6 兄妹
よろしくお願いします。
フウガ共和国。13時過ぎ。
急遽開かれた会議終了から数十分後。
デパートのガラス扉が開き、左右に並ぶ自衛隊が焦って頭を下げる。
甲冑に身を包んだ青年、宝星会のメタルクの退店である。
リボンが施された箱を抱き抱えた彼は、ふんっと鼻息を荒くし、顔を顰めて建物から出てきた。
(あの店員………何が『娘さん喜ぶといいですね』である)
頑固な性格が滲み出た顰めっ面が災いし、いつも実年齢より倍は老けて見られてしまうメタルク。
小言を言いながら眉に皺を寄せる彼から、ざわざわと民衆が道を開ける。
(今日は本来、妹が大人への一歩を踏み出す大事な日なのだ。これを早急に我が家に届け、16時までに戻って来なければ)
彼が指をカッと鳴らすと、緑の宝石が施された盾型の飛行艇が到着した。
抱えていた箱をそっと置き、空高く舞い上がった。
(それにしても、この国は無防備すぎる。いつ奴らが現れるか分からぬと言うのに、女子供が1人で街を出歩くなど。…………っ!?)
高くから民衆を一望した彼の視界が捕らえたのは。、花壇の端に座り込む、仰々しい艶を放つ甲冑であった。
「……何故だ─────何故我が家の『ウサキチ2号』が、ここにいるのだ!?」
ウサキチ2号。メタルク家の門番、ウサキチ1号の片割れの鎧である。
鎧が自我を持ち、1人でに国を飛び出すなどあり得ない。
甲冑からは、特にヒトモドキの気配はない。
人々は、昨日の騒動でヒトモドキに敏感になっており、露骨にウサキチ2号を避けながら行き交う。
メタルクに気づいたウサキチ2号は、大急ぎで花壇から飛び上がり、甲冑に慣れない様子で走り出した。
不器用に逃げ続けるウサキチ2号、高速で降下したメタルクの飛行艇が並ぶ。
「2号貴様、何があったのだ!! 話せ!! 1号と喧嘩でもしたのか!?」
「……っ!!ハァッハッ!ハァッハッ!ハァッハッ!」
ウサキチ2号は真横に現れたメタルクを無視し、息を整えガチャガチャとスピードを上げた。
メタルクの耳が、ピクピクと呼応する。
「……重装備に慣れぬ少女の鼓動! 浅い呼吸から伝わる華奢な体格! 何よりその息漏れ声!!」
声に出して分析しながら、シールドから飛び降り、ウサキチ2号の目の前に着地した。
視界が悪いウサキチ2号は、メタルクの胸にガシャアン!とぶつかった。
頭部の甲冑がぽろっと外れ、そのまま音を立てて地面に転がってゆく。
甲冑の正体は顔を露わにし、衝撃で地べたに倒れ込んだ。
「"ダイヤナ"よ!!! 何故こんな所へいるのだ!!! 見合いはどうした!!!」
汗ばんだ翡翠色の長い三つ編みが、地べたに円を描く。
兄を睨みつけるその瞳は、宝石のように澄み、七色に輝く。
あれだけ冷ややかな視線を向けていた民衆たちは、掌を返して目を奪われていた。
彼女は、メタルクに向かって刺すように言い放った。
「ハッ、言わせないでよ兄さん。家出よ。家出」
「い、え……?」
鋼の如く固まったメタルクは、言葉を失い、その場に立ち尽くした。
────────
兄妹は、とりあえず近くのレストランに入り茶を交わしていた。
全身甲冑2人組に刺さる、客達の針のような視線が痛い。
が、そんな視線など今の彼らにとって、さしたる問題ではない。
「よく聞くんだ、妹よ。お前にとって、今回はこれ以上ない良き誘いであったはずだ。それをドタキャンして飛び出すとは、あってはならぬ。風習を否定する以前の問題である」
兄の言葉に腹を立てたダイヤナが、テーブルを強く叩く。
「何が良き誘いよ! 誰も結婚したいなんて言ってないでしょ! いつも勝手にお見合いの予定入れてさ! もううんざりだって言ってるの!」
「だとしてもドタキャンはいけない。相手方は今頃何事かと我々一家を心配しているであろう。何せ今回の見合い相手は、女王陛下の親戚である。一家のメンツに関わる話だ」
「毎回嫌って言っても聞いてくれないんだから、もうドタキャンするしかないじゃん! 大体なんで一般庶民の我が家がそんな人と見合いするのよ! あたし間違ってないから!」
妹が駄々を捏ねるたび、ウサキチ2号はキイキイと音を立てる。
「とりあえず、そのウサキチ2号を脱いでくれないか。甲冑とは、寸法が合わぬ者が着用すると関節部位が傷むのだ」
「脱がない!」
「脱ぎなさい妹よ」
「脱がないったら脱がない! あたしは女騎士になる!」
「今すぐこの場で脱ぎなさい妹よ! ウサキチ2号が泣いている!」
客達は静かに会計を済ませて店を出ていく。
それでも堂々巡りは止まらなかった。
「だいたい兄さん、小さい頃はあたしの夢応援してくれたじゃない! 『お前はもう立派な騎士だ』って」
「それはっ……」
幼き頃の、2人の記憶が蘇る。
─────
「兄さん。せっかくのバースデープレゼント、嬉しくないの?高かったってお父様言ってたよ。いいなー。あたしも欲しかったなあ。なんであたし甲冑貰えないんだろう」
「……そうか」
「兄さん? なんか今日変だよ」
「……ダイヤナ、絶対誰にも言わないって約束してくれるか」
「うん。……どうしたの?」
「……俺本当は、お前がバースデーに貰ったウサキチのぬいぐるみが欲しかったんだ。でも、俺は男だから。そんな事言い出せなかった。お父様とお母様も。俺が……『女』みたいなもの欲しがったら、悲しむと思って……」
「……兄さん」
「っすまない!やっぱり聞かなかった事に」
「あたしのぬいぐるみとこの甲冑、交換しようよ」
「え?……そんなことしたら」
「交換したってバレないように、甲冑は玄関に飾ろ! 家族みんなの宝物になるよ。どうかな?」
「っ、妹よ……お前の心は、もう立派な騎士だ」
「ふふっ、大げさだなあ兄さんは。そうだ! この甲冑に名前つけよ。名前は────」
────
「このウサキチ2号も、次のバースデーに兄さんと交換したんだもん。あたしのだもん」
ダイヤナは、落ちたウサキチ2号の頭部を撫でながら抱きしめていた。
そんな妹にメタルクはそっぽを向いて、注文したアイスココアを飲み干した。
「……妹よ。俺は、お前を騎士とは認めていない。ただ、あの時は騎士と見間違う程のその心意気に救われた、ただそれだけだ。何年も前の話だ、もう忘れてくれ。家まで飛行艇で送る。一緒に相手様に謝ろう」
ダイヤナは立ち上がらず、俯いていた。
「……大っ嫌い」
「ん?」
「──────母国も、兄さんも、大っ嫌い」
彼女はウサキチ2号を纏ったまま、会計を済まし店を後にした。
次の瞬間───────雷鳴が落ちるような轟音がフウガ共和国を包み込んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーん!!!!!!!」
「お客様!?」
兄、メタルク。
号泣しながらテーブルに頭突きを始めた。
「困りますお客様! お客様!」
「うおおおおおおおーーーん!!!」
「誰か! 自衛隊呼べ! こんな巨漢、俺らだけじゃ無理だ!」
店内から、混沌とした叫び声が漏れ出す。
「泣きたいのはこっちだよ。バカな兄さん」
人混みに紛れ、寂れた商店街へ向かっていった。
────────
ダイヤナが向かった先の寂れた商店街。
先日のシオンの弁当屋『シオカラ亭』ブームにより、周辺の店も活気をみせていた。
個人店ならではの、安値で芸の細かい商品が注目を集めつつあった。
「ここなら1人になれそうと思ったのに、案外人が多いのね……」
ダイヤナがキョロキョロと歩いていると、商店街から飛び出してきた2人の少年の会話が耳に入った。
「海ですか。いいですね。今の時間なら漁船も来てないはずです」
「じゃ鍛錬にピッタリだ! よーし!」
「16時までには戻ってもいいですか。店の準備があるので」
話を弾ませながら進む2人の背中を、ダイヤナはぼーっと見つめていた。
「海、かあ。ちゃんと見てなかったな」
彼女は彼らの後を遠巻きにつけながら、商店街の果てへ進んでいった。
私も専用の飛行艇ほしい。




