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3.翔と涼子の昼休み

昼休みも半ばを過ぎた頃。


翔は弁当の最後の一口を飲み込みながら、何気なく教室を見渡していた。


窓際では、良規が相変わらず文庫本に目を落としている。

その少し離れた席では、柊佳織と藤崎沙織が並んで弁当を食べていた。


どちらも、特別変わったことをしているわけではない。


「ねえ」


隣で弁当箱を片づけていた涼子が、声を少し落とした。


「翔、気づいてる?」


「……何に?」


そう返しながらも、翔はだいたい察していた。


涼子は視線だけで、教室の中央あたりを示す。


「柊さん」


翔は箸を置き、前方へ目を向けた。


ちょうどそのとき、佳織の視線がふと窓際へ流れた。

一瞬だけ。

けれど、良規の方を見ているのは分かった。


そして良規が顔を上げかけるより先に、佳織は何事もなかったように弁当箱へ視線を戻す。


翔は小さく息を漏らした。


「……やっぱり、お前も思ってたか」


「うん。あれ、たまたまじゃないよね」


「たぶんな」


翔は良規の方を見た。


良規は、少し眉を寄せたまま本に目を戻している。

さっき何かに気づいたようにも見えたが、その意味までは分かっていない顔だった。


「良規も、見られてること自体には気づいてるっぽいんだけどな」


「でも、理由は分かってなさそう」


「絶対分かってない」


翔が即答すると、涼子は小さく笑った。


「まあ、良規だしね」


「そこ、便利な言葉みたいに使うなよ」


「だって便利なんだもん」


涼子はそう言いながら、もう一度佳織の方を見る。


佳織は沙織に何か言われたらしく、少し慌てたように顔を上げていた。

その反応だけで、何を見ていたのかをごまかそうとしているのが、なんとなく分かる。


「柊さんってさ、今まで男子のこと、あんなふうに見てた?」


「少なくとも俺は見たことない」


翔は声を潜めたまま答えた。


柊佳織は目立つ。

本人が何かをしなくても、周囲の視線を集める。


だからこそ、逆に彼女が誰かを見る側に回ると、ほんの少しの違いでも目についた。


「よりによって良規ってのが、またな」


「意外?」


「意外っていうか……まあ、あいつだから逆にってのはあるかもな」


翔は良規の横顔を見る。


本に目を落としたまま、表情はほとんど動かない。

近くで翔たちが話していても、ページをめくる手はいつも通りだ。


「他の男子なら、柊さんと何度か目が合っただけで変に浮かれるやつもいるだろ」


「うん。勘違いする人、絶対いる」


「でも良規は、そういう方向に考えないんだよな。あいつの場合、まず『自分が何かやらかしたのか?』とか、そういう方に行く」


「あー、たしかに」


涼子が肩を震わせて笑う。


「で、最終的に『気のせいだ』で片づける」


「いまの、似てる。さすが翔」


二人は顔を見合わせて、声を抑えて笑った。


その間にも、良規は本を読んでいる。

ただ、さっきよりほんの少しだけ、ページをめくる速度が遅い気がした。


翔はそれに気づいて、口元の笑みを少しだけ薄める。


「……完全に何も感じてないわけじゃないんだろうけどな」


「え?」


「良規も、何か引っかかってはいるんだと思う。けど、それをどう受け取ればいいか分かってない」


涼子は少しだけ真面目な顔になった。


「それって、良規が鈍いから?」


翔はすぐには答えなかった。


良規が鈍い。

それは間違ってはいない。


けれど、その一言だけで片づけるには、翔は良規のことを少し知りすぎていた。


人の好意に気づかない。

自分に向けられた感情を、まっすぐ受け取らない。

そういうところが、ただの鈍感だけでできているわけではないことを、翔は知っている。


「……まあ、鈍いのは鈍い」


結局、翔は軽くそう返した。


涼子はその間を見逃さなかったように、少しだけ翔を見る。


けれど、深くは聞いてこなかった。


翔はふと真顔に戻ると、低い声で呟いた。


「……けどさ、気づくやつ、他に誰もいないよな」


「うん。私たちみたいに、良規のことちゃんと見てる人じゃないと無理だと思う」


「それに反応が薄いからさ、ちょっとやそっと見られても、眉ひとつ動かさないからな」


「だから逆に、柊さんは気になっちゃうのかも?」


涼子が言うと、翔は「なるほどな」と頷きながら笑う。


「で、しばらく様子見?」


「だな。下手に突っついても、良規はむしろ困るだろうしな」


翔はまた軽い調子に戻して、弁当箱のふたを閉めた。


「それに」


「それに?」


「気づいてない二人を見てるの、ちょっと面白いし」


「趣味悪くない?」


「お前も楽しんでるだろ」


「まあ、少しは」


涼子は悪びれずに笑った。


二人の視線の先で、佳織はもう何事もなかったように沙織と話している。

良規は、相変わらず本に目を落としている。


けれど、翔には分かっていた。


良規は、まだその意味に気づいていない。

柊さんも、たぶん自分の気持ちを分かっていない。


だから今は、見守るくらいでちょうどいい。


(しっかし、柊さん、男見る目もあるんだな……まあ、超最難関な相手だけど)


翔はそう思いながら、親友の横顔をもう一度だけ見た。

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