2.佳織と沙織の昼休み
佳織たちの学校では、昼休みになると食堂に向かう生徒も多いが、
教室に残って昼を済ませる生徒の姿もそれなりにある。
佳織たちは、昨夜メッセージアプリでお互いに今日はお弁当にしようと話していたので、佳織の机にそれぞれの弁当箱を広げていた。
「佳織、これ食べる?」
沙織が小さなカップに入った卵焼きを差し出してくる。
「いいの?」
「うん。今日、ちょっと多かったから」
「ありがとう」
佳織は箸でそれを受け取り、口に運んだ。
ほんのり甘い味に、自然と表情がゆるむ。
「おいしい」
「でしょ。今日は成功」
沙織が少し得意げに笑う。
「沙織、料理上手だよね」
「佳織も得意じゃん」
いつも通りの昼休み。
沙織と他愛のない話をして、弁当を食べて、午後の授業のことを少しだけ考える。
そのはずなのに、ふとした拍子に視線が流れてしまう。
窓際の席。
良規が文庫本を読んでいた。
昼食はもう済ませたのか、机の上には弁当箱ではなく本だけが置かれている。
隣では翔と涼子が何か言い合っているのに、良規はその声を聞いているのかいないのか、静かにページをめくっていた。
(……また読んでる)
そう思っただけのはずだった。
けれど、一度気づくと、目が離れるまでに少しだけ時間がかかる。
そのとき、良規の顔がわずかに上がりかけた。
(あ……)
気づかれた。
そう思った瞬間、佳織は慌てて視線を戻した。
何事もなかったように、弁当箱の中へ目を落とす。
箸の先で、まだ残っていたおかずを少しだけ寄せる。
(……何してるんだろう、私)
見ていたことを気づかれたかもしれない。
そう思うだけで、胸の奥が小さくざわつく。
別に、見てはいけないわけではないし、これまでも何度か話したことはある。
学校でも、あの公園でも。
それだけのはずなのに。
「佳織」
沙織の声に、佳織ははっと顔を上げた。
「え?」
「聞いてた?」
「ごめん。ちょっと、ぼーっとしてた」
「だと思った」
沙織は責めるでもなく、ただ小さく笑った。
その笑い方に、佳織は少しだけ落ち着かなくなる。
沙織は昔から、佳織が隠したいと思っていることほど、何も言わずに気づいてしまう。
「今日の帰り、ちょっと寄っていかない?」
「どこに?」
「最近、気になってる喫茶店があるんだ。駅前通りから少し外れたところ。静かそうだし、佳織も好きそうかなって」
「喫茶店……」
「うん。少しだけ。時間、大丈夫?」
「あ……うん。大丈夫」
「じゃあ決まり」
沙織はそれ以上、何も聞かなかった。
良規のことも。
さっき佳織がどこを見ていたのかも。
その代わり、いつもと変わらない調子で、午後の小テストの話に移っていく。
佳織は頷きながらも、ほんの一瞬だけ、また窓際に意識が向きかけた。
けれど今度は、顔を上げなかった。
見てしまえば、また自分で気づいてしまう気がした。
どうして気になるのか。
どうして、あの人だけは少し違って見えるのか。
まだ、はっきりした言葉にはできない。
だから佳織は、弁当箱の端に残った卵焼きの欠片を箸で拾い、何でもない顔で沙織の話に相槌を返した。
それでも胸の奥では、名前のつかない気持ちが、静かに形を変え始めていた。




