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幽世の魔犬 side Kaguya

 立てるぜ立てるぜ、フラグを立てるぜ。



 わたしが斬った黒い魔犬。


 黄泉(よみ)のにおいのするそれは先程までとは違う、どうにも可愛らしい姿で、とても解り易く戸惑いを見せていた。

 周囲を見て、自分を見て、わたし達を見て、また辺りを見渡して、イスズと呼ばれていた少女からは微妙に目線を外しつつも、またこちらへ視線を向けた。


「――小僧」


 声を掛けられたのは葦原(あしはら)くん。

 彼は小さな男の子の声色(キー)で「小僧」呼ばわりされたせいか、こちらも多少戸惑っている様に見える。


「此処(ここ)は……何処(どこ)だ?

 いや、此処は…現(うつつ)、なのか?」


 彼 ――この子犬が雄かどうかは判らないが―― は辺りを見渡しつつ、そう聞いてきた。

 うつつ。 それは普通なら「夢」と対比して使う「現実」を表す言葉だ。

 でも、絶対と言うわけではないだろうけど、それは他人への問い掛けに使われるものではないだろう。


 なら……。


「あー……、アンタが夢か現かって訊いてるんなら、少なくとも僕は現実だって認識してる、と答える訳だけど……」


 葦原くんはわたしと同じ様な疑問を提示しつつも、言葉を続けた。 本来、現世(うつしよ)に居る事のない火を吹くこの犬に。


「現世か幽世(かくりよ)かって訊いてるなら、現世だね」


 中身は知らずとも、外見は子犬なせいか、葦原くんの口調はどこか柔らかい。 いや、柔らかくなってきている、と言うべきか。

 先程の、戦う時の彼とも普段わたしに接する時とも違う、子どもを相手にする様な感じだ。


「――莫迦(ばか)な……、何故儂が現に……」


「……とりあえず、こっちの視点で分かる事なら話せるけど?」


 葦原くんの視線は子犬から傍の ――先程その子犬を抱きしめた少女(いすず)へと向けられる。 そう言えばこの娘は何故ここにいるのだろう? 今回の件に巻き込まれた被害者なのだろうか?


「……――あっ、あたしが説明すんの? えーっとねぇ……」


 と、戸惑いつつも彼女 ――五十鈴は自己紹介から始まる、自分の周囲に起きた出来事を話し始めた。


 知らないクラスメイト。


 消えたクラスメイト。


 何も知らない友人。


 気づかないふりをしていた自分……。


 そして今日、それが気づかれてしまった事……。


「わ……儂はそんな事をしておったのか……?」


愕然(がくぜん)とする ――犬だけど、そうと判る様子で、彼は目に見えて落ち込んでいた。 見た目は子犬のようだけど、精神性は大人なのだろうか。


「でも、実際に動いてたのは筒川なんとかってあのゆーれいなんだし、ワンちゃんは悪くないよぉ」


 五十鈴はそう言って魔犬を持ち上げる。 子供、というか赤子をあやす様なそれは先程の「抱っこ」以上に屈辱的に思えるけれど、慰(なぐさ)められているのが解っているせいか、彼は抵抗らしい抵抗はしないでいた。


「あっ」


 ふと五十鈴が声を上げる。


「オトコノコ……」


「何処を見て言っとるかぁ!?」


 魔犬は先程の様に器用に五十鈴の手から逃れ、再び床へ飛び降りた。


「はははっ、じょーだんじょーだん。

 ところでワンちゃ……」


 笑みを浮かべながらそこまで言って彼女(いすず)は一旦言葉を止めた。

 視線がこちらへ向けられる。 正確にはわたしと葦原くんを行き来する。


「そういえばそのコってきょーの知り合いなの?」


 ムカッ


 …………この子がそう言うのも解らないではない。

わたしは身長は低めで体付きも細い。 高校生に見られないのは仕方ない。 今更ではあるし、理解も出来る。

 ならばこその「そのコ」呼ばわり。 ええ、理解出来ますとも。


「……わたしは葦原君のクラスメイト……。 小学生のお子様にそのコ呼ばわりは心外……」


 理解はできるが、言葉に怒気(どき)が籠(こ)もるのを止められない。 普段ならこの位で感情が漏れる事なんてないのに……。


 ……否(いや)、判ってる。 これは八つ当たりだ。

 傷だらけの彼 ――自分の思慮(しりょ)の浅さが招いた葦原君の危機(ピンチ)。 自分に対する苛(いら)つきが、言葉に混ざる、思考に混ざる。


 否、気持ちを切り替えよう。 これでは此方(こちら)が子供の様だ。

 出したままだった菊理(くくり)を仕舞う。

 意識して深めに呼吸をする。 若干落ち着けた心地で少女を見ると、彼女は少し身を引いていた。


 怖がらせた?


 ――いいえ、これは……。


「……貴女、視(み)えているのね……?」


 彼女の視線はわたしを直視していない。 わたしの後ろを ――今は閉じている翼の辺りに視線を向けている。 翼そのものが見えているのか、何かがあるのを感じているのか、どの程度かは判らないけれど。

 それでも気づいたのだ。 ヒトの姿をしていてもヒトでない自分(わたし)に。


「……わたしはヒト(ふつう)ではないけど、必要以上に怖がらないで欲しいわ……」


 わざとらしく嘆息(たんそく)する。


「……えっ、と……」


「子どもに見られた事なんて大して怒ってはいない……」


 少し低めの声で言ってみた。


「――!?」


「…………冗談よ」


 と、言ってみるものの彼女に変化はない。


「神巫(かんなぎ)さんがそういうコトを言うのも珍しいね」


 言葉のやり取り(キャッチボール)が終わりそうなところで葦原君が口を挟んでくる。

 フォローなのかもしれないけど、そもそも彼女は彼の知り合いであってわたしの関係者ではない。

 今日は偶々顔を合わせたかもしれないが、これから先関わりがあろう可能性はほぼなく、フォローだといっても無用のものになるのは目に見えている。 

 尤(もっと)もフォローではなく、単純にそう思ったから言っただけかもしれないし、事実彼の言う様に、珍しく饒舌(じょうぜつ)になった部分はあったかもしれないけれど……。


「……言わないと解ってもらえないのは貴方も同じだから……」


「手厳しいね」


「……厳しく、なんてことはない……。

 わたしが慣れた、っていうコト……」


 苦笑する彼に一言。


 必要がないと、得ようとしていなかったわたしの技能(スキル)。

 彼の介入で変わった事象のひとつ……。 それでも、クラスメイトとの妙なやり取りは今も苦手だけれど……。


「もう良いかな、童(わらべ)よ」


 会話の途切れるのを待っていたのか、遠慮がちに魔犬が声をかける。


「先程、儂に何か言わんとせんかったか?」


「……あ、ワンちゃんの名前はなんて言うの?」


 五十鈴は魔犬の言葉に、意識した感じで明るく言った。 ……いい子なのはいい子なのね……、この子。


「名か?」


 明るい調子の少女を前に、魔犬は何かを探る様な不思議な表情を見せる。


「…………儂の名は……」


 言葉が止まった。 言葉だけでなく動作も、呼吸さえも止まってしまった様に見える程ピタッと止まった。


「……何か……何となく予測は付くけど…………覚えてないのか?」


 葦原君の言葉に魔犬の彼は苦悩する様な口調で言葉を綴る。


「…………記憶のあちらこちらが、まるで虫食いの様じゃ……。

 幽世……巨大な門……死者……罪人(つみびと)……黄泉醜女(よもつしこめ)……」


 呟く様に魔犬は言葉を発していく。

 自身の思い出せる言葉の羅列? それによって沈んだ記憶を引き上げるという算段(さんだん)だろうか。

 だがそれは上手くいっていない様に見えた。

 いや、それよりも、彼の言葉は傍らに居るわたしの記憶を刺激した。

 この魔犬は彼処(あそこ)に……居たのだろうか?

 ただ「幽世」という広い世界に居た、というだけではなく、「門」の判る所に……?



 もしかしたら彼はわたしを知っているのだろうか? もしかしたらわたしは彼を知っているのだろうか?


 ふと、そう思った。



 色々と立てたフラグやら伏線やら……。

 回収漏れがない様に気に掛けなくては…………。

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― 新着の感想 ―
香久夜の視点なのか……そっかいたんだ……。 五十鈴と響の印象が強かったから、すっかり忘れてました。 (^~^;)ゞ 記憶をなくしているし、犬もマスコットレギュラー化しそうな流れですね〜。 (・∀・)…
ワンコくんは記憶を亡くしてる? そもそも操られていたみたいな感じなのかな〜? カグヤちゃん、五十鈴ちゃんにも冗談言えるくらいに成長したんですね〜♪ 伏線回収……夜の彼方でも回収忘れが多かったんでし…
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