魔法学院へ入学!下
黄金樹の下。
私と学院長は、静かに立っていた。
枝葉が、そよ風に揺れる。
一枚の葉が、
ふわりと私の肩へ舞い降りた。
「どうやら、黄金樹にずいぶん気に入られたみたいだね」
「えっ?」
私は肩の葉っぱを見つめてから、学院長を振り返った。
「普通の『認め印』なら、小枝が一本落ちてくるくらいなんだ。」
学院長は肩をすくめて笑う。
「中には運悪く、頭に直撃される生徒もいるよ。」
「ふふっ。」
思わず笑ってしまった。
学院長は黄金樹へ歩み寄る。
古い友人に触れるように、
静かに幹へ手を添えた。
「……それで。」
私は手の中の杖へ目を落とす。
「あの時は、どうして水滴だったんですか?」
学院長は少しだけ目を細めた。
「黄金樹に認められた証は、人それぞれ違うんだ。」
そう言って、
軽く手を振る。
一本の大きな杖が、
静かに姿を現した。
中央の葉が、
淡い光を放ちはじめる。
「ある者は小枝。
ある者は葉っぱ。
人によって違う。」
学院長は少し言葉を区切る。
「だけど——」
灰色の瞳が、
ゆっくり私へ向けられた。
「七奈の"水滴"は、とても特別なんだ。」
「わ、私ですか?」
胸がどきりと鳴る。
まさか……
私、
実はすごい魔法使いだったりするのかな……?
学院長は優しく笑った。
「水滴は、黄金樹を潤すもの。」
「同時に——」
学院長は黄金樹を見上げる。
「樹の『記憶』でもあるんだ。」
「記憶……?」
私は首を傾げた。
学院長は朝日に照らされた葉を見つめながら言う。
「朝露を知っているかい?」
「朝になると、
葉っぱに小さな水滴がつくでしょう?」
私は小さく頷いた。
「あれは毎朝生まれて、
太陽が昇る頃には消えてしまう。」
学院長は私の頭を、
そっと撫でた。
温かい手だった。
……お兄ちゃんとは少し違う。
お兄ちゃんの手は、
いつも少しだけ冷たい。
冬になると、
私に触れる前に両手をこすり合わせて、
ちゃんと温めてから頭を撫でてくれた。
学院長は静かに続ける。
「黄金樹は、その水の感触を覚えている。」
「だから君へ、
その"記憶"を分けてくれたんだ。」
私はもう一度、
手の中の杖を見つめた。
「だけどね、七奈さん。」
学院長の声が、
少しだけ真剣になる。
「朝露は、
太陽が昇るまで——」
「自分が消えてしまうことを知らない。」
私は学院長を見上げた。
「だから、
その冷たさが残っているうちに。」
学院長は黄金樹へ視線を向ける。
「しっかり覚えておきなさい。」
「黄金樹のようにね。」
私は小さく頷いた。
……よく分かったような、
分からないような話だった。
黄金樹は、
いったい何を覚えているんだろう。
水をくれた人?
それとも——
私はぶんぶんと首を振った。
……やめよう。
魔法の世界の人って、
みんな謎かけが好きなのかな。
「さて。」
学院長は私の方へ振り返った。
「まずは学院の登録に行こうか。」
「はい。」
私は小さく頷き、学院長の後ろを歩き始めた。
黄金樹から学院へ続く石畳の道を、二人でゆっくり進んでいく。
昼間だからか、街灯の花はまだ光っていなかった。
それでも近づいてみると、ふんわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
……やっぱり、不思議な世界だなあ。
私は足元の小石を、ころん、と軽く蹴った。
「学院長。」
「うん?」
「悠斗くん、大丈夫でしょうか。」
学院長は歩く速度を少しだけ緩めた。
「時間を考えれば、もう目を覚ましている頃だろうね。」
その声は、相変わらず穏やかだった。
「あの子は少しおっちょこちょいだけど。」
学院長は小さく笑う。
「一度口にした約束は、最後まで守ろうとする子なんだ。」
私は思わず足を止めた。
「あの時……。」
胸の奥が少し痛くなる。
「私が無理について行きたいなんて言わなければ……。」
言い終わる前に、
ぽん。
頭の上へ、優しい手が乗った。
顔を上げる。
学院長が、いつの間にか目の前へ戻ってきていた。
「七奈。」
灰色の瞳が優しく細められる。
「あの日、君が黄金樹の下にいてくれたからこそ、多くの命が救われたんだ。」
「君が自分を責める必要はないよ。」
私は学院長の顔を見つめた。
その笑顔を見ていると、
胸の中で固くなっていたものが、少しだけ溶けていく気がした。
しばらく歩くと、
大きな鉄の門が見えてきた。
学院長はその前で立ち止まり、
コン、コン、と軽く門を叩く。
「お帰りなさいませ、学院長。」
低く落ち着いた声が響いた。
……えっ。
私は思わず学院長の後ろへ隠れる。
門が……
しゃべった。
「ふふ。」
学院長が楽しそうに笑う。
「驚いたかい?」
私は何度も頷いた。
「門まで喋るなんて……。」
「魔法学院だからね。」
学院長は門を軽く叩く。
「彼女は森野七奈さん。
今日からこの学院の生徒になる。」
「これはこれは。」
門がゆっくりと開いていく。
「ようこそ、お嬢さん。」
「以前より、ずいぶん元気なお顔になられましたな。」
私は慌てて小さく頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします。」
重たい鉄門は、
ぎぃ……っと音を立てながら静かに開いた。
見覚えのある大ホールへ戻ってくる。
学院長が軽く指を鳴らした。
「十二階へ。」
その瞬間。
階段がゆっくりと動き始めた。
「あっ!」
私は思わず手すりを掴む。
学院長は楽しそうに笑っている。
「あの日、悠斗と乗っただろう?」
「あっ……そうでした。」
私は少し照れながら笑った。
階段は滑るように上昇し、
あっという間に十二階へ到着する。
廊下の突き当たり。
学院長は一枚の扉を静かに開いた。
「失礼するよ。」
部屋へ入ると、
見覚えのある景色が広がる。
滕代先生は、あの日と同じ席に座っていた。
けれど、
机の上に積まれた本は、
あの日よりもさらに高くなっている。
羽根ペンを片手に、
ランプの明かりだけを頼りに、
ものすごい勢いで何かを書き続けていた。
「滕代。」
学院長が声を掛ける。
「はい、学院長。」
滕代先生はペンを止めて立ち上がった。
そして、
私を見る。
「学院長……これは?」
「森野さんが入学することになった。」
「えっ?」
滕代先生は驚いたように私を見つめる。
「ですが学院長。」
少し困ったように眉を寄せた。
「彼女は普通の子どもです。」
「それに──」
「ははは。」
学院長が笑う。
「滕代。」
「もう一度、よく見てごらん。」
滕代先生は改めて私へ視線を向けた。
じっと観察するように見つめる。
数秒後。
「……まさか。」
目が少しだけ大きく開いた。
「君……
黄金樹に認められたのかい?」
「えっと……。」
私は照れくさそうに頷く。
「た、多分……。」
「ですが。」
滕代先生はまだ納得できない様子だった。
「それでも急すぎます。」
「彼女には守りたい日常があります。」
学院長は私を振り返る。
柔らかく笑った。
「だからこそだよ。」
静かな声だった。
「私は、彼女ならきっとやれると信じている。」
「……。」
胸が、
また少しだけ温かくなった。
滕代先生は小さくため息をつき、
肩をすくめる。
「……分かりました。」
引き出しを開け、
一冊の分厚い冊子を取り出した。
「こちらは学院の案内です。」
「通常なら春から入学ですが……。」
「今年はすでに授業の半分が終わっています。」
……授業?
私は固まった。
えっ。
魔法学院って、
授業あるの?
ということは……
勉強も?
私は恐る恐る学院長を見る。
「あの……。」
「私、昼間は普通の学校があるんですけど。」
学院長は、ぽん、と手を打った。
「ああ、大丈夫。」
「放課後だけ来ればいい。」
……
結局。
学校が終わったあとも、
授業なんだ。
私は思わず肩を落とした。
「森野さん。」
滕代先生が学院案内を閉じる。
「それでは教室へ向かいましょう。」
「えっ。」
私は思わず声を漏らした。
「きょ、今日からですか?」
「もちろんです。」
滕代先生はきっぱりと言った。
「入学初日だからといって、授業は待ってくれません。」
うぅ……。
魔法学院も、意外と厳しいんだ。
私は小さく肩を落とした。
学院長はその様子を見て、くすっと笑う。
「今日は特別授業だから安心しなさい。」
「特別授業?」
「うん。」
学院長は頷いた。
「七奈に、一番必要な魔法を教える。」
私たちは部屋を出た。
廊下へ出ると、赤い絨毯がまっすぐ先まで続いている。
窓から差し込む午後の光が、
静かな廊下を優しく照らしていた。
「教室は六階だ。」
学院長が歩きながら言う。
「階段は一人でも使えそうかい?」
私は少し困ったように笑う。
「まだ自信がなくて……。」
学院長はゆっくり頷いた。
「魔法で一番大切なのは、集中すること。」
「そして、最後まで信じることだ。」
「頭の中ではっきり思い描けば、階段も君の意思を理解してくれる。」
なるほど……。
魔法って、
呪文だけじゃないんだ。
私は階段の前へ立った。
少し深呼吸する。
頭の中で、
六階を思い浮かべる。
「……六階。」
その瞬間。
ゴゴゴ……
階段が静かに動き始めた。
「わっ!」
思わず手すりへしがみつく。
学院長が笑う。
「最初はみんなそんなものだよ。」
私は恥ずかしくなって、小さく笑った。
六階へ着くと、
学院長は廊下を歩き始めた。
左右には魔法のランプが並び、
赤い絨毯を柔らかく照らしている。
静かだ。
聞こえるのは、
私たちの足音だけ。
しばらく歩いたところで、
学院長が一枚の扉の前で立ち止まった。
「着いたよ。」
ドアがゆっくり開く。
私はそっと学院長の後ろから顔を覗かせた。
教室は思ったよりずっと広かった。
大きな教卓。
何列にも並ぶ机。
一番後ろは少し高くなっている。
まるでテレビで見た大学の講義室みたい。
「おいで。」
学院長が優しく手招きする。
「は、はい。」
私は少し緊張しながら中へ入った。
学院長は教卓の前へ立つ。
「今日は少し特別な授業をしよう。」
私は目を輝かせた。
「特別……ですか?」
学院長は笑って頷く。
「ポータル魔法だ。」
「ポータル……!」
思わず身を乗り出した。
それって……
アニメで見る、
どこへでも行ける魔法の扉!?
もし本当に使えたら……
海にも。
山にも。
外国にも。
どこへでも行けちゃう!
それに……
朝寝坊しても学校に間に合うかも!
へへへ……。
「七奈?」
コン。
学院長が教卓を杖で軽く叩いた。
私はびくっと肩を震わせる。
「は、はい!」
「まずは杖を出してみよう。」
学院長は左手を軽く上げた。
「頭の中で形を思い描き、最後に唱える。」
「──『杖』」
言葉と同時に、
学院長の大きな杖が静かに姿を現した。
「しまう時は、その逆だ。」
「消える姿を思い浮かべながら──」
「『散』」
杖は粒子となって、
さらさらと消えていった。
「さあ。」
学院長が笑う。
「七奈もやってごらん。」
「はい!」
私は手の中の杖を見つめる。
消える。
消える。
砂みたいに崩れて……
「……散。」
……
あれ?
消えない。
「え?」
私は杖をくるくる回してみる。
やっぱり消えない。
「もっと集中するんだ。」
「魔法は焦れば焦るほど失敗する。」
「はい!」
私は一度深呼吸した。
頭の中で、
杖が少しずつ砂になり、
風に乗って空へ溶けていく様子を思い浮かべる。
「……散。」
ふっ。
手の中から、
あの重みが消えた。
「あっ!」
杖が、
本当に消えてる!
「学院長!」
私は思わず飛び跳ねた。
「できました!」
学院長は満足そうに頷いた。
「うん。上出来だ。」
学院長は袖の中から、
一枚の黄金色の葉を取り出した。
「この葉には、強い魔力が宿っている。」
光を受けて、
葉っぱはきらきらと輝いていた。
「この魔力を使って、ポータルを開くんだ。」
学院長は私を見た。
「その前に、もう一度杖を出してみよう。」
「うん!」
私は元気よく頷く。
目を閉じる。
頭の中で、
杖の姿を思い浮かべた。
……せっかくなら。
昨日みたいな杖じゃなくて。
もっと、
もっと可愛い方がいいな。
例えば……
アニメに出てくるみたいな、
魔法少女のステッキ!
そう。
ムーンステッキみたいな感じ!
私は思わず笑ってしまう。
「えへへ……。」
「──杖!」
ふわり。
柔らかな光が、
手の中へ集まっていく。
私はゆっくり目を開けた。
「えっ。」
そこにあったのは、
頭の中で思い描いた通りの、
可愛らしいステッキだった。
丸い飾り。
細く伸びた柄。
まるで本当に、
魔法少女が持つ杖みたい。
「うわぁ……!」
思わず声が漏れる。
「かわいい……!」
学院長も思わず目を丸くした。
「これはまた、随分と可愛らしい杖だね。」
「学院長!」
私は嬉しくなって杖を掲げる。
「どうしてこんな形になったんですか?」
学院長は楽しそうに笑った。
「君の魔力が"水滴"だからさ。」
「水は器によって、
どんな形にも変わる。」
「だから君の杖も、
心の中で思い描いた姿になるんだ。」
「そうなんですか!」
私はもう一度、
手の中のステッキを見る。
じゃあ……
私……
魔法少女になれちゃうの!?
頭の中で、
昔テレビで見た変身シーンが流れ始める。
キラキラした光。
かわいい衣装。
最後は決めポーズ!
へへへ……
楽しそう。
「七奈。」
学院長が苦笑した。
「もう空想は終わったかな?」
「はっ!」
私は慌てて背筋を伸ばす。
「す、すみません!」
学院長は肩を揺らして笑う。
「杖の形は大事じゃない。」
「大切なのは、
どうしてその形を望んだのか。」
私はもう一度、
ステッキを見つめた。
……でも。
かわいいものは、
やっぱりかわいい。
少しだけ、
お気に入りになってしまった。
学院長は笑顔で頷く。
「さて。」
「いよいよポータル魔法だ。」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
学院長は黄金色の葉を、
私の手へ乗せる。
葉っぱはほんのり温かかった。
「行きたい場所を、
できるだけ詳しく思い描くんだ。」
私は静かに目を閉じた。
行きたい場所……
海?
山?
外国?
ううん。
私は首を横に振る。
そんなところへ行っていたら、
絶対にお兄ちゃんに怒られる。
じゃあ……
自分の部屋?
……ダメだ。
もし帰った瞬間、
お兄ちゃんが部屋へ入ってきたら終わりだ。
神社?
少し遠い。
公園?
帰るまで時間がかかる。
頭の中で、
いろんな景色が次々浮かんでは消えていく。
その時。
「あっ。」
私は小さく声を上げた。
学校の……
体育倉庫!
放課後なら誰もいないし、
家までも近い。
ここなら大丈夫!
私は体育倉庫の中を、
細かく思い浮かべる。
積み上げられたマット。
壁際のサッカーボール。
鉄棒。
少し埃っぽい匂いまで。
イメージが完成した瞬間、
自然と杖が動き始めた。
光が、
空中へ一本の線を描く。
その線は、
やがて一枚の扉の形になった。
ゆらり。
目の前の空間が揺れる。
真ん中には、
夜空みたいな青い光が広がっていた。
「わぁ……。」
私は思わず息を呑んだ。
「これが……
ポータル。」
学院長は満足そうに頷いた。
「初めてでここまでできれば十分だ。」
「それを閉じる時はね。」
学院長はポータルを見つめながら言った。
「杖で軽く触れて、心の中で『閉鎖』と唱えるんだ。」
そう言って、
学院長は黄金色の葉を私の手のひらへ乗せた。
さっきまで眩しく輝いていた葉は、
少しだけ色あせて見える。
「学院長。」
私は葉っぱを見つめた。
「光が弱くなっています。」
学院長は静かに頷く。
「ポータル魔法は、とても多くの魔力を使う。」
「門を開くだけじゃない。」
「開いている間も、ずっと魔力を消費し続けるんだ。」
私は葉っぱをそっと握りしめた。
「だから、この葉っぱは——」
学院長は優しく微笑む。
「君だけの"鍵"なんだよ。」
私は小さく頷いた。
なんだか、
大切なお守りをもらったような気持ちになった。
学院長は時計を見るように左手へ目を落とす。
「今日はここまでにしよう。」
私も慌てて腕時計を見る。
「えっ。」
思わず声が漏れた。
「もう六時半!?」
大変。
急いで帰らないと。
「学院長!」
私は深く頭を下げる。
「今日はありがとうございました!」
学院長は優しく手を振った。
「また明日。」
「はい!」
私は笑顔で返事をして、
そのままポータルの中へ飛び込んだ。
景色が、
ふわりと揺れる。
次の瞬間。
そこは見慣れた体育倉庫だった。
床にはサッカーボール。
隅にはマット。
鉄棒も、
跳び箱も、
全部いつものまま。
私はそっと扉を開ける。
廊下を覗く。
……誰もいない。
「よかったぁ。」
小さく胸をなで下ろした。
私は急いで校舎を飛び出し、
夕焼けに染まる帰り道を走った。
それからの日々は、
まるで何事もなかったかのように過ぎていった。
朝は学校へ行き、
放課後になると、
誰にも見つからないよう体育倉庫へ向かう。
ポータルを開いて、
魔法学院へ通う。
そんな毎日が、
少しずつ当たり前になっていった。
ある日の放課後。
終業のチャイムが校舎中へ鳴り響く。
私はスクールバッグを肩へ掛け、
教室を飛び出そうとした。
「七奈ちゃん!」
後ろから声がする。
振り返ると、
千晴が笑顔で立っていた。
「今日、一緒に帰らない?」
「あっ……。」
私は一瞬だけ固まる。
「ご、ごめん!」
慌てて笑顔を作った。
「今日はちょっと用事があるの!」
「えー。」
千晴は少しだけ残念そうな顔をする。
「最近ずっと忙しいね。」
「また今度ね!」
私は手を振って、
そのまま廊下を走り出した。
急がないと。
また遅刻したら、
滕代先生に怒られちゃう。
私は体育倉庫へ駆け込む。
辺りを見回す。
誰もいない。
静かに扉を閉める。
私は杖を取り出した。
「ポータル。」
淡い光が、
ゆっくりと目の前へ広がっていく。
その時だった。
大樹の影。
夕日に伸びた影の中で、
一人の少女が静かに立っていた。
七奈と同じ制服。
同じ髪型。
同じくらいの背丈。
ただ、
その瞳だけが、
どこまでも静かだった。
風が吹く。
木々が揺れる。
少女の髪が、
夕日に照らされて静かになびく。
そして、
誰にも気づかれないまま、
少女はゆっくりと微笑んだ。




