2 弁当
よろしくお願いします。
「改めまして。宝星会:イチバンボシと、マクロ学院機械学科の主任講師を勤めています。『シュウリ』と申します。今度ともよろしくね。」
改めてシュウリと名乗った青年は、機械で構成された義手の掌をパチャリと差し出した。
──────────
「何で僕の名前・・・」
「何で俺の名前知ってるの!?店先で会っただけだよね!?」
握手寸前の2人の間を突然割いて顔を出したのは、冷や汗まみれのハチクだった。
「さっき名前の件は後ほどって言ったよね!?教えてよ!!俺の名前分かる人フウガにいるとしたら、強いて言っても師範だけなんだけど!!」
「あー・・・とりあえず、うち来ませんか。ここではちょっと。でも・・・。」
あせあせと矢継ぎ早に喋る彼を牽制し、件の巾着を返す方向に話が進もうとしていた。が、命を落としかけた2人の脚は震え、帰る力など残っていない。
「お二方お疲れでしょう、乗って行きますか?3人だとキツイですが。」
降ろした青いベッドの飛行艇に座っていたシュウリが、2人をパチャリと手招きした。
ハチクが現れてから、先程シオンに向けていた笑顔は潮が引くように消えていた。
飛行艇に3人できゅっと肩を合わせて座り、低空飛行でゆっくりとシオンの自宅へ向かっていった。
人や障害物を避ける度に細波の音が鳴る、布団により乗り心地のいい、何とも不思議な乗り物であった。
「あの、わざわざ送って頂いてありがとうございます。シュウリさん。」
「いえ、僕は客として向かいたいんです。君んちのお弁当じゃないと、僕はダメなので」
「嬉しいですがダメとは・・・」
「────塩の効いた柔らかい白米。香り高い海苔。新鮮なうちに火を通した焼き魚。あなたの家の料理は、仕事で切れがちな僕の『海』のソウルの特効薬なのです。本日は大統領のせいで予定が狂って海水で凌いでましたよ。ごめんね、遅くなって。」
「いえいえ!いつもそんな忙しい中来てくださってたんですね・・・ただ今日はもう、本来廃棄になるような物しかないんですが、本当によろしいでしょうか。いつも程新鮮なものはちょっと・・・」
「ではいつもの倍買って行きます。」
「え!いいんですか!」
「ええ。君の料理は"僕の手脚"なので。」
「・・・。」
「ちょっと今のは重かったですね。ごめんね。」
「え?や、違うんです・・・すみません・・・。」
自分の家の味を「手脚」と言い切った常連のシュウリに、両親が店を閉めようとしているなどと、口が裂けても言えなかった。
小さな飛行艇内は、気まずく細波を奏でていた。
そんな沈黙を切り裂いたのはハチクだった。
「貴方がシュウリさんなんですね。」
「・・・どうかなさいましたか。」
「俺のこと分かりますか。あのイチバンボシ:エイテンの弟子なんです!師範から俺の話、聞いてませんか?」
「彼女は基本自分の話しないんで初耳です」
「そうですか・・・」
「凹んでないで続きをどうぞ。どうしましたか。」
「あの、・・・・・・──────病気なんです。母上が。風の噂で『マクロ学院でシュウリという方が薬の開発に勤しんでいる』と聞いて、フウガまで来ました。」
「・・・ちゃんとマクロまで来ないと。僕ここはシオン君のお店にしか来ませんし、今薬は手持ちにないです。」
「行ったんです!学院まで!でも何故か一文無しだし、突然大統領が来るし、ヒトモドキは出るしで!・・・そっちの彼に助けられてばかりで。俺、全然師範みたいになれなくて・・・」
「話が逸れてますよ。強くなる薬、お母様を治す薬。どっちが欲しいんですか」
「う・・・。」
「あの、シュウリさん。ハチクさんは今日すごく色々な事があったんですから、もう少し優しく。」
「え?ああ。すみませんね。講師をしているとどうにも物言いが」
「えへへ、職業病ってありますよね。実は僕も、こういう長い行列とか見ると『一体どこの店だ!』ってライバル心燃えちゃってえ。」
実は先程から商店街の脇に、ガヤガヤと民衆が長蛇の列を作っていた。何やら耳を傾けると「英雄を生んだ弁当屋」「シュウリさんお墨付き」などと聞こえる。
シオンは喋りながら、首から下げていた双眼鏡を装着した。レンズ越しに見える行列の果ては、
「僕ん家だ・・・」
自身が片付けを後回しにした廃棄寸前の弁当が、行列を作り飛ぶように売れていたのだ。
彼の言葉を聞いたシュウリは血相を変え、病室の呼び出しボタン風のスイッチを押し、突然飛行艇のスピードを上げた。服が翻り、突然の強風と英雄3人の姿に皆目を丸くした。
「え!?シュウリさんじゃん!!」
「噂をすれば英雄達が来たぞー!!」
「ド派手な登場マジかっけーっす!」
「おい見ろ!ご本人登場だぞ!!」
「シュウリさん!サインしてくださーい!」
サインを求められた張本人は、行列を一瞥し鋭い舌打ちをして、スイッチを連打し、更に加速させた。ベッドの端に掴まったシオンとハチクは目をぎゅっと瞑りプルプルと震えていた。最高速度を出した飛行艇は、たった数秒で店頭へ到着した。
止まったのを確認しシオンが目を開けると、母が、忙しなく商品を次々と売り捌いていた。厨房では、見たこともない速さで魚を捌く父の姿があった。
「本当にうちの行列だ・・・。」
「おかえり!!ちょっとアンタ!!やっとシオン帰ってきたわよ!!あ、はい!ドードー揚げ弁当4つですね!すぐお包みします!」
「バカ息子!!一旦説教は後だ!今すぐ奥の米混ぜろ!!あと大急ぎで唐揚げ揚げてくれ!!」
「ええ〜?」
「えー、皆さん、後20食で今ある分が終わります!後もう少々で第二部の販売が始まります!!」
「ですが、できたてなので少々値が上がります!それでもよろしいでしょうか!」
夫婦の無茶な要望に対して、行列に並ぶ人々は、むしろ大歓迎と言わんばかりに雄叫びのような歓声を上げた。
シオンは呼ばれるがまま、言われるがまま、おどおどとペコリと外に頭を下げ、大急ぎで店内の厨房へ消えていった。
その姿を見ていたシュウリの義手と義足が、蒸発音を立てて、徐々にか細くなっていき、
「世間が気づいてしまった。終わった」
と呟いた。
「シュウリさん!しっかり!」
ハチクが突然、彼の肩をガシッと抱いた。義手足はチャプ、と音を立て、手脚が元に戻っていった。
「・・・おや?」
「へへ、俺水使いなので。」
「・・・どうも。」
ニカっと笑う彼に、少し不本意そうに、元通りになった腕でメガネを掛け直した。
厨房の暖簾を上がり、顔を覗かせたシオンの母が2人に声をかけた。
「常連さん!それとそちらのお坊ちゃん!あの、こんな事突然お願いするのは本当に恐縮なのですが、うちの者だけではとても賄いきれなくて・・・」
申し訳なさそうに懇願する彼女を2人は遮り、
「いつもお世話になってます。この店のためなら何でもしましょう。」
「俺もです!むしろ働かせて下さい!お金ないんです俺!」
意気揚々と返事をした。
「ありがとうございます・・・!!お礼は気持ちの限りお返しします!!値札通りに精算していただけたら大丈夫ですので!!」
母はぱあっと胸を撫で下ろし、2人に店番を任せ、厨房に専念した。
「え、えと、いらっしゃ・・・」
「君が噂のレイメイ人だよな!他国のために体を張る君の勇姿、感動したぞ!チップ受け取ってくれ!!」
「え!え!チップって何?」
焦るハチクの掌いっぱいに、無数のGがジャラジャラと山を作った。
「えーー?!こんなに貰えないですよ!!」
初めての接客にも関わらず、予想外の展開に、思わずあたふたと汗をかき始めた。
隣に立つシュウリは
「快く受け取りなさい。商品の方は1500Gです。」
と促し、テキパキと慣れた様子で商品を包んだ。
「あい!シュウリ先生も頑張ってなー!チップは奥の彼と山分けするんだぞ!!」
そう言って、大ぶりに手を振って笑顔で去っていった。ハチクはそっと、貰ったGを会計用の引き出しへ仕舞った。
「ふう、どうしてそんな臨機応変に動けるんですか?」
「毎日、見ていますから。」
ハチクが問うと、シュウリは品数を数えながら、両親に揉まれながらてんやわんやになるシオンを見つめ、フッと微笑んだ。
「へえ・・・?っあ、いけない!次のお客様どうぞ!」
「こっからここまで全部売るウス。さもなくば、オイラの指が火を吹くウス。」
ショーケースの上に、ヂャン!!とピンクの小さなミミナガウサギ型の貯金箱が置かれた。
先程店に訪れたはずのイニチッチが、耳をぴょこぴょこ跳ねさせ、指を蝋燭のように上に向けた。
「へえぇ?今度は何?」
「・・・おや、君は魔法学科のイニチッチ君。そんなに食べ切れるのですか?」
「ウスス、いい質問ウス先生。今から買い取った商品は、行列で疲れてそうな客に声かけて2倍の値段で売りつけてやるウス。オイラ天才ウス。」
「天才じゃないですよ。やめなさいそんな事。」
自慢げに火を灯した小さい指先をクルクル回す彼女を、ピシャリと一蹴した。
「うう、・・・ケチ!」
「何とでも言いなさい。汚い商売は痛い目見ますよ。」
「これ、オイラのおこづかい全部・・・この店の儲けになるウス。」
「関係ありません。食べない方には売れません。」
「ウス〜〜」
耳の先端をぎゅっと握り、見下ろす彼らをキッと睨みつけた。
すると厨房の方から、
「あれ!常連さん!先程の商品に何かありましたか!?」
と、シオンの声が聞こえた。
「シオン!この店員何も売ってくれない!ケチウス!ケチケチケチケチ!」
「非行に走ろうとする生徒は止めますよ。」
指を指して地団駄を踏むイニチッチ、一歩も引かないシュウリのごたつきで、列がざわつき、滞っていた。
「シオン!何手止めてんの。!あら〜イニチッチちゃん。いらっしゃい。いつものマンダラ菜の天ぷらでいーい?」
「・・・G。」
「え?」
「・・・Gを売ってくれウス〜〜うええ〜〜〜」
店頭で少女の泣き声が響き、列がざわつき始めた。
「お、お客?様?泣かないで下さい・・・」
「うるさい!お前も学院の前で泣いてたウス!クソ金持ちが!オイラ貧乏!同情するならオイラの炎のソウル買えウス〜〜オルルァ!!」
「熱っ!!いきなり何するんだお客様!」
周りを振り払い、泣きながら火の粉を錬成しハチクの頬に投げつけた。口論になる2人を見つめ、シュウリは呟いた。
「炎・・・。大将、焼き魚の香りがいつもより薄いですが、製法変わりましたか。」
突然呼ばれ、ぎくりとした父は手を止め、「あー」と言いづらそうに耳打ちをした。
「実はな、数年振りに連続でコンロ回してるから調子悪くて・・・まあいつもより焼き時間はかかるが、壊れてるわけじゃねえから。」
「ふーむ。僕は生憎、加熱系機器は勉強中でして。なるほど、『炎が必要』と。」
わざとらしく声に出すシュウリと目があったシオンが、ハッと店頭に食いついた。
「常連さん!今日、焼き魚弁当買っていかれましたよね!?お味はいかがでしたか!?ソウルに合いましたか!?」
「ん?最初に強火を通してから皮だけわずかに炙られてて、焦げた脂の香りが冷めても絶品であったウス。おかげさまで炎のソウルは万端ウス。こんなふうに。」
イニチッチは、突然流暢に味の感想を聞かれるがまま答え、再びハチクに向けて火の粉をパチッと飛ばした。
「熱っ!だから本当に怒るぞ!」
彼女の言葉と炎に目を光らせるシオン一家とは裏腹に、
「列進むの遅くなーい?」
「なんか小さい子が泣いて揉めてるみたい」
「えー!親何してんだよ」
行列の不満は募っていた。
「っ・・・!あ、あの、店先で騒いでごめんウス。じゃあ・・・」
民衆のざわつきに長い耳を震わせ、重い貯金箱をあせあせと持ち上げ、去ろうとした。
「待ってイニチッチちゃん。」
「ちょっと力貸してくれねえか。」
止めたのは、シオンの両親であった。
──────────
5分後。厨房内。
ブカブカのエプロンを纏ったイニチッチが、小さな両人差し指をくるくると頭に当て、呪文を呟きながら、両人差し指をコンロに向けた。
「『煉獄の書:ビワヨリガンコ、ビワヨリガンコ』」
彼女の赤い瞳が、更に彩やかに煌った。
ジリジリと上がったコンロの火により、ぬるい陽炎と煙が厨房を包む。
隣のフライヤーも、瞬時に熱を取り戻した。
炙られ、塩ダレ越しに脂が滲み出た魚の香り、カリカリに揚がったドードー揚げに絡む甘辛いタレの香りが、長蛇の列を作る民衆全員の鼻をくすぐった。
厨房に集い、全員で熱々のそれに息をかけながら、ゆっくり味見をした。
イニチッチは、エプロンを握り締めながら、キョロキョロと全員の反応を伺った。
・・・皆で、口を押さえながら上を向いて、無言でひたすら咀嚼をしながら、イニチッチに向けて、ビッ!と親指を立てた。彼女はぱあっと微笑み、「高くつくぞ」と言わんばかりにフスッと鼻息を漏らした。
あらかじめテーブル一杯に用意された容器に敷き詰められ粗熱を取った米の上に、湯気の立つおかずを皆で素早く乗せて行った。
店頭に立ち直ったハチクとシュウリに、シオンは両手で丸を作り、合図を送った。
「大変お待たせしました!ただ今より、販売の第二部が始まります!」
「先程も伝えましたが、出来立てなので値がかなり変動します。それでも構わない方のみお並び下さーい。」
シュウリの注意喚起は形だけで、作りたてのおかずの香りに抗える者などいなかった。
──────
「あ、チップありがとうございます!!へへ、宝星会みたいに頑張ります!!」
「ハチク君。先程からうちの生徒より計算が早い。レイメイはどのような教育を・・・。」
「イニチッチちゃん!さっきの団体さん、ドードー揚げすごく美味しかったって!」
「ふふ、当然ウス。オイラ天才ウス。」
「はい!毎度あり!・・・っへへ、ありがとうございます!息子に伝えておきます!」
「・・・こんな生き生きしたお父さんとお母さん、いつ振りかなあ。」
──────
夜22時、ショーケースの中は清々しいほど空になっていた。
相反して会計の半開きの引き出しは、Gで溢れかえっていた。
シオンは大きく深呼吸をし、シャッターをガチャリと閉めた。
「やったあーーーー!!!!完・売・だーーーー!!!!」
閉め切られた店内に、シオンの歓喜の声が響いた。叫んだ彼はそのまま、空のショーケースに突っ伏し、息を切らした。
「時間外労働後の夜食は罪の味です」
「ドードー揚げ!オイラが揚げたドードー揚げ!ウマいウスでしょ?」
「・・・嗚呼、キンキンに冷えた茶が染み渡る・・・俺、お疲れ」
助っ人の3人は、賄いに握り飯、ドードー揚げと焼き魚の盛り合わせと冷茶を振る舞われ、各々無心に頬張っていた。くたくたの体に、たっぷりのソウルが染み渡る。
3人の姿を見て、シオンはニコッと笑い、うーんと背伸びをした。
「ふう、じゃあ僕も。いやあまだ晩御飯食べてなかったんですよね・・・うぇ!?ちょちょちょ」
「説教が先だ。2階へ来い。」
握り飯に手を伸ばしたシオンは、父に腕をガシッと引っ張られ、母に背中を押され、ドタドタと2階へ上がっていった。
ドアがチャッと閉められ、天井が響き、バチン!!と頬を叩かれる一連の音が厨房まで届いた。
「シオン君・・・。」
続く
シオンの両親の名前は、
父:ナトリ
母:ミネ
です。いつか呼ばれるかもしれません。




