神巫香久夜 1 side other
懲りずにコンタクトを計ります。
で、漸くネタばらし回なのですよ。
自分がしようとすることについて、彼は明確な理由を見いだすことを出来ないでいた。
ただ祖父の言葉を脳裏に響かせながら、譲り受けた形見を手に、その手入れをしている。
実際にそれを実戦で使ったことは数える程しかないが、生前祖父はそれの使い方を熱心に彼に叩き込んでいたし、祖父が死んでからも練習、手入れを欠かしたことはほとんどなかった。
といっても最近は流石にサボりがちだったが。
時間は、午後八時を過ぎて久しい。 だが、以前彼女に逢った時間よりは若干早い。
葦原 響はその形見を懐に仕舞い込むと玄関を出た。
――懐にあるのは若干短めの小太刀。
銘はなくとも伝来の、祖父の形見の刃を持ち、響は歩き出した。
響の家からその公園までは、歩きでも十分程度しかかからない。
近場といえば近場の場所で、香久夜は相も変わらぬ無表情のまま刀を振るっていた。
こちらに気づいたのか、一瞬だけ視線が交わる。
そこにあるのは驚愕でも困惑でもなく諦観の様に見えたのは彼の勘違いではあるまい。
そんな視線を切った少女の相手は、何やら白い靄の様に見える。
そう、靄 ――普通の相手ではないのだ。
しかも、そこそこ数が多い。 にも関わらず香久夜は無表情で、淡々と靄を斬っている。
それらの「靄」は響の感覚で言うなら、世間一般でいわれる「霊」。 かつて彼の祖父が斬って浄化させていた存在。
だが、今香久夜の相手にしているモノは、彼の祖父が斬っていたものとは微妙に違うモノだ。
彼の祖父が斬っていたモノ、世間で「霊」と称されるものの殆どは、いわゆる「魂」ではなく、死んだ生き物、生きているものの「残滓」に過ぎない、
言ってしまえば、「命」ではなく「思念」の残り香。 「魂」が「霊」としてこの世に留まることが無いわけではないが、滅多にあるケースではない、はずだった。
なのに香久夜の相手にしている靄は、恐らくすべてが、響が今までに見たことのない「霊」 ――即ち「魂」。
確率的には本来あり得ない数のそれ。 その数からいうなら天文学的な確率でそこに存在する「モノ」たちをあっさり斬り捨てる彼女の刀は、ならば霊刀、神刀の類か。
無数の霊は、何故か彼女に群がるが、何をするでもなく撫で斬られてしまう。
まるで火に飛び込む夏の虫のようだ。
「…………」
響は黙って彼女の演武を見つめる。
今なら彼女の不可思議な言動もいくらかは理解できる。
結界。
言霊。
恐らくだが彼女はそういった力を行使していたのだろう。 それが何故彼に効果を及ぼさなかったは響も解らないが。
「…………っ」
彼女の口から漏れるのは刀を振るう時の呼気だけ。 そのせいで周囲にはあの耳慣れない斬撃だけが響く。
今宵も月は真円に近く、ある意味不気味、ある意味幻想的なシーンだ。
しかし時折霞む朧月は周囲の全てを朧に変えている。 輪郭がぶれる様に揺らいで見えるのだ。
恰もそれらが幻で在るかの様に。
「……葦原君」
何時の間にか、彼の目の前に神巫 香久夜。 抜き身のままの刀を携え、3メートル程前方に立っている。 達人ではなくとも剣をやっている者ならおおよそ一足刀の距離。
初めてここで逢った時と同じ感覚が蘇る。 肌が、泡立つ。
これは敵意というより殺意なのだろうか? 打たれる殴られる、ではなく「殺される!」と脳のどこかが警鐘を鳴らしている気がする。
「……忘れてと言ったのに、何故此処にいるの……?」
感情のない声。
だからこそ冷たい声。 冷たく聞こえる声。
刀が持ち上がる。 長さは日本刀としては中程度か、彼女の手には若干長すぎるくらいだが、その反りその刃紋は間違いなく業物だ。
これならちょっと振られるだけで、指くらいは軽く落ちるし、腕でも斬り落とされるだろう。
「忘れられないからね。
ここにいるのは……好奇心、っていったら怒るかな?」
「正直、感心はしない……」
意外にも軽口に付き合う彼女に、響は多少驚きながらも口を開く。
「……うちは祖父が祓い師で、神巫さんも同業かと思ったんだけど……。
少し違うみたいだね」
それは確信に近いと、そう思っている言葉だ。
真っ直ぐに響を見つめる香久夜は表情を変えない。 もともと無表情なせいで、今もただ無表情でいるのか、それを装っているのだけか、判別できない。
「好奇心猫をも殺す、って言うけど…………、猫に、なる?」
それは間違いなく脅しの言葉。
ただ、脅しには違いないのだけれど、脅かしているだけなのか本気でそうするつもりなのか、やはり響には判別出来ない。
「今のとこ、猫になるつもりはないけど」
言いつつ少し片足を退く。 ほんの少し腰を落として力を抜く。
問答無用で斬りかかってくるとは思わないが、この状況で全くの無防備でいられるほど肝が据わっているわけではない。
「……なら何故余計なことを知ろうするの? ……分を弁えない好奇心なんてただ迷惑なだけ」
「………………」
そう言われると「好奇心」の響より香久夜に理がある。
香久夜自身、いわゆる不審者であることに間違いはないのだから、まあ通報などをされる理由はあるのだが、だからといって彼に付きまとわれる理由はない。
「なら、不審者がいるようなので確かめに来た、っていうのは?」
「貴方以外認識できないのに? 変な事を言う人がいるって思われて終わり……」
響にそのつもりはないのだが、脅しているように聞こえたらしい。 他人に「視えない」自分を通報しても無駄だと。
「…………自分でも言葉にはしづらいし……」
嘆息し、彼は改めて言葉を綴る。
「分を弁えないかどうかは知らないけど、好奇心だけってわけじゃ、ない……と思う」
言われて香久夜は刀を下ろす。
言葉通り、今の響に明確な答えがあるわけでもないが。
「……だからってヒトに教えるようなことじゃない」
「神巫さんの『ヒト』って言葉は、なんか普通に使う『人』とは違うよね?」
響の言葉に香久夜はほんの少し口の端を上げた。 珍しく、笑み。 でもどこかシニカルな、小馬鹿にした感じのそれ。
「……葦原君、……普段の授業もそれくらい真面目にしたら?」
馬鹿にされていた。
実際、響は国語の成績があまり良い方ではなかったりする。 つきあいのない香久夜から見るなら、そんな響が自分の言葉のニュアンスに気づいたのが意外なのかもしれない。
もっとも、実際には響に読解力がないわけではない。
どちらかと言えばある方なのかもしれないが、文章を深読みしすぎて点数を落とすタイプだ。
ちなみに読解に関しては『正しい答えなんて作者本人しか知り得ないだろう』が持論。
「授業も面白ければまじめにやるけどね」
そう言ったとおり、響の成績はその時の教師の授業内容によってかなり左右されていたりする。 言い方を変えれば、得意な科目はないが弱点もない。
だからこそ理解する。 今の彼女の言葉は、響の確認に対しての肯定だ。
「………で、答えてもらえるのかな?」
内心の恐怖は封じ込め、微笑みながら問う。
悪寒すら伴いそうな、そんな肌の泡立つ様な感覚を押し殺しつつも、彼はそんな自分の感覚に疑問を覚えていた。
今の彼女に殺意は見えないのに、なのに何故こうも身を震わせる感覚があるのだろう、と。
「お断り」
そんな彼女の返答は至極シンプルだ。
「にべもない、ってのはこういうのかな?」
「葦原君の補習に付き合う気はないわ……」
言って香久夜は刀を振った。
納刀するようなポーズで一振りした長めの刀が、その姿を無くす。 といって納刀したわけではない。 そもそも彼女は鞘を持っていない。
なのにその刃は姿を消した。
「……さよなら」
そのまま彼女も姿を消した。
すっ、と身を翻し闇に紛れる様はまさに「姿を消した」と表現するに相応しい動きだ。
「……………………」
少しの間呆けていた響はざっと辺りを見渡した。
見えるのは、彼女がいたという痕跡の全くない、ただの公園の風景。
香久夜が刀を振るっていたということも、その刃が霊を斬っていたということも、今は夢の中の出来事であったかのように消えてしまっている。
まるで彼女自身が霊であるかのように。
だが、彼の身体に残る不可思議な悪寒が、彼女の存在を現実と結びつけている。 決して幻ではないと、識っている。
(とりあえず……)
「接触は失敗……っと」
おどけた様につぶやく。
彼女とのやり取りを思い浮かべ、明日はどうやって話そうか? 何て考える自分に気づく。
(神巫さんには迷惑だろうけど……)
苦笑しつつも、止めてしまう気にはなれない。 先程は答えられなかった「理由」が今更思い浮かぶ。
(ああ、僕は………)
「何か」がしたいんだ。
僕が僕として存在するうちに。
少しずつ距離は縮まっている……のかなあ?
前回エピソードで香久夜が突っ込んだ話をしなかったのは、響がただの一般人であった場合、この世界を識る事でワイズマンになってしまうのを危惧しての事です。
今回もまた人払いの結界を抜けてきた事でもう一般人扱いするのを止めてしまいましたが。




