夜の行方 2 side Hibiki
脅迫。 それは脅して迫る行為。
「じゃあ、フランベルジュね」
自らの記憶に思いを馳せる魔犬を尻目に ――とは言ってもその言葉とは裏腹に魔犬はリフトアップされているが―― 五十鈴は唐突にそう言った。
「ふらん……何?」
「フランベルジュ。
ワンちゃんの名前」
ああ、フランベルジュね。 波打つ炎の様な形の刃を持つ剣。
成る程、炎の魔犬の名にはストレート過ぎる気もするが、まあ悪くはないだろう、……って、何故名前を付ける?
「儂の、名だと?」
「何故名前を?」
僕と魔犬の言葉が重なった。
「だって、ワンちゃん、モトいたところに帰れるの?」
五十鈴の言葉に僕は魔犬へ目を向けると、彼は口をあんぐりと開けていた。 視界の外で何となく神巫さんが顔を背けた様な感じがしたが……、気のせいか?
「帰れないんなら、一応でも何でも住むトコあった方がいいんじゃないの?」
彼女は、ぽかんとした顔で口を開ける魔犬をリフトしたまま小首を傾げる。
これはセールストークじゃないか? 名前というインパクトを与えた直後に、さっと外堀を埋めにきた様な感じがある。
そしてこの流れで五十鈴の望むものは……?
「だから、ウチの子になろ?」
微笑んだ。
「……お前、さっきまで必死に逃げてた相手だろうに……」
「だって中身だけじゃなく外見だってもう別モンじゃない」
そう割り切れるのは一寸感心する。 中々そうは思えるモンじゃないだろ。
まあ同一個体とは判らないくらいに見た目からして違ってはいるのは理解出来るけど。
「そもそも、飼えるのか?」
魔犬の意見はさておいても、就学児童の問題として、家族の意見は無視できるものではないだろう。
「うちは小さいけど一軒家で、親はオカルトに対してまったく造詣はないけど、あたしには基本的に甘め。 アレルギーなしペットなし。 なのでたぶん問題なし」
口に出す前にある程度の事は考えていたのだろうか。 あっさりと返答する。
「待てい。 儂の意見はどうなる」
(僕の中では)さておかれていた魔犬が口を挟む。 まあ当然か。
「…………イヤ?」
小首を傾げて可愛さアピール、ってわんこに効果はあるんだろうか?
「……このケルベロスともガルムとも謳われた儂に、飼い犬になれと?」
唸り声。
まあ、かなり高位の妖物だろうし、五十鈴の提案は全く本意ではないだろう。 口元から漏れる火がその証か。
「今の世の中ノラちゃんは生きにくいんじゃないかなあ?
――保健所とか」
今度は脅迫かっ!?
見た目は普通に女の子をしているのに、この強かさ……。 能力者故の苦労のせいか、それとも彼女の生来のものか……。 どちらにせよ、ホント、将来有望だな。
「神巫さんはどう思う?」
話し合いをするふたり(?)を尻目に僕はクラスメイトへ視線を向けた。 会話に混ざらない彼女は今何を思っているのか。
「…………どうって……?」
「んー、わんこの……進路?」
会話に入らなかった彼女が、それを全く聞いていない場合を想定しての、概略。 の、つもりだが自分で言っておいて、それで理解できるか、と思わなくもないな。
進路って何だよ、と内心セルフツッコミ。
「そうね……。
その犬に関してはわたしは斬る気はないし、飼われるなら飼われるで構わない……」
そこまで言って彼女は言葉を切った。 切った、というのは正確ではないか。 彼女の「回答」はたぶんこれで終わっている。 だが、まだ何か言いたげに思えた。
「…………神巫さん。 どうか、した?」
だから続きを促す。 ……そうしないと彼女はその先を口にしないだろうと思った。
「………………ん……、葦原、君……。
……ごめん、なさい……」
伏し目気味に何故か謝罪。
僕は彼女に何かされたろうか?
「……何の事? 何かされたっけ?」
神巫さん相手なら解らないことはストレートに訊いた方がいい。 それがここの所の経験で知った事だ。
「……今夜、のコト。
わたしから言った。 ……手伝って、って。
……なのに此処にわたしは居なくて、貴方は危険に晒された……」
そう言われてみると、まあそんな気もしなくはない。 だけど、もとより首を突っ込んだのはこちらの方だ。
「忘れろと言われて、それでも近づいたのは僕だよ」
彼女が責任を感じる必要なんて、ない。 だけど状況的にそう感じてしまうのも解らなくもない。
そしてその一方で、僕がもっと強かったのならこんな状況にはなっていなかったと、そう思う。 僕があの魔犬に圧倒していたなら、彼女はこんな表情をしなかったろう、と。
そんな僕の心に何かが囁く。
『圧倒する力は持っていただろう?』と。
水蛟ではない。
天狐でもない。
無論「王」でも、ない。
ただの、僕の迷いの声。
だから無視をする。 ただ蓋をする。
「気にしなくてもいい、と言っても気になるからこその謝罪なんだろうけど、僕もこれが仕事みたいなモンだよ?
どちらかがひとりで来ていたら最悪の結末だったかも知れないと思えば、寧ろお互い幸運だったんじゃないかな?」
軽く言ってみせる。
――これは優しさじゃない。 彼女に対する優しさでは決してない。
自覚しているそれは悔しさだ。
自分で判断し自分で行動した末、結局の所水蛟の力を借り神巫さんの助けを受けた上での勝利。 情けないにも、程がある。
修行が足りない ――結局の所それだ。 技術的にも精神的にも、未熟なのだ。
年齢的にはもう成人で、肉体的にはそこいらのアスリートを圧倒できる能力持っていても、だ……。
長期に亙る修行は伊達じゃない。 近接戦闘であれば、現代人で僕と闘える人は、そうはいないだろう。
自惚れではなく、そもそも職業軍人でもなければここまで鍛える必要がないからだ。
だけど僕の相手は妖物だ。 人じゃないモノだ。
会ったことのない「敵」。 会うことのないと思ってしまった「敵」に、油断したのだ、僕は。
だからこその、足りていない修練。
井の中の蛙的な思考。
その結末が彼女からの謝罪で締められるなんて、悔しくて、情けなくて、泣けてくる。 実際に涙を零すわけじゃあ、ないけど……。
「気にしなくていいんだ。 寧ろ当たり前だと思ってもいい。 さっきも言ったけど、仕事みたいなもんなんだから」
……まあ、今回は「仕事」などと銘打っていても仕事じゃない。 元々僕の首を突っ込んだだけの我が儘に過ぎないけれど。
「……それは……多分わたしには難しい……」
そうなるのか……。 まあ僕でもそう言うかも知れないけど……。
ふむ、……僕でも、か。
なら必要なのは……、対価……? それに見合う対価。 いや、見合わなくても納得できる対価。
「……なら、さ。
暇な時でいいからゴハンでも作ってくれない?」
「………………はぇっ?」
返ってきたのは不思議な答え ――ならぬ疑問符いっぱいの表情。 基本無表情な彼女のこういう顔は、もしかするとかなりレアなんじゃなかろうか?
「自炊や店屋物だと飽きが速いんで、偶にはヒトの料理が食べたいなぁ、と」
図々しくも、言ってみる。 真意は心の奥底へ、軟派な表情に思える様に、砕けた口調で極軽く。
「………………ん……そう、ね……。 暇な時に、ね」
多少考えた風ではあったけど、彼女はほんの少しだけ笑みを浮かべてそう言った。 何だか見透かされた感が凄いなあ。 別にいいんだけど……。
少し気恥ずかしくなった僕は視線を逸らす。
「この……ガルムともケルベロスとも謳われた儂が……飼い犬か……。 は……はっ、……はは……はははは……」
そちらには進路問題が解決したのであろう、わんこの力ない姿があった。
少し、哀れな気もする。 哀れであっても手助けする気はないが。
「進路相談は終わったのか?」
五十鈴に声をかける。 見れば予想できるが、まあ枕だ。
「しんろ……?
ああ、はいはい。 ふらんとはソウゴリカイの結果同居が決まりましたっ」
…………変わった言い回しだな。 さっき聞いた感じだと脅迫としか思えなかったが……。 それと今のわんこの様子を見るに、相互理解が出来ているとは到底思えない。 それでも、納得は出来なくとも了承はしたという事か。
「ならさっさと帰ろう。
それと五十鈴は親への言い訳考えていた方がいいんじゃないか?」
「ジュッコウ済み。 さっさと帰るのは賛成」
フランベルジュと名付けた魔犬を抱き、五十鈴はさっさと歩き出す。
僕は再び視線を神巫さんへ向け、気づいた。
「……もう、夜明けか」
彼女の後ろから差し込み始めた朝の光に、
「のぉ、お前さんや。 今日は何曜日じゃったかのぉ?」
そう問わずにはいられなかった。
「……金曜日でしょ、おじーちゃん」
無表情で平淡な口調ではあったが、意外にも神巫さんはそう返してくる。
「……学校、サボったら駄目よ……」
彼女は予想外に真面目な一言を加え、
「わたしはサボるけど……」
更に予想外な一言を残し歩き出した。
一見解決した一件。
その実、解決した様に思えて解決していない疑問に気づいたのは歩き出してからだった。
フランベルジュに取り憑いていた霊達……。 あいつらの言動には何処か目的が感じられた。 あの屍とも知己であった様だった。
ならその目的は共通のモノだろうか?
そもそもその目的は何だったのだろうか?
現実として夜は明けたけれど、この「夜」はまだ明けていない様な、そんな気がした。
まあ、これで第一章が完、といった感じですかね。




