1. いつもの日常と小さな違和感
新学期が始まって数ヶ月が経ち、春が過ぎ、少しずつ夏の気配を感じる季節が訪れていた。
学校の雰囲気も少しずつ落ち着き、日常の授業が続く中、佳織は相変わらず学校の中心に立つ存在だった。
「ねえ、佳織、最近ちょっと元気ない?」
昼休み、沙織が心配そうに声をかける。
佳織がそういうのを隠すのが上手くても、親友である沙織はすぐに気づく。
「うーん、ちょっとだけね。でも、大丈夫」
「ほんとに?」
沙織は、少しだけ声を落とした。
「春休み前のこともあるし……また無理してるんじゃないかなって、ちょっと思っただけ」
その言葉に、佳織は一瞬だけ目を伏せた。
けれど、すぐに小さく首を振る。
「それは違うよ。ほんとに大丈夫」
「そう?」
「うん。ただ、ちょっと考え事してるだけ」
沙織がじっと見つめるので、佳織は思わず笑ってしまった。
沙織と話していると、自然と心が軽くなるのが不思議だ。
「ふーん。考え事ねぇ」
沙織は頬杖をつきながら、佳織を観察するように言った。
「まさか、気になる人でもできた?」
「ちょっと! 沙織!」
「えー、違うの? でもさ、最近なんかボーッとしてる時あるから、もしや……と思って?」
「……違うってば」
佳織はごまかすように笑った。
けれど、頭のどこかでは「柳井良規」のことがふと浮かんでいた。
そういえば、少し前の生徒だけの体育祭でも——柳井くんは、妙に目立たないところにいた気がする。
大声で盛り上がるでもなく、勝った負けたに一喜一憂するでもなく。
淡々と、決められた場所で、決められたことをしていた。
(……目立つの、あんまり好きじゃない人なのかな)
そして、公園で猫を助けていた姿。
それを伝えたときの、そっけないほど静かな受け答え。
その後、何の未練もなさそうに、そのまま去っていった背中。
(普通の男子なら、ちょっとは話を続けようとする——)
クラスの男子たちとは明らかに違うその態度が、妙に印象に残っていた。
優しさを隠すようにして、淡々としていて——
でも、どこかでそれが気になっている自分がいる。
(……ただ、それだけのこと、なのに)
沙織がくすっと笑う。
「まあ、佳織がそう言うならいいけど。でもさ、もし本当に誰かが気になったら、ちゃんと私に教えてよ?」
「はいはい。……沙織には隠せそうにないしね」
「うん、わかってるならよろしい!」
二人は顔を見合わせて笑った。
けれど、笑顔の奥で、佳織は少しだけ目を伏せる。
(どうしてだろう。あのときのやりとりが、頭から離れない)
何かを期待していたわけじゃない。
ただ、男子に“ああいうふうに”接されたのは、たぶん初めてだった。
それが、どこか胸の奥に引っかかっている——それだけのこと。
……それだけのはずなのに。




