っていない。そこに帝国とディナントの戦争となれば、万が一、帝国が敗れた際には、その戦力がそのままガルディナに向かう恐れがある。
帝国との交戦がどれほどの期間に及ぶかは分からないが、その間にガルディナの情報がディナントに伝わらない、などという楽観視をするつもりもない。
故に、ディナントと同等以上の戦力を保有する帝国と共闘し、共にこれを迎撃、可能な限りその戦力を削ぎ落とすことが最優先目標である。
帝国は「亜人と共闘する異端者の国」とでも難癖を付けられるだろう。だが、それも遅いか早いかの違いでしかない。ならば、難癖を付けてくるであろう国家を早急に叩き、その他の国への備えを固める必要もある。
帝国に接する国家は、南西にディナント、南東にフリューゲル、そして東にウェルバニア王国、この内、教会の影響著しいのがディナント、次いでフリューゲルであり、今回ディナントを叩ければ、帝国はフリューゲルに戦力を集中させることが出来る。そうなれば、端から戦に消極的なフリューゲルが積極的攻勢に出る事もないだろう。そもそも、フリューゲルは戦争により拡大した国家ではなく、海上通商により発展を遂げた海運立国であり、かつての大戦でこそ帝国やディナントと交戦したことはあるが、ディナントとは教会の仲立ちで和平を、帝国に対しては陸戦での消耗を避けられた海軍による洋上戦闘及び散発的な上陸戦を行ったのみである。
今回の戦に於いてはリュドミラ曰く、恐らくは陽動であろうが、フリューゲルも帝国との国境に兵を向けるそぶりを見せており、これを無視する訳にもいかずそちらにも兵を割く必要が出てきた為、十全な戦力をディナント戦に充てることが出来ない、とのことだ。
教会の総本山の存在する、大陸でも最も亜人差別の激しい国家、ディナント。例えここで敵対せずとも、いずれどこかで雌雄を決さねばならない時が訪れる。そして、その時にはガルディナも相応の軍事力を保有しておかねばならない。今回の戦は、その時が来るのを引き延ばす為の、戦略的遅延作戦、とでも言おうか。
「この一戦、我々は表立って、正面から戦う事はないだろう。少数の機動力と、近衛による戦況の逐次偵察を用いての攪乱、陽動、奇襲、決して褒められるような戦い方はしない。これを人間がどう評価するか、およそ想像はつく。だが、そんなものを気にする必要はない。兵には衆寡の用、即ち、多ければ多いなりの、少なければ少ないなりの戦い方というものがある。万の兵に数百で正面から挑むなど、それこそ愚か者の所業、蛮勇に過ぎない。それをよく兵に理解させよ。勇敢さと無謀を履き違えるような者は我が軍にはおらぬと信じているはいるが、戦は時に人を惑わせ、狂わせ、死を招く。一兵が一兵以上の価値を持つこのガルディナの軍を、無駄に消耗させてくれるな」
「そのお言葉、確と胸に刻みましょう」
「そして、ガルディナの為にその命を危地に晒す者達を飢えさせることもないように、な」
「はい、我らが守り人達を、ここに留まり帰りを待つ我らで必ずや支えてみせます」
「よろしい。そして……アレは出来たのか?」
「こちらに」
ゲオルグの言葉に、侍従のリーシアが後ろから進み出る。その手には、折りたたまれた布を持っている。
そして、リーシアがそれを机に広げた瞬間、室内で歓声が上がった。
「おぉ!!これが我らの……」
「成る程、分かりやすく私達を表せていますね」
「うん、由来はちょっとあれだけど……いつか前向きな色になるといいな」
皆がそう口々に感想を述べているその布には、ゲオルグらの考案したデザインが施されている。
上下二色に色分けされたそれは、上は白、下は赤に染められ、中心には竜が、その周りには11の星が竜を囲むように並べられている。
下の赤は、これまでに流されてきた血を。
上の白は、血の上に築かれた自由を。
中心の竜はガルディナを築いたゲオルグを。
周りに浮かぶ11の星は現在のガルディナを構成する、ゲオルグを支える種族の数を。
即ち。
狼人族。
虎人族。
兎人族。
鼠人族。
羊人族。
熊人族。
豹人族。
狐人族。
エルフ。
ドワーフ。
ドラゴニュート。
この11種族だ。
加えて、赤白の二色は白がやや配分としては多くなっており、これは流されてきた血、それに見合う、ではなく、それを上回る自由、幸福を築く、という意思の表れでもある。
「これが、これからの我らの旗印となる。この街に住む全ての者へ、これからやってくる名も知れぬ者へ、そして、これまで我らを侮り、その尊厳を、自由意思を、命を、踏みにじり弄んだ人間共に、見せつけてやろうではないか。我らの覚悟、我らの生き様、我らの意思を、この旗と共に、その脳裏に焼き付けてやろうではないか」
ゲオルグの言葉に、その場にいた者達が気炎を上げる。
間もなく、歴史の暗部に放り込まれた者達の、闘争の幕が上がろうとしている。




