7 水妖
前回のあらすじ。
見合いをドタキャンしてフウガヘ逃げてきたダイヤナ。兄との喧嘩の末、海へやってきました。
※技名の読み仮名、後書きに書いてあります。
フウガと他国を繋ぐ架け橋の下を潜り抜けると、一面の真っ青な大海原が広がっていた。
世界を繋ぐ海の前では、近代都市のフウガ共和国さえ、小さな孤島である。
「綺麗……」
ダイヤナは、初めて見る海を一望し、海風でウサキチ2号が錆びぬよう、海沿いの茂みに身を隠し、木の陰から2人を見つめていた。
「ん〜!! やっぱり気持ちいいなあ!!」
「ハチク君、ここ来た事あるんですか?」
「最初この辺りに流れ着いたんだ。……よし。見てて、シオン!」
彼は意気揚々と刀を抜き、刃を波打ち際に浸した。
その奇行を目の当たりにしたダイヤナは、思わず駆け出す。
(そんな事したら錆びちゃうじゃない……!)
刃は海水を吸い取り、青く透き通る渦潮を巻いた。
「『水妖ノ構え:波竹ノ勢』」
放たれた渦潮は遥か遠くまで水面を切り裂き、魚と珊瑚礁の海の世界が垣間見えた。
刹那、割れた海が互いに激しく波打ち、波の相殺音が辺りに響いた。
水面は彼の余韻を残しつつ、徐々に静かな細波を奏でた。
「……こうして俺は嵐を切り裂き、レイメイからやってきたのでした。フッ」
海水を切り裂いた少年は、刀を鞘へ納めた。
「すごい……すごいですよハチク君!! こんなの初めて見ました!!」
「へへ! 川も海も俺の独壇場だー!!」
ダイヤナは、木陰で尻餅をついたまま呆気に取られていた。
高鳴る鼓動を抑え、眩しく笑う蒼髪の少年に魅入っていた。
「っ…、何、今の!? …………もう一回見れないかしら」
「もちろん技は他にもあるぞシオン!」
再度、海に向かって刀に手をかけ、再度刃に気を集中させた。
「『水妖ノ構え:五月雨嵐』」
その場で三回転したハチクの頭上に小さな雲が集まり、大雨が降り出した。
「これで負傷した人の怪我を洗って冷やすんだ。まあ、これじゃ海水だから余計痛いけどね」
「じゃあ冷や水なら真価を発揮するんですね! すごい! ハチク君、絶対宝星会受かりますよ!」
「っ! 宝星会……」
ダイヤナの脳裏に、兄メタルクの顔が浮かぶ。
(あたしが男だったら、違ったのかな。全部)
記憶をかき消すように、頭を横へブンブン振った。
(言い訳よそんなの。女が理由なら、マナメさんやエイテン様はなんなのよ。私の一歩が遅かっただけ。はやく剣の道を選んでいれば。私もあんなふうに……やめよう。もしもの話なんて)
彼女は、ワイワイ続く技のお披露目会を一瞥し、
「……兄さん、まだいるかしら」
海に背を向け、フウガの都心に向かった。
そんな海沿いの茂みの中、彼女の肩を叩く者が現れた。
「ん? どなた………………っっ」
肩についたヘドロから漂う、腐った血肉の臭いが鼻をつく。
「オンナ、カ」
「1人ダケデモ、コドモタチ、ヨロコブ」
それは、首から黒煙を纏いながら、腹から飛び出た大きな舌を舐め回す。
─────ヒトモドキが、2体同時に現れた。
「カミノケ、ウマソウ」
「!? ちょっ……!!」
「テツ、ジャマ」
ダイヤナの長い三つ編みに、奴の腕が伸び、毛束を鷲掴みにする。
赤黒い手に引っ張られた翡翠色の髪は酷く崩れ、ウサキチ2号も歪な手形で汚れてゆく。
「痛い! 痛い! 離して! 嫌! 触んないでよ!!」
「「!?」」
海辺ではしゃぐシオンとハチクの耳を貫いたのは、少女の叫び声であった。
「声はどこから!?」
「えっと、茂みの方から……」
「「──────………っっ!!」」
甲冑を纏った美少女が、2体のヒトモドキに同時に襲われている惨状。
海に助けを求められる大人はおらず、シオンとハチク、2人だけであった。
「チクショーー!! 戦場が茂みじゃ俺が不利!! シオンはどこか隠れてて!!」
「ハチク君っ、……お願いします!」
「『水妖の構え:波竹ノ勢』」
蛇口を捻ったように、渦巻き状の海水が一線、刃から発される。
潮水が手前のヒトモドキへ当たり、奴の注意はハチクに逸れる。
「っ…よし、咄嗟で威力が弱かろうが、奴が海に来れば有利に!」
「エサ!! フエタ!!」
2体のうち1体の注意を逸らすことに成功したハチク。
しかしもう1体は、
「待ちなさいよ! 2号をこんなに汚して、あたし絶対に許さないから!! 謝って!!」
あろう事か、ダイヤナに脚を引っ張られていた。
「い、異形に謝罪を要求っ……!?」
「それに髪の毛引っ張るなんて! 自分がやられたらどう!? ああそうね! あんた達ヒトモドキは髪も、考える頭もなかったわ! なんとか言いなさい!!」
そう叫ぶダイヤナの瞳は、標的を一切見ていない。
─────真っ直ぐハチクを見つめて何度もウインクをし、笑っていたのだ。
「……あの人っ」
抜いた刀を海水に浸すハチク、再度斬撃を放つ準備の時間を確保した。
「っ、行かないで! お願い! 謝りなさい!! あたしに謝ってから行くの!! うっ! …そんなの痛くないから!!」
ヒトモドキの脚に、ダイヤナと甲冑の全体重が乗る。
(止めなきゃ。1体でも。あんなすごい剣士でも、2体同時に襲われたらきっと耐えられない。───貴方はすごいんだから、宝星会に入らなきゃ。こんなとこで終わっちゃダメ)
「飯ガ、シャベルナ」
彼女を抱える奴の脚が宙を浮き、
「家畜オンナ」
一際大きい樹木へ、まとわりつく彼女ごと、何度も蹴りを入れた。
「ギャッ!! ヴッ! ギッ、 あ゛っ………………………………」
腹部の甲冑は音を立てて歪んでいく。
砕けた甲冑から覗く白い素肌に、鮮血が伝う。
ご馳走を前に舌舐めずりをした奴は、ダイヤナの髪を掴み上げ、腹の牙を剥き出した。
刹那、
「こっちの方が美味しいですからーーーー!!!」
「オッブエッ」
息を殺し岩陰に隠れていたシオンが、大量に作った砂おにぎりを、開いた奴の口に全て放り込んでゆく。
「シオン、そして甲冑の方、ありがとう」
───レイメイ最強の剣士を目指す少年。水のソウルの持ち主、ハチク。
河海は彼の独壇場である。渦潮を纏った真っ青の刃を、ヒトモドキへ向けていた。
ヒトモドキの口腔に向け、刀を振り被る。
「『水妖ノ構え:波竹ノ勢』・斬」
────シャンと音がした瞬間、水面の上に瞬間移動したハチクが、刀を鞘へ仕舞った。
「ア? ……ア゛ッ」
体は縦に割かれ、後方の海が破竹の勢いで破れていく。
反動で波打った海が向かい合い、波と共に相殺し、黒い煙は静かに消えていく。
────波打ち際に、錆びた指輪が打ち上げられた。
「……んはっ、やばい。反動が。うぅ」
短時間に何度も斬撃を放ったハチクの震える腕が悲鳴を上げ、刀が手から滑り落ちた。
「僕も限界です〜〜〜!! 誰か〜〜〜!!」
逃げながら高速で砂おにぎりを作っては投げ食わせるシオン。
残りのヒトモドキは、砂を吐き出しながらシオンを追いかけ回していた。
「……2人を助けなきゃ────あれ、甲冑の方は?」
重体のはずのダイヤナの姿が、血痕ごと消えていた。
『水妖ノ構え:波竹ノ勢』
→『すいようのかまえ:はちくのいきおい』
と読みます。何回読み仮名を打ち込んでも表示されないのでここに書いておきます。
どうするんだ…?前できたよな…?




