水蛟 1 side Hibiki
イラストが入りますのでそう言うのが気になる方はご注意を。
切りたい切り札ではなかった。
死んだじいさんだからこそ「彼」は封印されていた。
僕に「彼」を封印しなおす事はきっと出来ない。
「――久しいな、主殿」
久しぶりに聞いた声。 それに僕は心の目を開く。
――広がるのはほの暗い空間。 そこは僕の心の中の一部屋だ。
そこに満ちる気配は水気であり陰の気。 豊穣の水でありながら凍える冷気を携える気配だ。
そして目の前には和装の ――見た目は少女がひとり。
こんな場所に居るのだ。 当然普通の人間ではない。
頭には色ガラスの様な蒼い光彩の長髪から二本の角。 長い袖に隠れ、手は見えないのにそこからは鋭い爪が覗いている。
なにより、裾から見えるのは人の足だけではなく、蛇にも似た青みがかった尻尾もだった。
その他にも頬に怪しい紋様が描かれていたりするが、先の特徴に比べれば気になる様なものではない。
「じいさんが死んで以来だから……一年くらいか?」
僕の言葉に彼女は頷いてみせる。 だがその口から出るのは再会の言葉の続きと言えるものではなかった。
「良かった、のか?」
疑問符つきの言葉だけど、疑問ではなく確認のそれ。 それも意味のない確認の類。 良くも悪くもなく、これでもう「大封印」はない。
「良くはないけど……まあ仕方ない、かな」
「軽いのぅ、主殿……。 命が削れるんじゃぞ?
今までの比ではない可能性はずっと高い」
「どの道、『葦原』は短命、だろ?
それに明日を惜しんで、今日死ぬ訳にはいかないからなあ」
自分で答えながらも、その言葉に苦笑する。
僕は今の充足を得る為に未来を使っている。 文面だけなら殆ど一緒。 でも中身は違っている、それら。
もしかしたら僕が言うべき言葉じゃないかも知れない。 そう思ったから苦笑い。
「臥龍は……長かったがなぁ」
その言葉の内に気づいているのかいないのか、彼女は祖父の名を口にしつつも言葉を続ける。 五十八まで生きたじいさんは恐らく昨今の葦原家の中では最長老だ。
「封は解けたぞ。 殆ど、な」
彼女の気遣いともとれる言葉。 だがそれも、意味のない確認。
「解ってるよ」
当然承知の上だ。
「狐はいい。 彼奴は多少儘が過ぎるだけじゃからな。
だが、封無き今、あのタタリはわしには御せぬぞ?」
「それも、解ってる」
彼女は水蛟。 それは雨龍 ――即ち水を司る龍神。
元より強い力を持つが、彼女の言う所の「まだ幼い自分」では龍の力を十分に発揮出来ないという。
それでも、かつては「タタリ」と成り天変地異を起こしかけたという彼女が、タタリでなくなった今も、葦原の血の中で、幾多のタタリを抑え続けていたという事実に変わりはなく、とても心強い。
彼女が、彼女たちが居なければ、とっくに僕は死んでいただろうから。
「残っておる彼奴の封は高々数本の縛鎖よ。 だがそれも解け掛かっておる。
完全に開封されるのも時間の問題じゃろう。
本当に解っておるのか……」
水蛟は呆れたように、それでも聞こえるようにぼやいてみせる。
「解っているよ。
でも今は力を貸してくれ、水蛟」
「……名を呼べ、主殿。
お主の付けてくれた名じゃ」
歴代の葦原達は彼女や他の妖物等に名を付ける事はなかったという。
彼等が自分で名乗る分には問題視しないが、「封印」であり時に使役者となる自分達が必要以上に絆を結ぶべきではないと、そう考えたそうだ。
だが、彼女と初めて出会った時、まだ子供だった僕は名を持たないと言う彼女に、名を、与えてしまった。
その時から彼女は「葦原の守護龍」から「僕の守護者」へとなった。 葦原の持つ「封印」と共に、僕の中で在る様になった。
「アイ、ちからを」
アイ ――彼女の、名。
愛でも哀でもなく、ただのアイ。
子供の僕が、言葉の意味も知らずに、付けた名だ。
「承知」
短い答え。
それを聞き届け、僕は目を開ける。
思考の中の会話は、現実には刹那にも満たない時の流れだ。
視界を精神から現実へと戻し、水蛟の、龍の力を自身へ漲らせた。
僕の身体が白く染まる。
彼女の力は本来天候を操る雨龍の力だか、僕へ憑依させた場合は極小範囲に絞られた冷気を操るものになる。
「まダ底があッタのカ。
面白イ、面白いゾっ! 人間!!」
嬉々とした声を上げ、犬が駆ける。
文字面だけを見れば何処か牧歌的な、でも現実には酷く殺気だった炎の魔犬の動き。 今の僕には先程ほどまでの脅威にはならないものだった。
この魔犬も屍を喰らいちからを得たが、それでも1+1=2と成った訳ではない。 精々1.5といった所だろう。 だが僕の力は今「ふたり分」なのだ。
軌跡は無く、空気を裂く音だけが耳を打ち、犬の牙が数本舞った。
一瞬止まる刃には霜が纏っているのが判る。 水蛟の力 ――これが現実で無くゲームや小説の世界なら、炎の魔犬に対して追加のダメージでも入りそうなものだが。
“主殿! 真面目にやらんか”
脳裏に水蛟の声が響く。
「面白イ、面白い! 面白イ!! はハはハハははハハはッ!!」
唾液を撒き散らし狂った様な魔犬に、最初に対峙した時にはあった理知的な部分は殆ど見えなくなっていた。 口から漏れた炎は、まるで引火する様にその身を包み込んでいく。
「真面目だよ、僕は」
振るう刃は今度もまた魔犬の牙と咬み合った。
でも先程までとは違う。
鋼刃は少しずつ前へ切り進む。
「それと、僕は面白く無かったよ、犬っころ」
ここへ近づいてくる気配に気づいて、僕は敢えて過去形で答えを返した。
魔犬はそれに気づいたろうか?
歓喜に歪んだ笑みを浮かべたままこちらを見ている。 酷く歪な、見ただけでは笑みと思えないのに、そう感じてしまう狂った大笑。
一歩、軽い足音が聞こえた。
瞬間、魔犬の背後に現れたのは騎兵隊 ――ならぬ神巫さん。 すかさず彼女の刀が振り抜かれ、魔犬の背を切り裂いた。
さあ、フラグを立てまくったよ、今回は。




