葦原響というニンゲン 2 side Kaguya
段々と絆されている…………のかなあ?
「……葦原君」
彼の言葉に、自分でも表情が変わるのが判った。
本人でも自覚している普段は能面の様なそれが、緩んだのが自分でもわかったのだ。
彼 ――葦原 響にとって、霊は異常なものではない。 そんな彼にとって異常、異質なのはどう考えても、何を如何取り繕ってもわたしの方なのだ。
なのに彼の「好奇心」はわたしそのものではなく、霊 ――わたしの「目的」に向けられた。
「貴方、……やっぱり変」
「……へ、変って何!? やっぱりってどういうこと!?」
変、というには少し違うのかも知れない。 個々人のモノの捉え方が違う以上、単純にそうなのだとは恐らく言い切れない。
「こういう場合、目的より正体が先に来ない……?」
「そ、そう……かな?」
だが少なくともわたしはそう思える。
そして人間の常識から掛け離れた存在であるわたしが、そうやって変だと思える人間がいることが、何処か可笑しくて、楽しい。
「だって、貴方は霊よりも先に、わたしの翼を見ているもの……」
言ってわたしは翼を広げる。
深い、夜空の色をした翼。 わたしの生まれた空と同じ色をした翼。
それを見た彼の瞳が若干色を変える。
………驚き、だろうか?
でも彼の様子にそれ以上の変化はない。
と言っても呆けているわけではなさそうで……。 そんな彼の思考を予想するなら、「ああ、そういえば」という様な、その程度のものに思える。
忘れていた……?
まさか、そんな事はあり得ない…………はず。
如何見ても人外の翼 ――小鳥や天使の様に綺麗なモノじゃなく、所謂悪魔の様な、皮膜状のそれが背にあるのを見て忘れるなんて……。
でも彼の表情はそのまさかにしか見えない……。
「………そう言えば、最初ここで神巫さん見た時って、すごくびびってたよね、僕」
くすり、と笑って彼は言う。
当然その表情に恐怖の色は無い。
全く無い。
欠片も無い。
フォーマット後のHDばりにまっさらだ。
言われてみると彼が多少なりとも恐怖の感情を見せていたのは、夜の公園で会った時くらい………。
学校で話した時は落ち着かない風ではあったが、恐れている様子ではなかった………。
つまり…………。
単純に、わたしの殺気を恐れたわけではなく……周囲の霊気やその残滓の影響を受けていただけ、という事だろうか………?
だけど、一方でそういう理由があったとしても、彼にとってわたしが異形である事に違いは無い。 恐れない理由には決してならない。
何なのだろう。
この葦原 響という人間は。
――ああ、わたしは今確かに笑っている。
普段は能面の様な無表情が、自身でも知るその鉄面皮が緩んでいるのが自分でも判る。
この葦原 響という人間があまりに奇妙で、あまりに愉快で。
「ホント、変な人……」
「そういう自覚はないんだけど」
ないんだ……。
「十分変……。
ヒトは異端を排斥するものでしょう? 個々の思想はどうであれそれが歴史的事実だもの……。
少なくともそう言う意味でも貴方は自身を普通ではないと自覚すべき……」
多少沈黙を挟み、彼は再び口を開く。
「……それって、少なくとも褒めてないよねぇ?」
「さぁ?
それでも鋳型から出てきたような量産型よりは評価してるつもり……」
「鋳型って言い方もすごいな……」
流石に口が過ぎた事を感じ、わたしは言い訳のように言葉を紡ぐ。
「型通り、何て言葉があるわ。 型を造るのは鋳型でしょう……?
ああ、何も型通りが悪いとは思ってるわけじゃない…、そんなニンゲンが必要なのも理解する…、けどつまらないのは確か、っていうこと……」
饒舌になっている自分。
不思議、というより奇妙な感じだ。 彼の前で話しているのが本当にわたしなのか、自分でもよく分らなくなる。
あまり突飛なのも困るのは事実だし。
脳裏に浮かぶのは、教室でも更衣室でも迫ってくる図々しいクラスメイト達。
「……話が逸れてる……。
それで、教えてくれないの……?」
そう、このよく解らないヒトの目的。 考え。 その思想を。
「……――ごめん。 今は好奇心以外の言葉は出てこないよ。 うまく言葉に出来ない」
言って頭を掻くその仕種に、妙なところは無い様に思える。 一応真面目に考えてくれているのだろうか?
もっとも、他人の顔色を真面に捉えた事もないわたしにそれを把握する事はとても難しいのだけれど……。
「で、こっちの問いには答えてもらえるのかな?」
……切り替えが早い。
先程の仕種は演技だったのか、と思いもするけどたぶん気のせい。 彼は普段からそんなところがある人間だ。
「……前にも言った……。 ヒトに話すような事じゃない……」
「なら別の質問ならいいかな?」
めげない。
めげろ。 めげてしまえ。
「不許可」
思わず即答してしまう。 自分で言うのも情けないが、会話でこうも早く反応できるわたしというのも珍しい。
「……――神巫さんの周りに霊が出るのは偶然? それとも必然?」
だがわたしの言葉を無視した形で彼は話を進めてしまう。
わざとなのか、端から言葉を挟ませるつもりはなかったのか、微妙なところ。 わたしの言葉が聞こえなかった訳でもないのに、それに対する反応がない。
……天然な部分も多大にあるけど、これは計算済みの反応にも見える。 だとすると意外と喰えないタイプ……、かも知れない。
本当に、他人と話すというのは……未知だ。
わたしは思わず溜め息を吐く。
「………両方。 偶然でもあるし必然でもある……。
これで満足……?」
「……せっかくの回答だけど、それ……答えになってる?」
少しだけ固まった表情で彼は言う。 どうも手玉に取られ続けた感があるから、ちょっとだけ「いい気味」と思わなくもない。
内心鼻で笑いつつわたしは口を開いた。
「……なってる。 貴方は偶然か必然か聞いただけ……」
「いやいやいや、ふつーはそこで理由も語るもんじゃないかのぉ?」
……何故、そこで無駄にお年寄りっぽい感じになるのか。
それが変に堂に入ってるのが、ちょっとだけ楽しい。
「……わたしが普通じゃないって、気づいてなかった……?」
「……………」
この答えは予想外だったのか、彼は口を噤む。
……今日は余計な事まで話した気もするし、もう姿を消したほうがいいと、そう思った時だった。
「香久夜はん」
わたしの名を呼ぶ、声。 それも聞き慣れた、それ。
――すぐ後に感じたのは、正直言って怒りに近い感情だった。
だが、もっと後に感じたのは…………、感謝に近い言葉だったかもしれない。 でも、それを自覚するのはもっと、もっと、ずっと後。
「あら? あらあらあらあら。
遅う遅う思うとりましたら、……逢い引きでしたん?」
足音も物音も立てずに、すーっとそこに現れたのは、殆ど白で統一された和服に身を包む、わたしの保護者たる女性だった。
好感度が「1」上がりました。
響「1だけっ!?」




