2. 存在
昼休み、教室の後方。
「なあ良規、このクラス、女子のレベル高くね?」
相沢翔は、楽しげに笑いながら隣に座る柳井良規に話しかけた。
翔の隣には、彼のガールフレンドである水瀬涼子が座っており、呆れたような顔をしている。
「お前、そういうことばっかり言ってるな」
良規は弁当を食べながら、適当に流す。
「いやいや、マジでレベル高いって。見てみろよ、あそこの柊さんとかさ」
翔が指さした先には、窓際で談笑する佳織と沙織の姿。
「超美人だよな。才色兼備で、男女問わず人気あるし、間違いなく学校のアイドル的存在だろ?」
「……そういうの、彼女の前で言う?」
涼子がじと目で睨むように言うと、翔は「お、おう、いやほら、客観的な評価として……!」と慌てて言い訳する。
その様子を見て、良規が一言、淡々と口を挟む。
「お前、また涼子にどやされるぞ」
「いやマジで、評価として言ってるだけだって……!」
翔が苦笑いしながら弁解すると、涼子は「はいはい」と冷たく返し、箸を進める。
そんな三人のやりとりの中、良規はふと、翔が言った「柊」という名前に反応した。
(そういえば、今朝……少しだけ話したな)
その日、いつもより少し早く登校した良規は、まだ人の少ない廊下で佳織と鉢合わせた。
佳織は一冊の本を手に持って歩いていたが、良規の姿を見つけると足を止めた。
偶然目が合い、佳織が小さく口を開いた。
「あの……」
良規は立ち止まった。
「あなた、公園で……子猫を助けてましたよね?」
突然の言葉に、良規は少し驚いたように眉を上げた。
「……見てたのか」
「ええ、たまたま。あの子、どうなったんですか?」
佳織の目は真剣だった。
良規は少しだけ困ったように頭を掻いた。
「そのまま放っておけなくて、家で様子見てる。怪我は大したことなかったけど、少しやせてたから、もう少し世話するつもり」
「そうだったんですね……よかった」
安堵の色を滲ませる佳織の声。
良規はその反応を意外そうに感じたが、特に深く考えることなく、軽く頷いた。
「じゃあ、俺、教室行くから」
背を向けて教室のドアを開ける良規の後ろで、その、あまりにもあっさりとした言葉と態度に、今度は佳織が少し驚いた。
他の男子は、彼女と話す機会があれば、何かしら話を続けようとするものだ。
彼女に興味を示したり、必要以上に気を遣ったりすることが当たり前だった。
しかし、彼はそうしなかった。
自分と話したからといって、特別視することもなく、変に照れることもなく、ただ静かに会話を終え、当たり前のように去っていった。
——他の男子たちと違いすぎる。
(やっぱり、あの人……不思議な人)
***
そんな朝の出来事に思いを巡らせていた良規を、翔の声が現実へと引き戻した。
「で、どうせお前は柊さんみたいな女子も興味ないって顔してんだろ?」
翔が茶化すように言うが、良規は軽く首を振る。
「興味がないってわけじゃないけど……」
(公園のこと、見てたみたいだな)
その事実が、なぜか少しだけ心に引っかかる。
「おーい、考え込んでる場合じゃないぞ? 俺たちの昼休みは有限だ!」
「翔、うるさい」
涼子がピシャリと言い放ち、翔が「俺の扱いが雑すぎる……」と呟く。
そのやり取りに、良規は少しだけ口元を緩めた。
***
新学期の始まり。
まだ何も変わっていないはずなのに、小さな違和感が心の中に生まれ始めていた。
それは、佳織にとっても、良規にとっても、これまでとは違う「何か」の兆しだった。




