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ソウルプラネット  作者: ボコしますわよ
フウガ共和国編
2/5

1 始まり

お気軽に感想お待ちしております。

まな板の上で野菜を刻む包丁、踊る鍋の蓋が朝日に照らされる。

古い木造の階段から、軽くも焦る少年の足音が響いた。


「シオン、やっと起きたと思ったら、今度はエプロン裏返しじゃないの!すぐ直しなさい!」

「ごめん。おはよ。なんか長い夢見てさ。ちょっと体が重い」

「人の夢の話程、退屈なもんはないぞ~。ほら、米炊けたからかき混ぜといてくれ。あと5分後にもう10合炊き上がるからそっちもな。」

「ええ、そんなに炊いたって、もう誰もうちの弁当買わないよお父さん。あのビルできてからずっとだよ。」

「何があるか分からんだろう!突然あのたっかい建物がこう、何か、あって、やってる飲食店がうちしかなくなったとしたら!もう大繁盛よ!」

「あんたも手動かしてよ!夢の話してないで!」

魚の切身がこんがりと焼ける匂いと、炊き立ての米の熱い蒸気が、朝の小さな厨房を包み込む。


世界で1番新しい国。フウガ共和国。

元々は無人島であったが、大統領:スバルの意向で都市開発が進んでおり、日々発展を遂げる。

この国の中央に新しくできた、大型の高層ビル地帯が名所で、少しずつ規模を広げている。

中には、ジャンクフード、ドリンクショップ、他国の料理専門店など、目新しいレストランが入っている。

そんな中、少年シオンの家は今日も、街はずれにある商店街の手作り弁当屋を営んでいた。

「いらっしゃいませ〜!・・・はあ、誰に向かって言ってるんだろうなあ。はは。」


誰一人彼に足を止めず、皆足早に中央のビル地帯へと向かって行く。

それでも笑顔を崩さず店頭に立ち、首からオススメの商品が入った立ち売り箱を下げ、呼び込みをしていた矢先、


「早くしないと売り切れるぞ!」

「痛ッ!」


ビルへ急ぐ集団にぶつかられ倒れ込み、抱えていた商品は全て宙に舞う。彼らはぶつかった事にも気づかず、口々にかけていってしまった。

ビル側から帰ってきた民衆も、彼の惨状など視界に入っておらず、各々談笑しながら行き交っていた。

全て地べたにひっくり返り、シオンの似顔絵に「美味しいですよ!」と書かれた立て看板に、おかずの汁が飛び散る。惨状を黙って見つめ、涙目を拭うシオンの小さい背中に、黒い人影がかかった。


「ねえ君。俺買いますよ。いくらですか。」


───────鋭い琥珀色の瞳と長い蒼髪。厳かな柄の羽織と笠を纏い刀を腰に差した、およそシオンと変わらない歳の少年が、凛として立っていた。

フウガでは見かけない彼の風貌に呆気に取られ、ぼーっと彼のてっぺんからつま先まで見つめていたシオンを見て、蒼髪の少年は顔を顰めた。


「・・・俺に売らないというのなら、さっき君にぶつかった彼らを連れてきます。」

少年は、鞘からギラリと雫が滴る刀にチャッと手を添え、助走をつけて走ろうとした。


「ちょちょちょ待ってください!!一つ400Gです!!」

シオンは必死になって彼の裾を握った。蒼髪の少年は刀から手を離し、落ちた弁当を指差した。

「この分もです。少なくとも6つ潰れてます。2400Gでいいですか。」

「いえいえいえ!これはうちのミスですからお気になさらず!店頭の新しい物持ってきますし!400Gです・・・。」

「分かりました。」


商品を包むため店内に回ったシオンを他所に、ショーケースの上に巾着袋がそっと置かれた。

シオンはショーケース越しに顔を半分出し、もじもじと尋ねた。

「あの、もしよかったら、2つ貰ってくれませんか?うちの弁当・・・全然売れてないんで。」

「・・・君がいいなら。」

「ありがとうございます!先程はお気持ちだけでもすごく嬉しかったです。では、お気をつけて!」

「君もね。」


嬉し涙を拭いながら包んだ商品を渡すシオンを見て、蒼髪の少年はクスッと笑って去っていった。

数年ぶりに他人の暖かさに触れたシオンは、彼の姿が見えなくなるまで笑顔で手を振った。


「ふぅ。ちょっと怖かったけど、優しい人だったな・・・あ、代金ちゃんと数えてない!」

そう言って、貰った巾着袋を開けた。

「重いな・・・S(※シルバー。小銭。)で払ってくれたのかな。お釣り切れそうだったから助かるなあぁ


・・・ああああああああああああああ!?」


小銭の塊と思しきそれには、金銀宝石の装飾が大量に詰まっていた。傍には、水色の財布も1つ入っていた。

「これも本革だ!・・・盗るわけじゃない・・・盗るわけじゃないから・・・」


恐る恐る財布を開けると、中には通貨のG、フウガの領地"マクロエリア"行きのチケット、そして、達筆で書かれた一通の手紙が入っていた。唾をごくりと飲み、手紙の封を開け、ゆっくりと黙読した。


「『ハチクへ 城中で過ごしてる間は実感がなかったろうが、金はすぐ消えるものだ。万が一食うに困った時は、これを売りなさい。100万G相当しかないが、ハチクの生活を少しは支えるだろう。そして命惜しくば、無闇に己の身分を他人に明かさない事。レイメイ皇国の貴族と知られるというのは、そういう事だ。健闘を祈る。 父 ツバタより』。

・・・おっ、お父さーん!お母さーん!ちょっと降りてきて!僕達捕まったりしない!?ねえ!!」


その頃、蒼髪の少年:ハチクは、


「フッ。ふふっ。んへへへへへへ。懐から巾着ごとバッ!って出す、師範がよくやるやつ、粋だと思われちゃったかな!一回やってみたかったんだよね!よし、この調子でマクロでも上手くやるぞ!ところで、財布はどこにしまったっけ・・・。」


───────


街外れの商店街に日が落ち始め、次々シャッターが閉まる音や看板を畳む音があちこちから響いた。

シオンもため息をつきながら、閉店準備を始めた。

「・・・今日は嫌な夢見るし、ヤバい財宝貰うし、数少ない常連さんは2人とも来ない。散々だ・・・」

独り言を呟きながら弁当屋の暖簾を外そうとした時、小動物の小走りのような足音が、ぽすぽすと聞こえてきた。


「まって、まってウスー!店しまうなウスー!」

シオンがぱあっと笑顔で振り返ると、真っ白なボブヘアに大きなウサギ耳をなびかせた、マクロ学院の制服を着た眼鏡の少女が、息をあげて向かってきた。


「イニチッチさん!!よかった・・・常連さん来てくれたあ・・・。」

「ハアハア・・・マクロ学院・・・なんか急に大統領来て・・・でっけえ人だかりできて遅くなったウス・・・ハア・・・ハア・・・焼き魚弁当あるウスか?」

「あれ?いつものじゃなくていいんですか?マンダラ菜の天ぷら弁当じゃなくて?」

「学院の大統領の銅像前で、ここの焼き魚お弁当食べてるレイメイ人のオスいたウス。ウスス、泣きながら貪ってたウスよ。見てたら食べたくなった。3つお願いウス。」

「そ、そうなんですね。いつもありがとうございます。」

シオンはぎこちない営業スマイルで商品を包みながら、

(絶対あの人だ。泣いてた理由、多分うちの味関係なくて・・・あの巾着絡みだよ。おかげさまで、うちはこれから家族会議だ。)と内心穏やかではなかった。


イニチッチはふてた顔をぼてっとショーケースの上に乗せて、小さい爪をコチコチ鳴らしながら愚痴を溢した。

「どいつもこいつも金持ちはいけすかないウス。大統領だからって突然来てうちのカリキュラム狂わせたスバルめ。あの蒼髪のオスだって多分『この世にこんな安価で美味いものがあるなんて』とかそういう憎たらしいやつウス。現に奴の防具、ネージュ・ニウスのアリゲートの本皮使ってたウス。絶滅危惧種なのに。」

「イニチッチさんの地元は寒いんでしたっけ?確か獣人族だけの国?でしたよね。」

「いや、寒いのはオイラの故郷、雪国領だけウスよ。後は領地ごとに気候があって、アリゲートは砂漠領のやつウス。でも、レイメイの需要が高くてどんどん減ってるウス。・・・まあ、あいつら生きててもオイラの事食おうとするからいいのかも!ウスス!」


彼女の身振り手振りつきの説明は、シオンからはショーケースに隠れて、ひょこひょこ飛び出る耳と指先しか見えなかった。


「ああ、仕事中ペラペラ喋ってごめんウスねえ。」

「・・・え?あ!ちゃんと聞いてますよ!僕もイニチッチさんが食べられたら悲しいです。はいお待たせしました!焼き魚弁当3人前です!おまけでお惣菜のマンダラ菜の天ぷらもつけておきましたので!」


彼は先程、幸か不幸か100万G以上の財産を手にしてしまった少年。金に悩む常連に動揺を悟られないよう、必死に手汗を拭いてから弁当を渡した。


「やっぱりいいウスね〜。加熱した食事は、オイラの『炎』のソウルも溜まるウスし、何より学食と違って安い!おまけつき!明日もよろしくウス〜!」

と、お代をサッと置いて、弁当を抱きしめながら足速にひょこひょこと帰っていった。


「暗いのでお気をつけて〜!・・・さて、あのハチク様とやらの巾着袋をどうするか。家族会議だ。」

彼女の背中を見送った後、静かに店のシャッターをガチャリと下ろし、深呼吸をした。


エプロンを解きながら、堅く重い足取りで、軋む階段を上がった。

2階の6畳程のリビングの扉をゆっくりと開けると、


「お疲れシオン!お前は俺達の誇りだ!これで一生安泰だぞ!」

と、父が装飾を勝手に身につけ、六畳の狭い部屋で偉そうなポージングを決めていた。


シオンは真っ青になった。


「あんた!これは人様のもんなんだからもう仕舞いなさい!」

「そういうお前もそのネックレスと指輪ずっとつけてんじゃねえかよ!」

「い、いいでしょ、ちゃんと持ち主様へ返すから!」

「またまた〜・・・ん?おい見ろ!これダイヤモンドだぞ!本物だ!シオン!お前もこのちっちゃい被りもんつけてみるか?!ダイヤだぞダイヤ!」


「・・・わあ~」


青い顔を白くしその場から崩れ落ちた息子を笑い飛ばし、小さなダイヤの王冠を頭にちょんと乗せた。


「ハッハッ!なんだなんだシオン。誇るんだ。お前が最後に大太客を掴んだおかげで、俺たちはこれで、働かなくていいんだ。」

「・・・へ?何言ってるのお父さん。」


地べたに座り込んだシオンは、頭に乗せられた王冠を外して立ち上がり、耳を疑った。

着飾ったまま苦笑いを浮かべる父の言葉に耳を傾けた。


「・・・お前も言ってたろ、『もう誰もうちの弁当なんか買わない』って。」

「お父さん。それは」

「いいんだよこれで。長い夢見れたよ。自分の店持って?カミさん貰って?息子を学院に通わせてやれなかったのが心残りだが・・・いや、待てよ。これ売れば夢の栄養学専攻入れるじゃねえか!」

「駄目だよ。やめてよお父さん。お母さんもなんか言ってよ。」

「・・・昼に仕入れの店から連絡があったのよ。『新規ビルの飲食店から大量に穀物の依頼が届いて、個人店の契約は切りたい』って。店を閉める話は本当よ。」

母はそういって、身につけていたアクセサリーをゆっくりと外して、巾着袋にしまった。


「・・・うちにだって常連さんいるよ。」


シオンの脳裏に、はにかんで弁当を抱きしめるイニチッチの姿。


そしてもう一人の常連、四肢がなく、車椅子に乗った藍色の髪の青年の姿が浮かんだ。


「たった2人のためだけに店を構えるわけにいかないの。分かるでしょう。」

シオンは黙って、ハチクの巾着袋を見つめていた。

父が口を開いた。

「これはここ数年報われなかった俺達への恵みだ。このお父様の手紙もシャクに触るなあ。なあにがたった100万Gだ。実際土地いくつ買えんだって話だよ。よしシオン!これでマクロ学院、行かせてやる。な。」


父に肩をぱんぱんと叩かれたシオンは、顔を上げ、今にも泣き出しそうなのを堪えていた。


「・・・嫌だ。」


一瞬の静寂が走る。


「僕は小さい店でも、お客さんが減っても、人気店に負けずに働く2人が好きだった。こんな形でマクロ学院に入っても、何も嬉しくない。」

「シオン・・・」


彼の肩に、そっと母の手が差し伸べられたその時。


─────雷鳴が落ちるような轟音がフウガの国を包み込んだ。


「何!?」


急いで3人で立てつきがズレた窓をこじ開けた。音の正体はセンタービル方面からだった。


─────風に逆らって渦を巻いて広がる漆黒の煙幕。

窓から見下ろすと、悲鳴を上げた民達がバタバタと大勢が逃げ惑う姿が見えた。


「あんた!双眼鏡どこにある!?」

「そこの引き出しの3番目だ!」


夫婦が双眼鏡を覗くと。真っ黒で腹部に大きく口が開いた化け物が、黒煙の中央で腹から唸り声を上げ、ビルの窓を割って暴れていた。


「"ヒトモドキ"よ!"宝星会"はまだ来てない!」

「嘘だろおい・・・。」


ヒトモドキ。それは、数年前この星に突如降ってきた、謎の生命体。

人間のように二足歩行だが、血肉が壊死したような漆黒の体を持ち、頭部が存在せず、代わりに腹部に大きな口腔を持つ。

言葉を発するが、壊れた機械のように聞き取りづらい声、聞き取れても、意思疎通は不可能。人間を見つけると一目散に喰らいついてくるのだ。

既にここ数年、突然現れては、何百人もの死者を出している。


見た目の禍々しさと、無闇に人を襲う悪辣な所業により、奴らは"ヒトモドキ"と呼ばれるようになった。

────────そして、奴らを倒す為、各国から集結した5人の精鋭部隊:宝星会が、大統領スバルによって結成されたのだ。



「あ、やっと助けが来たわ!あら?あんな子宝星会にいたかしら・・・カタナを使う方って1人しか・・・。」

「刀・・・?!お母さん代わって!!」


状況を聞き、双眼鏡を奪い取るように受け取り、覗いた。

彼の予感は的中しており、傷だらけのハチクが、化け物と一対一で対峙していた。

彼は明らかに劣勢で、押し倒し食らいついてくるヒトモドキの腹に、刀を噛ませて必死に耐えていた。立派な防具は、全て食いちぎられて放り出されていた。

敵に怯えた民衆は全員逃げてしまい、ビル内へ逃げ込んだ人々が、窓からおどおどと彼をただ見つめていた。


「僕、行かなきゃ。」


シオンの脳裏に、ハチクが最後に見せた笑顔が焼きついていた。

所縁もないであろうフウガ共和国のため、たった1人で強敵に立ち向かっている。そんなハチクを見捨てる選択肢などなかった。


「馬鹿言わないで!宝星会きっとすぐ来るから!」

「おい、正気かシオン!?冷静になれ!お前が行って何になる!あのガキの二の舞だぞ!」


止める両親の振り払ったシオンの薄茶の瞳は、光が消え、瞳孔が真っ黒に開いていた。


「そのガキなんだよ。宝物をくれたのは。」


シオンは、止める両親の叫び声を無視して階段を駆け降り、

─────厨房から魚捌き用の一番鋭い包丁を懐に入れ、冷蔵庫から水のボトルを一本取り出し、家を飛び出した。家の脇で錆びた出前用のサイクルに跨るも、長年乗っていなかったせいで、ペダルは錆びて動かない。

それでも力を振り絞って蹴り直し、油の切れた耳障りな金属音も無視して、ふらつくサイクルを力の限り漕ぎ始めた。


反対側から逃げてくる民衆に「どいてください!」「すみません!」と大声を出しながら、黒い向かい風に逆らいビルへ向かっていった。


同時刻。フウガ共和国:センタービルジング。最上階。大統領執務室。

杖をついた眼帯の中年が、左胸の輝かしい五角形のブローチの中央に指を当て、言葉を放った。


「こちらスバル。フウガ共和国:センタービルジングの広場にて、子供1人がヒトモドキに襲われた。─────『宝星会:イチバンボシ』よ。至急集合せよ。」


静寂。誰の応答もなかった。


「うっわ!通信機の大型アップデート失敗だったか〜・・・俺様が直々にマクロに赴いて携わった傑作なのに〜・・・ツバタにそっくりの少年よ!今応援送るから耐えてくれよーい!!頼む〜!シュウリかマナメちゃんだけでも気づいてくれ〜い・・・。」


スバルと名乗った中年こと、フウガ共和国大統領。デスクに頭をガンッと乗せたり、白髪混じりの髭をいじったりと、忙しなく1人パニックに陥っていた。


「大統領!イチバンボシの到着はまだでしょうか!」


秘書の1人が息を切らして扉を開けた。


「おーいー助けてくれよーい。昼に改造してもらったこいつが初期不良で音声届かねえんだ。至急、フウガ自衛隊集めて警護に回すよう伝達してくれい。」

「しかし、彼らはまだ、対ヒトモドキ戦の訓練を受けておりません!お役に立てるかどうか・・・。」

「とりあえず、イチバンボシの到着まで辺りの警護を頼むぜい。この状況を見過ごせる奴、うちの自衛隊にいねえだろい?」

「っ・・・かしこまりました!至急応援を要請します!お前達、自衛隊員を呼べ!今すぐに!」

近隣の職員達への秘書の声掛けで、意気の良い返事が飛び交う。


「頼む・・・。はやく来てくれよい。」


数多の指輪をつけた手に握りしめられたブローチから、ギリッと音を立てた。


広場にて。とりあえず武器を持たされた大勢の自衛隊達が、ガチャガチャと音を立てて大急ぎで駆けつけた。


「あそこだ!少年、今行くぞ!」


助っ人が現れるも束の間。標的は、噛まされている刃の隙間から、涎の絡んだ舌でハチクの汗を舐めとった。


「ヒッ・・・」


生々しい感触に、わずかに腕の力が緩む。

その瞬間、奴は牙を剥き出し、涎まみれの口でハチクに喰らいにかかった。叫びながら彼の元へ飛び出す自衛隊の足も、重い装備が災いし、とても間に合わない。

ハチクはぎゅっと目を瞑り、最期を悟った。


──────刹那。ガシャアアアンと大きな音がハチクの頭上に鳴り響き、錆びたブリキのサイクルが自衛隊達を横切り、ヒトモドキに的中した。

奴は鉄の塊と共に「ヘゲッ」とまぬけな声を上げ、広場の端へ引きずられた。


サイクルが飛んできた方へ隊員が武器を構えた先に、息を切らしたシオンが立っていた。

震える手足も構わず、隊員を振り払い、満身創痍のハチクに駆け寄った。


「怪我は大丈夫ですかハチクさん・・・って、大丈夫なわけありませんよね!こちらを!」


そう言って、横たわったまま息も絶え絶えのハチクへ、真水が並々入ったボトルを彼に渡した。


「な、なぜ水を・・・?ていうか、どうして俺の名を・・・」

「貴方が刀に手をかけようとした時、鞘から水が漏れたので。・・・貴方は『水』のソウルの持ち主なんじゃないかって。お名前に関しては、また後ほど!はい!」

ハチクは言われるがまま、ボトルの封を開け、喉を鳴らして水を体に流し込んだ。


ソウル。それは人間が持つ、未だ研究途中の特性である。

この世界の人間は、炎、雷、風、石、そして水など、何か万物のソウルを必ず一つ持って生まれてくる。己のソウルに関わる食事や環境によって、健康、精神、そして人生が左右されてしまうのだ。


「よかった。傷、塞がっていきますね。」


勢いよく水を飲み干すハチクの身体中の擦り傷が、ホワ・・・と徐々に消えていった。彼のソウルは、『水』で間違いなかったようだ。

彼はボトルの水を飲み切ると同時に、ボロボロと涙を流し始めた。


「・・・ゔぅっ、死ぬかと思った・・・!!ズズッ」

「ああちょっと、気持ちは分かりますが勿体ないです。今は傷を治すことに集中してください。ね。」

そうハチクの背中をさするシオンの元へ駆け寄った自衛隊により、ハチクは抱き抱え運ばれていった。

再び、シオンは瞳孔を黒く染め、その場から立ち上がった。


「おい!君もはやくこっちへ来るんだ!」


そして隊員の声も無視して、ゆっくりとヒトモドキの方へと歩いていった。


呻き声を上げ、車輪に手足と舌が絡み込んだ無惨なそれは、彼を見つけるなり、「ヒト、ヒト、自分カラ来ルバカ、ヴマゾヴ」と、喉が枯れ切った声を上げ、車輪から覗く舌から涎を流し始めた。

そんな奴に向かって、シオンは語り始めた。


「ヒトモドキさん。僕は『塩』のソウルを持つ人間です。きっと僕の方が美味しいでしょう。食べるなら、僕を食べてほしいです。」

「ア゛ヒイッ!シオ!シオ!ダベルゥ!!」


『塩』という言葉に呼応したヒトモドキ。サイクルに絡まった身体中をガチャガチャと跳ねさせ、涎を撒き散らした。


「何言ってるんだ君!下がりなさい!」

「ねえ、どうしてそんなに俺を庇うんだよ!」


シオンは、呼び止める隊員も、叫ぶハチクも、顔にかかる奴の涎も他所に、厨房から持ってきた包丁を、震える手で取り出した。


「でも、もしどうしてもハチクさんを食べるというなら、───────僕が、お前を千切りにします。」


舌を蠢かせ喜びかけていたヒトモドキに向けて、包丁を刀のように両手で構えた。

深淵のような瞳と刃が、ヒトモドキの姿を映し捕らえる。


最上階から始終見ていたスバルは頭を抱えていた。

「ちょっと〜!!素人が飛び込んじゃダメだって!!あああ、被害者が増えちまう〜!自衛隊、彼をはやく止めてくれ!!・・・あれ、何だい?」


標的の態度は一変し、ブルブルと縮こまり、絡まったサイクルをガシガシ蹴りながら、その場で叫び出した。


「・・・ギャーーーーーー!!!ダズゲデーーーーー!!!!許シテ!!許ジデ!!!誰カ!!誰カーーーーーー!!!ケーサツ!!!ケーサツヨベ!!!」


耳障りな断末魔と、サイクルの部品が砕け散る金属音が、広場を包み込んだ。

───────先程まで刀に構わずハチクに噛みつこうとしていたそれは、包丁一本で様子が一変したのだ。


「君、国の言うことに従いなさい!一般市民の公共の場での刃物の使用は、立派なペナルティに値する!」

「ふぐっ放してくださ・・・あっ!」


シオンは隊員から強く羽交締めを食らい、ふと包丁を手から放してしまった。

カァンと軽い音を立てて放り落ち、シオンの目の前で、くるくると弧を描いて回った。


「・・・っ!」


ヒトモドキは、腹の口角を上げ、車輪が外れた口腔を2人に向け飛びかかった。


「好奇!!!イタダギマ─────」


奴が寄声を上げると同時に、ストトトトトト。と、静かに数多の矢が放たれるような音が響いた。

誰の瞬きも許さぬ速さで、藍色の液体が詰まった注射器が、奴の体に無数に刺さっていた。鋭い痛みに打ち震えたヒトモドキは、声もなく固まった。


「何がペナルティですか。子供2人も守れないくせに。」


「・・・っこの声!!」


目を向けた先には、謎の医療用ベッド型の小型飛行艇に乗った、藍色のボサボサの長髪を結った白衣の青年が、高くから見下ろしていた。注射器を投げた手をハンカチで拭い、上空で白衣をたなびかせながら、ふわふわと浮いていた。


センタービルの最上階から、

「シュウリーーー!!!君なら来てくれると信じてたぜい!!!さっすが俺様が認めたイチバンボシだぜい!!フォウ!!」と、涙声のスバルの声が音声拡大魔法に乗り、街中に響いた。呼応するように、シュウリと呼ばれた青年への歓声が、四方八方から溢れる。


「本当に世話が焼ける大統領だ。ブローチは錆びで音声回路が止まっておりましたよ。僕の監修を待っていれば、避けられた事態ですね。」


歓声に耳を塞ぎながらため息をつく彼にヒトモドキの標的は変わり、空中に注射器まみれの身体を放り出した。

「ジャマスルナ!!ゴンナノイダグナイ!!!」


青年の鳴らした指が、「チャプ」と海水のような音を立てた。


「『オペレーション:浸漬』」


その一言で、無数の注射器の押し子が、ピュ。と一斉に沈んだ。

奴の漆黒の体が、じわじわと藍色に変色していく。


「ア?・・・!!ブホッオッオッオップッオオ・・・プホッ、ホッグオ・・・」


その場に倒れ込み、溺れるように足掻き出した。ありもしない鼻腔に手を当てて、沈むように弱っていった。藍色の涎が、奴の口から溢れ出す。そんな最期を見届けるように、彼はマゼンタの片目を眼鏡から覗かせ、海水の入ったボトルに嫌々口をつけた。


「『海』のソウルがそんなに美味ですか。・・・お大事に。」


────黒い煙を纏い蒸発し、跡形もなく散っていった。

残ったシオンのサイクルの隙間に1つ、赤いストラップ状のお守りが絡まっていた。

あれだけのヒトモドキの脅威は、白衣の英雄により一瞬で型がついたのであった。


スバルが静寂を切り裂き、

「フウガの皆様、大変お騒がせしました!たった今、我らがイチバンボシ:シュウリがヒトモドキを討伐致しました!・・・〜〜〜っ脅威は去ったぜい!みんな安心して生活を続けてくれよな!!そこのサイクル投げた少年も、青い髪の少年も、ナイスだぜい!!でも次はすぐ大人を頼ってくれよい!!」


と音声拡大魔法機に向かって民衆に声をかけた。

街中に響いた大統領の声で、フウガの民達は安堵し、建物からポツポツと姿を現し出した。シオンを捕まえていた自衛隊員も、


「君達の事、上手く上に伝えておくから・・・でも次はないぞ!本来は本当に本当に立派なペナルティだからな!」

そう言って、やたら宙から睨んでくるシュウリから逃げるようにシオンを放し、撤退した。


民衆から次々と握手を求められ、「僕なんて下町の小さい弁当屋なんで・・・そんな・・・」「はい、普段はそこの商店街で、はい!」と照れながらも座り込んだまま握手に応じるシオンを優しく見つめ、シュウリは飛行艇を地上に降ろし、壊れたサイクルへ向かった。

民衆に声をかけられても「どうも」「いつもの事です」「僕サインとかないんで」「ここから離れてください」と、乾いた態度であしらった。人が去って行くのを見届け、サイクルに絡まるお守りを解き、


「彼奴らが毎回落としていくこれ、謎なんですよね。」


ポツリと座り込んだままのシオンに対し、それを揺らして見せ、ニコリと微笑んだ。

藍色の無造作な髪。マゼンタと灰色のオッドアイを包む四角い眼鏡。寂れた弁当屋を構える彼にとって、それは確かに見知った顔だった。

未だ震える足に力が入らぬまま、シオンは恐る恐る口を開いた。


「───常連さん・・・ですよね。その手脚は、どうしたんですか。いつもの車椅子は?」


純粋な疑問の数々にふふっと笑みを溢し、白衣の袖で口を覆った。

「そうですよね。この姿でお会いするのは初めてですよね。元々、君に見せる気など甚だありませんでしたよ。シオン君。」


そう言って、白衣の内ポケットにヒトモドキの落とし物を仕舞い、座ってシオンに目線を合わせた。座る際、義足から微かに水の音が響いた。


「改めまして。──────宝星会:イチバンボシと、マクロ学院機械学科の主任講師を勤めています。『シュウリ』と申します。今度ともよろしくね。」


改めて名乗った青年は、機械で構成された義手の掌を、パチャリと差し出した。


なろうの機能を何も分かってないので、投稿の仕方などに不備があれば、お手数ですが教えて頂けると幸いです。

5/6、誤字直しました。また見つけたら直します。

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