月が見ていた約束
「七奈、あんた……」
「……魔法少女、なんだよね?」
「え?」
目の前に立つ千晴を見つめたまま、私はその場でぴたりと動きを止めた。
昼下がりの陽射しが私たちの足元へ長い影を落とし、風だけが静かに通り抜けていく。
「ち、違うの! 私はただ、ここで少し休んでいただけで……!」
慌てて右手を背中へ隠し、一歩、また一歩と壁際へ後ずさる。
「七奈ちゃんって、本当に嘘が下手だね」
千晴はくすっと笑い、小さく首を傾げた。
そして私の前まで歩み寄ると、逃げ場を塞ぐように私の顔をじっと覗き込んだ。
「……はぁ」
私は観念したように小さく息を吐く。
「やっぱり、千晴ちゃんには隠せないか」
背中に隠していた杖を、そっと差し出した。
「じゃあ……本当に魔法少女なんだ?」
「違うよ」
私は少しだけ胸を張る。
「魔法使い、ね」
「魔法使い……」
千晴はその言葉を大事そうに繰り返しながら杖を受け取り、興味津々といった様子で眺め始めた。
くるりと回したり、光に透かしたり。
まるで子どもがおもちゃを見つけた時みたいに目を輝かせている。
「わぁ……本物なんだ」
「ち、千晴ちゃん!」
私は慌てて彼女の耳元へ顔を寄せ、小さな声で囁いた。
「これ、絶対に誰にも言っちゃダメだからね!」
「もし学院にバレたら、私、本当に怒られちゃうから……」
頭の中には、藤代先生の冷たい視線が浮かぶ。
ああ……想像しただけで胃が痛い。
「ふふっ」
千晴は思わず笑みをこぼした。
「魔法の世界にも学校ってあるんだね」
「うん」
「それじゃあ七奈ちゃん、大変なんだ」
「昼は普通の学校で勉強して、終わったら今度は魔法のお勉強でしょう?」
「……あ」
私は思わず目を丸くした。
そんなふうに考えたことなんて、一度もなかった。
「だから最近、疲れてる顔してたんだね」
その一言に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「安心して」
千晴は私に杖を返しながら、優しく微笑んだ。
「私は誰にも話さないよ」
「約束」
「……ありがとう!」
気付けば私は千晴へ飛びつくように抱きついていた。
「わっ」
少し驚いた声を上げながらも、千晴は優しく私を抱きしめ返してくれる。
ぽん、ぽん、と頭を撫でられるたび、不思議なくらい安心した。
「よしよし」
しばらくしてから、千晴は少しだけ真面目な表情になる。
「――でもね」
「一つだけ、約束してほしいことがあるの」
「約束?」
私は顔を上げる。
夕陽を映した千晴の瞳は、どこか少しだけ寂しそうに揺れていた。
◇
「ただいまー……」
玄関で靴を脱ぐと、リビングからお兄ちゃんの声が聞こえてきた。
「おかえり。今日は気に入った服、見つかった?」
「おかえり、七奈」
お父さんも新聞から顔を上げて微笑む。
リビングへ入ると、お兄ちゃんとお父さんがソファに並んでテレビを見ていた。
「うーん……まあまあかな。でも、あんまり可愛い服はなかったよ」
私はそのままお兄ちゃんの隣へ腰を下ろし、ふかふかのソファへ身体を預ける。
「はぁぁ……疲れたぁ」
思わず力が抜けてしまう。
今日は、本当に歩き回ったもんなぁ。
「それだけ歩けば疲れるよな」
お兄ちゃんが笑いながら私の頭を軽くぽんっと叩いた。
「……そういえば」
何気ない口調で、お兄ちゃんが私の胸元へ視線を向ける。
「七奈、そのバッジ。前から付けてたっけ?」
「えっ?」
心臓がドクン、と大きく鳴った。
しまった。
制服から外すのを忘れてた!
「こ、これはね!」
私は慌てて胸元を押さえた。
「今日、千晴ちゃんと買い物してた時に見つけて、その……可愛かったから!」
自分でも苦しい言い訳だと思う。
それでも必死に笑顔を作りながら、胸元の『緊急用バッジ』をそっと外してポケットへ押し込んだ。
お兄ちゃんは私の慌てぶりを見て、小さく吹き出す。
「そんなに慌てなくても、誰も取ったりしないって」
「もう、お兄ちゃん!」
顔が熱い。
絶対に怪しまれた。
……いや、大丈夫。
きっと大丈夫。
「今日は変な奴に絡まれたりしなかったか?」
さっきまで笑っていたお兄ちゃんが、少しだけ真面目な声で尋ねた。
「もう、遭うわけないでしょ」
私は頬を膨らませる。
「私だって、もう子どもじゃないんだから」
「それでも心配なんだよ」
お兄ちゃんは肩をすくめて笑った。
「七奈は昔から危なっかしいからな」
「失礼しちゃう」
そう言い返すと、お父さんまで笑い出した。
気付けばリビングには家族みんなの笑い声が広がっていた。
開け放した窓からは、夕暮れのやわらかな風がそっと吹き込み、カーテンを静かに揺らしている。
こんな何気ない時間が、私は結構好きだった。
◇
「おやすみ」
お兄ちゃんが部屋のドアからひょっこり顔を出し、ひらひらと手を振った。
「お兄ちゃん、おやすみ」
私は小さく手を振った。
お兄ちゃんは笑いながら部屋へ戻っていく。
お兄ちゃんの部屋のドアが静かに閉まるのを確認してから、私も自分の部屋のドアを閉め、深く息を吸い込んだ。
そしてベッドの下から、学院で配給された飛天ほうきを慎重に引っ張り出す。
窓を開けると、夜風がふわりとカーテンを揺らした。
少しひんやりした空気が部屋へ流れ込んでくる。
「杖」
私は小さく呟き、現出した杖を地面のほうきへと向けた。
「――『浮遊』」
魔力が宿り、ほうきはゆっくりと床を離れ、従順に宙へと浮かび上がった。
私はその柄を跨ぎ、少し緊張しながらぽんぽんと叩く。
「ほうきさん、いい子だから、後で私を振り落としたりしないでね」
独り言のように呟きながら、私はそのまま窓の外へと飛び出した。
夜風が頬をかすめ、少し冷たくて身が引き締まる。
私は両手でしっかりとほうきの柄を握りしめ、眼下に広がる規則正しく並んだ家々の屋根を見下ろした。
「ここだ!」
私は正確に千晴の家の二階の窓辺へと着陸し、杖の先でコンコンとガラスを叩いた。
……あれ?
この状況、なんだか昔見た映画みたい。
窓がゆっくりと開き、その隙間から、輝く二つの瞳が驚きと喜びを湛えて私を見つめた。
「七奈ちゃん……?」
「私だよ、千晴ちゃん!」
窓が完全に開け放たれる。少女は警戒するように後ろの部屋のドアを一瞬だけ振り返り、それから慎重にほうきの後ろへと跨った。
「ぎゅって捕まっててね、千晴ちゃん!」
「うんっ」
千晴の両腕が私の腰をきつく抱きしめ、彼女の顔が私の背中に深く埋められた。
「出発進行――!」
「あ、七奈ちゃん、もうちょっとゆっくり……!」
澄み切った月光の下、二人の少女を乗せた一本の飛天ほうきが、夜空を自由自在に駆け抜けていく。
「千晴ちゃん、怖がらないで目を開けてみてよ。景色、すっごく綺麗だから!」
月明かりが町を銀色に染めていた。
「本当に……?」
「大丈夫だって!」
私の言葉に、千晴は私にしがみついたまま、恐る恐る目を細く開けた。
「わぁ……空から見る私たちの町って、こんな感じなんだ……」
千晴の身体の緊張が解け、腰に回された手の力が自然と和らいでいく。
彼女の言葉には、深い感動と驚きが満ちていた。
「七奈ちゃん、見て、今夜の月、すっごく丸いよ」
「見えてるよ!」
私が振り返ると、そこには夜空の真ん中に堂々と佇む満月があり、その周囲では無数の星たちがきらきらと瞬いていた。
それから間もなく、私たちは町の裏山へとたどり着き、一本の大きな古い樹の太い枝の上に着陸した。
「七奈ちゃん、ありがとう」
千晴はそっと、私の手の上に自分の手を重ねた。
「どういたしまして。だって、私たちは大親友だもん」
私は微笑みながら答え、少し気になっていたことを尋ねた。
「でも、千晴ちゃん、どうして急に夜の裏山に来たいなんて言ったの?」
千晴は遠くの夜空を見つめていた。今夜の月は、本当に特別に丸くて大きい。
「ううん、大した理由じゃないの。ただね、夜の裏山がどんな景色なのか、急に見てみたくなっちゃって」
彼女は言葉を一度切り、静かに問いかけてきた。
「七奈ちゃん、魔法の世界って楽しい?」
「面白いよ。でも……その分、結構危険なこともあるかな」
「え? アニメに出てくるような悪役がいるの?」
「そんな感じ」
私は枝をぷらぷらと揺らしながら、最近魔法の世界で経験した出来事を、千晴にぽつりぽつりと語って聞かせた。
「じゃあ、この前言ってたあのツンデレな男の子も、本当に実在するんだ?」
「うん!」
「そっか、本当だったんだ……」
私の話を聞き終えた千晴は、どこか胸の仕えが下りたように、深く息を吐き出した。
やがて、周囲は再び静寂に包まれ、草むらで鳴く秋の虫の声と、私たちの静かな呼吸音だけが交互に響き渡る。
「七奈ちゃん、小さい頃、よくこの裏山に遊びに来たの覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ。昔、この大きな木の下には、綺麗なチョウちょがたくさん集まってたよね」
私は暗い樹の根元を見つめた。
まるで、幼い日の記憶の中にある色鮮やかな花たちが、今もそこに咲き誇っているかのように錯覚してしまう。
「あの頃は、ワンちゃんも一緒に連れてきて、みんなでチョウちょを追いかけてたっけ」
ワンちゃんは千晴ちゃんの家で飼っていた犬で、昔ここに探険に来る時は、いつも一番はしゃいでいた。
「でも、ワンちゃんが死んじゃってから、もう何年も経つんだよね……」
「うん」
千晴は寂しそうに、小さく頷いた。
私は夜空を見上げた。
「今もワンちゃんがここにいてくれたらよかったのにな……」
私は千晴の肩にそっと頭を預け、消え入りそうな声で呟いた。
千晴は少しだけ笑った。
でも、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「だからね、七奈ちゃん」
「……絶対に、無事でいてね」
夜風が吹き抜け、頭上の枝葉がサササッと音を立てた。
まるで私たちの想いに寄り添うように、優しく。
好,我们继续按照之前的方式来。
◇
「ありがとう、七奈ちゃん」
「いいってことよー」
私はほうきにまたがったまま、千晴ちゃんが無事に部屋へ戻るのを見届けた。
「今夜は本当に楽しかった。おやすみ」
「おやすみ、千晴ちゃん」
私はほうきをくるりと反転させ、自分の家へ向かって飛び立つ。
窓辺では、千晴ちゃんが見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。
胸の奥が、ほんのり温かくなる。
家に戻ると、私は窓から静かに部屋へ入り、飛天ほうきをベッドの下へそっとしまい込んだ。
「ふぅ……」
どっと疲れが押し寄せ、そのままベッドへ大の字に倒れ込む。
枕元に置いてあるうさぎのぬいぐるみを抱き寄せると、不思議と安心した。
今日はいろんなことがあったなぁ。
千晴ちゃんに秘密がバレちゃったけど……
でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
むしろ――
少しだけ、嬉しかった。
「おやすみ」
そう小さく呟くと、私はゆっくりと目を閉じた。
今夜はきっと、いい夢が見られる。
◇
「七奈、起きなさい」
コンコン、と部屋のドアを叩く音とともに、お兄ちゃんの声が聞こえてきた。
朝日がカーテンの隙間から差し込み、ベッドいっぱいに柔らかな光を広げている。
「うぅ……今日は日曜日なんだから、もうちょっと寝かせてよぉ……」
私は毛布を頭まで引っ張り上げ、小さく抵抗する。
「じゃあ朝ご飯はテーブルに置いておくから。起きたらちゃんと食べろよ」
「はーい……」
日曜日なんて、お昼までぐっすり寝るためにあるようなものだ。
学校だって休みなんだし……。
――あっ。
その瞬間、頭の中に稲妻が走った。
そういえば今日、院長先生の補習じゃん!!
私は勢いよく毛布を跳ね飛ばし、壁に掛かった時計へ目を向ける。
午前七時三十分。
「わああああっ!!」
完全に遅刻だ!
二度寝なんてしてる場合じゃなかった!!
私は人生最速の勢いで洗面所へ駆け込み、顔を洗い、制服へ着替え、階段をドタドタと駆け下りた。
「おいおい、今日はずいぶん早起きだな」
食卓に座っていたお兄ちゃんが、まるで珍しい生き物でも見るような目で私を眺める。
私は返事をする暇もなく、お兄ちゃんの隣へ滑り込み、テーブルのトーストを掴んで一気に頬張った。
「熱でもあるのか?」
お兄ちゃんは不思議そうに額へ手を当ててくる。
「だ、大丈夫!」
パンを飲み込みながら私は慌てて首を振った。
「今日はちょっと……朝のお散歩に行きたくなっただけ!」
「へぇ?」
お兄ちゃんは半眼になった。
「本当に俺の知ってる、あのぐうたらな妹か?」
「バカお兄ちゃん! 失礼!」
私はぷくっと頬を膨らませる。
その反応がおかしかったのか、お兄ちゃんはくすっと笑った。
「はいはい。転ばないようにな」
「子どもじゃないもん!」
最後の一口を牛乳で流し込み、私はカバンを掴んで玄関へ走る。
「行ってきまーす!」
「いってらっしゃい。気をつけてな」
背中越しに聞こえたその声は、いつもと変わらない、優しくて温かい声だった。
私は軽く手を振り返し、そのまま朝の光の中へ飛び出していった。
◇
「い、院長先生……はぁ、はぁ……遅くなりました……!」
私は肩で息をしながら教室の入り口に立ち、両手を膝についたまま必死に呼吸を整えた。
「七奈、また寝坊したのかい?」
「えへへ……」
私はきまり悪そうに頭をかきながら教室へ入る。
見渡せば、普段は賑やかな教室も今日は静まり返っていて、教壇の前には院長先生が一人だけ立っていた。
「院長先生、今日って私一人だけなんですか?」
「あぁ。君は編入生だからね。日曜日はこうして補習をするしかないんだよ」
「はーい」
私は窓際の前の席へ腰を下ろした。
「それでは今日は、元素魔法の具体的な扱い方について説明しよう」
院長先生が杖を軽く振る。
教壇の上に小さな火花がぱちぱちと弾け、次の瞬間には澄んだ水流へと姿を変え、空中を優雅に巡り始めた。
「元素魔法で最も重要なのは、魔力そのものではない。」
「使い手の意思と集中力だ。」
「ここまでは理解できたかい、七奈くん?」
「は、はい。分かりました」
そう返事はしたものの、私の心はどこか別の場所にあった。
「七奈。」
院長先生が穏やかな声で呼ぶ。
「何か考え事をしているね。」
私は机に頬を乗せ、木目を指先でなぞった。
「ううん……昨日、友達と昔の思い出話をしていたら、少し気になったことがあって……」
少しだけ迷ってから、私は顔を上げた。
「院長先生。」
「この世界に……死んだ動物を、生き返らせる魔法ってあるんですか?」
その瞬間だった。
院長先生の表情が、ほんのわずかに固まった。
教室には時計の針だけが、静かに時を刻んでいる。
やがて院長先生は小さく息を吐いた。
「……七奈。」
「私についておいで。」
そう言うと、先生は教室を後にした。
「十三階。」
その一言と同時に、どこからともなく一枚の深紅の絨毯が音もなく舞い降りてきた。
「院長先生……どこへ行くんですか?」
私は目の前の空飛ぶ絨毯を見つめながら尋ねる。
しかし先生は何も答えず、そのまま絨毯へ足を乗せた。
私も慌てて後を追う。
絨毯はゆっくりと学院の最上階へ向かって昇っていった。
やがて到着した十三階は、下の階とはまるで別世界だった。
赤い絨毯もない。
豪華なシャンデリアもない。
静まり返った廊下には、人の気配すら感じられなかった。
少しだけ埃の匂いがする。
院長先生の手の中へ、小さなランタンが現れる。
淡い灯りだけを頼りに、私たちは廊下の奥へ歩いていった。
突き当たりには、一枚の古びた木の扉。
長い年月、誰にも開かれていないように、灰色の埃が静かに積もっていた。
院長先生は静かに扉へ手を添える。
――ギィ……
鈍い音を立てながら扉がゆっくりと開いた。
私は先生の後ろからそっと顔を覗かせる。
中には天井まで届く書架が並び、古い紙の香りが静かに漂っていた。
「ここは……?」
私が尋ねると、院長先生はどこか懐かしそうに微笑んだ。
「ここはね。」
「学院の"記憶"が眠る部屋さ。」
その言葉に導かれるように、私は部屋の中へ足を踏み入れた。
整然と並ぶ書架の壁には、歴代の卒業生たちの写真が何枚も飾られていた。
私は一枚一枚眺めながら、思わず足を止める。
「院長先生、この人たちは……?」
「学院を巣立っていった魔法使いたちだよ。」
院長先生は穏やかに答え、そのまま部屋の奥へ歩いていく。
私も後を追った。
やがて、一枚の写真の前で院長先生の足が止まる。
黄金樹を背に、三人の若い魔法使いが肩を並べて笑っていた。
その笑顔は、まるで未来を疑っていないかのように眩しかった。
写真の下には、小さな銘板が取り付けられている。
【白川 凌】
【矢野 蒼】
【山崎 晴奈】
私は思わず息を呑んだ。
「院長先生……この人たちって、もしかして……」
先生は答えず、静かに歩き出す。
私は何も聞けないまま、その背中を追いかけた。
部屋の一番奥。
古びた長机の上には、読みかけの本や薬瓶が今もそのまま残されている。
まるで時間だけが、この場所を置き去りにしたようだった。
院長先生は机の引き出しを開け、一冊の分厚い記録書を取り出す。
ゆっくりとページをめくる。
黄金樹の誕生。
学院の創立。
初代卒業生。
二代目卒業生。
ページは静かにめくられていく。
そして——
一枚の古い新聞記事が、最後のページに貼られていた。
その紙は黄色く変色し、端は少し破れている。
そこに書かれていた見出しを見た瞬間、私は言葉を失った。
《大型流星群襲来 魔法使い一名殉職》
私は無意識に記事へ手を伸ばした。
「……殉職。」
小さく呟いた声が、静かな部屋へ吸い込まれていった。
その時だった。
院長先生が、静かに口を開く。
「——あの日。」
「私たちは、本当なら卒業式を迎えるはずだった。」
その声は、今まで聞いたことがないほど静かだった。
「矢野はね。」
「卒業したら、その日のうちに晴奈へ正式にプロポーズする予定だったんだ。」
私はゆっくりと顔を上げる。
院長先生は新聞ではなく、遠い昔を見つめているようだった。
「でも、その日は来なかった。」
部屋の空気が少しだけ重くなる。
「流星群を迎撃している最中、私たちの魔力は限界に近づいていた。」
「そして最後に現れた巨大な隕石が、矢野へ向かって落ちてきた。」
私は息を呑みながら、その続きを待った。
院長先生は静かに続ける。
「晴奈は。」
「自分を空へ浮かせている最後の魔力まで使い切り——」
一拍。
「矢野を突き飛ばした。」
私は思わず息を止める。
「その瞬間。」
「巨大な隕石は、晴奈の姿を眩い閃光の中へ消し去った。」
静寂。
部屋にはランタンの炎が小さく揺れる音しかなかった。
私は何も言えなかった。
写真の中では、三人ともあんなに笑っていたのに。
どうして。
どうして、こんな結末になってしまったんだろう。
長い沈黙のあと、私はようやく口を開いた。
「じゃあ……」
「矢野さんは今でも、晴奈さんを生き返らせる方法を探しているんですか?」
院長先生は、小さく頷いた。
「あぁ。」
「彼は最初から悪になろうとしたわけじゃない。」
先生は写真へ目を向ける。
「彼はただ。」
「誰よりも大切な人を失ってしまった、一人の少年だった。」
その言葉が、胸の奥へ静かに落ちていく。
私は昨日、千晴ちゃんから言われた言葉を思い出していた。
『絶対に、無事でいてね。』
その一言が、今になって胸の奥で重く響く。
院長先生は私の頭へそっと手を置いた。
「七奈。」
「今の君には、まだ難しい話だったかもしれない。」
優しい声だった。
だからこそ、少しだけ切なかった。
「命というものはね。」
「終わりがあるからこそ、一日一日が何よりも尊いんだ。」
私は静かに俯く。
返事はできなかった。
でも、その言葉だけは、胸の奥へ静かに残った。
院長先生はランタンを手に取る。
「今日の補習はここまでだ。」
「お疲れ様、七奈。」
そう言って背を向ける。
静かな足音が少しずつ遠ざかっていく。
私は一人、あの三人が笑っている写真の前へもう一度目を向けた。
写真の中だけは。
今も変わらず、三人とも幸せそうに笑っていた。
あの日の笑顔だけが、時を止めたまま残っていた。




