漆黒の天使 3 side Hibiki
ふたりっきりの空き教室。
そこに甘酸っぱい空気など皆無(≧▽≦)!
普通、こういう「妙」な会話って屋上とかでするもんじゃないのかな、とそれこそ今の雰囲気とは似つかない「妙」な事を考えながら、僕は彼女の言葉に耳を傾ける。
ここは美術室。
まあ、屋上が解放されている我が校はこういう特別教室の方が人の出入りは少ない。 放課後なら美術部員もいるのだろうし、何らかのコンクール前などなら昼休みも詰めかけているのだろうけど、幸い ――かな?―― にして今は無人。
ちなみに彼女の視線は、恐らくとても冷たい。 表情に変化が乏しいからこちらは空気や雰囲気でそれを読みとるしかないのだけど、ある意味今の彼女の持つ「空気」はとても判断のしやすいものだった。
「……どうして、わたしに話しかけられたの?」
この質問はここに来て2度目。
先程までと同じ平淡な口調。 でも怒っているように聞こえるのは、きっと気のせいじゃない。
といっても、僕は彼女の質問の意図が理解できずに沈黙したままだ。
それを繰り返す訳にもいかないだろう。 これは正直に訊いた方が吉か。
「ごめん、神巫さん。 何を訊きたいのかよく解らないんだけど……?」
そう言われ、彼女はどう思ったのだろう? 今度は彼女が口を噤む。
何か言いづらいことがあるのだろうか。 それとも言葉を探しているのか、僕には判断できない。
無表情のまま押し黙り、こちらを見つめる視線。
しかし状況から判断するのであればその感情は困惑なのだろうか?
「……あの」
「昨夜」
僕と彼女の言葉が重なる。 悲しいかな、僕のセリフは彼女のセリフに飲み込まれている。 うん、我ながら弱い……。
「どうやってあの場所に?」
抑揚のない彼女の声は、当然アクセントも平淡で、それが質問なのだとすぐに気づけない。 もっともそれ以前に、僕は彼女の質問の意味するところが全く理解できないのだけど。
「……えっ、と……柵を乗り越えて」
そう言う意味じゃないんだろうな。 思いつつもそれ以上の答えなんて見つからない。
まさかと思う答えがない訳ではないが…………いや、まさか……ねぇ?
「……あの場所は普通のヒトは入ってこられない」
「えっ、立入禁止だった?」
暗いから看板を見逃したのだろうか?
…………いや、違う。 まただ。 また文脈が妙になっている。
そしてなにより今の彼女の口から出た「ヒト」という言葉のニュアンスが強烈な違和感を僕の中に生む。
何だろう、この違和感は。
立場の違い、立ち位置の違い……。 その程度の違いではない様な、でも言葉に出来ない強烈な相違点。
「……ごめん。
忘れて」
そう言って背を向ける彼女にはもう疑問は残っていないようにも見えた。
違うか。
疑問の解消を諦めたのか、彼女は。
「あ、神巫さん」
「忘れて、と、言った」
ピシャリと、呼びかける僕になかなか容赦のない一言。 とは言っても僕に引き留める言葉はない。
恐らく彼女の言う疑問を理解し切れていない僕に言えることはないのだろう。
言葉を失う僕を尻目にその場からいなくなる彼女。
それを待っていたかのように何人かの生徒が入ってくる。 タイの色が赤 ――3年か。
「あ、すいません~。 これからちょっとミーティングがあるんですけど~」
普段はほとんど空き教室だから気にはしていなかったのだけど。
「こちらこそすいません。 今出ます」
他の生徒達にも頭を下げながら美術室を出る。
廊下の先にどでかい図体 ――僕の担任にして美術部の顧問の香取が見えた。
「先生、急に放送なんてかけるから何かと思ったじゃないですか」
「あぁ、俺ミーティングって言ってなかったか?」
「言ってません」
何人かの生徒 ――美術部員だろうな―― と話している。
「あぁぁ~、そだっけか? でもわかったろう?」
「わかったのは先輩達だけですっ!」
ああ、いい加減なるかな、我が担任よ。
だからこそ僕への追求もそう厳しくはないのだけど。
「はははっ、すまんすまん。
昨日言っておくの忘れたんだが…………」
一応担任だし、会釈しながら僕はその場を去る。
しかし、放送なんてあったろうか?
それに気づかないほど彼女に集中していただろうか?
釈然としない。
何となく頭に浮かぶのは「化かされる」という単語。 狐や狸に化かされるというのはこんな感じなのだろうか? まるで自分ひとりだけが霧に包まれ彷徨っているような、夢とも現とも付かない曖昧な感覚。
――ならば彼女は狐か狸か、それとも物の怪の類か。
そんな思考に苦笑する。 ずいぶんと可愛らしい物の怪もいたものだ。
そしてそんな自分の思考を嘲笑する。
何にしても、「普通」じゃ、ないんだろうな。
そう思う。
――当たり前だ、普通とは言えない。
日本人離れした白い肌、銀に近い薄い色の髪、紅い瞳。 アルビノの様な目立つ風貌でありながら、何故か目立つことのない、目立たず存在感すら希薄なあのクラスメイトが普通であるわけがない。
だけどそれはある意味懐かしい空気。
かつて「普通ではない」祖父と暮らしていた時の空気ととてもよく似たもの。
――ああ、そうか……。
その考えに至った時、僕の中で得心がいった。
そう言う意味でも「普通」じゃ、ないのか。
もっとも。 後になって、僕の「普通じゃない」レベルと彼女のそれは、ずいぶんと懸け離れたモノであることを僕は知るのだけど。
ひとりで納得しないでちゃんと説明して下さい、主人公くん!




