屍の夜 3 side Hibiki
葦原 響、推して参る!
……推し活じゃないよ?
「……貴女、誰?」
神巫さんはそう言いながら歩を進める。 無表情で無感情な外見なのに、殺気混じり。
これは、怖い。
でも彼女は何者だろう?
見た目は高校生くらいで、この時間に小学校に用事があるというなら、保護者代わりの姉、と言ったところなのだろうけど、神巫さんは彼女が人間じゃないと言うし……。
人じゃないから敵、とは限らないし、第一ここまで普通の人に見える外見だと斬りかかるにも抵抗があって ――いや、待て、斬りかかる事が前提の思考ってヤバイ人だよ、落ち着け落ち着け、僕―― ちょっと動き難い。
「はははははっ………」
神巫さんの殺気を感じているのか、彼女は渇いていて、それでいて歪んだ笑みを浮かべる。 ……足も震えてるし、これって心底怖がってるんじゃ……?
それにそうだ、人じゃないと言ってもあの屍との繋がりなんて全く見えないじゃないか。
「――あっ」
だがそう進言する前に彼女は脱兎の如く逃げ出した。
動けないと思ってたから、素直に感心するなぁ。 ――じゃなくて!
「………あれ?」
話しかけようと思っていた神巫さんが、いない……?
まさか追って……行った?
……あの雰囲気というか怯え具合からすると、彼女はシロだと思うんだけど……。
「……さて」
どうするか。
学校に入り込む事自体に抵抗はないが、僕にあの屍を探す事は出来るだろうか?
何せこの学校はそれなりに大きい。
近年の少子化の影響で生徒数は減っているが、だからと言ってそれに伴って校舎自体が小さくなっている訳ではないのだ。
いや、それよりも神巫さんを止める方が先決か?
逃げ出した、敵意のない相手をすぐさま一刀両断するとは思えないけど危険なことには変わりないし。
この時、迷った事は幸運だったのか不運だったのか。
僕は判断を出来ないまま校門の中へ入った。 というか一歩だけ足を踏み入れてしまった。 ――その瞬間、感じたのは違和感。
空気が変わった。 匂いが変わった。 その悍ましいとしか言い様のない気配をどう表現したらいいのだろう……。
そしてその異質さをどうして僕は気づけなかったのだろうか? この、正に目の前にあった空間の異常に。
そして、
――僕だけじゃない。
神巫さんも気づけなかったんだ。
この違和感をすっかりと隠していた、不可視で、それでいて不可「識」の結界に。
思わず後退る足が、奇妙な抵抗に止められる。 砂に埋まる様な感触。 戻す足には更に強い抵抗がある。
脱出は出来そうだけど、再突入は厳しい感じ、か? でも単純にそれだけじゃなく……何だろう? この違和感……。
何らかの……条件付きの結界?
その境界に今、僕は居る。
どうやら僕の突入と同時にもう一枚の結界が張られたようだが、まあ逆にやるべき事に迷いはなくなった訳だ。
さっきの彼女の事は神巫さんに任せるしかない。
……任せる……しかないよなぁ。 いやいや、神巫さんはそこまで短絡なヒトではない……はずだ。 ちゃんと事情を確認する……だろう。 背後からバッサリなんて事はしない……と思う……。
悪いヒトではないのは解ってるけど、そもそも付き合いが短いのだ。 断言、できないなあ。
考えていてもしょうがない。
歩きつつも、何時でも抜けるように竹刀袋を紐解く。 中はいつもの小太刀ではなく、といって夕べのうちに準備していた長刀でもなく、居合い刀程度の長さの舞刀。
校内での戦闘を考えると懐の小太刀のが使いやすいかも知れないが、正直アレに小太刀一振りで勝てる気はしない。 と言って長刀では長過ぎるので舞刀。
もし神巫さんにここが目的地であると聞いていなければ、小学校の狭い廊下で長刀を振り回す羽目になったわけで……。 ありがたい事だと思う。
ん? 玄関 ――あれは生徒用のとこだな―― から走ってくる人影が見える。
小さいその影は生徒のモノだろうか? この結界は生徒や、まだいるだろう教師達を閉じ込める為のモノなのか? いや、それだと性質が逆だろうし。
そんな僕の思考に割り込むように、視界に何か別のモノが写る。
? 何だ? 人影が……増えた?
――違う! 人影じゃない!! 霊だ。 その小さな影は霊から逃げているんだ!
いや、逃がされている、と表現すべきか。 趣味の悪い事に霊たち ――と言うより最早悪霊か―― は相手を嬲っているのだ。 ギリギリまで逃がして、ほんの僅かな希望を持たせつつ、その上で害を為すように。
僕は刀を抜きつつ駆けだした。 嬲るようなこの行為がこの悪霊達の真意なのか、誰か使役している者がいて、そいつの意志なのかは知らないが、「残滓」も「霊」も浄化するのが僕の仕事だ。
ふと自分の思考に浮かんだ使役者という言葉に夕べの屍を思い出す。
あの屍の仕業なのだろうか? 夕べも確かに霊はいたが、あれは殆ど僕を無視していたのだけど……。
「ひぁぁぁっ!!??」
影 ――少年、だな―― がこっちに気づいて悲鳴を上げる。
……まあ、逃げる先に刃物を持った不審者がいたら、僕でも恐いかも知れないな、うん。 と言っても詳しく説明する暇もなし。
「伏せろぉぉっ!!」
声を上げながら、大げさなくらい判りやすく刀を振りかぶる。
それはただの反射か、それとも僕のしたかった事を判ってくれたのか、あるいは転んだだけなのか、少年は倒れこむ様に地へ伏せた。
「へぶっ!?」「ふっ」
少年の声と僕の呼気が重なる。
放たれた剣閃は三つ。 それだけで目の前の霊は消え失せた。
「大丈夫か?」
一応周囲に目を配りつつ、少年に手を差し伸べる。 彼は多少躊躇いつつも僕の手を握り立ち上がった。 返事はないが頭を上下させる。
立ち上がる少年の胸に名札が見える。
――「巴 颯太」。 五年生。
何故児童がこんな時間にいるんだ? ……って部活か? だけど小学校だぞ? こんな時間まで部活?
第一それなら他にも生徒がいる筈だ。
「さて」
どうするか?
校内に用務員くらいはいるかも、と思ってはいたが児童がいるのは予想外だった。
さっさと逃がすの吉だろう。
「キミには早急に帰宅して欲しいんだけど、その前にちょっと聞かせてくれ」
校門へ足を向けつつ、質問。 少年 ――颯太くんは素直に着いてくる。
「校内に他に児童……じゃなくても誰かいるかい?」
「……わかんな……わかりません。 先生は、今日は、早めにいなくなるって言ってましたけど……、事務のおじさんはいるかも……」
たどたどしく、それでもきちんとした回答。 こんな状況なのに意外と冷静だ。 見た感じ気弱そうに見えるけど芯のあるタイプなのかな? まさかこんな現象に慣れている、なんて事はないだろうし。
「うん、それじゃキミはどうしてこんな時間までここに?」
その僕の問いに、彼は困ったような表情を浮かべた。
「おれ……ぼくが時計を見た時はいつの間にかもう五時過ぎで……、急いで帰ろうとしてたら、さっきのアレがそこら中から出てきて………」
「……ずっと、逃げてたのか?」
こくりと頷く。
やはり嬲ってたと考えるべきか。 普通に考えれば、一時間。 逃げ続けられる筈もない。 ――?
(ん……? でもそんなに息、乱れてないな……)
それに…。
「急いで帰ろうとしたって……何かあったかい?」
今時の子どもが、五時過ぎたからって急ぐ必要はそうそうないだろう。 そもそも予定外に、それも五時まで学校に残っている時点で、それ以降の予定を組んでいるとは考えずらい。
少年は僕の言葉に強く反応した。 が、その表情は何だろう。 一番強く表面に出ているのは、怯え、恐怖。 一方でその奥に隠れている苦笑とも失笑とも取れそうな何か。
「――最近、何かヘンだったんだ……。 ヘンな気がしてたんだ……」
違った。 泣き笑いしてる様な、震える声。
「何かわかんないけど、すごく学校が怖かった。 まわりに友だちもセンセもいるのに、ひとりで夜道歩いてるみたいにっ!」
冷静に見えていた少年だったけど、そう見えたのは単に状況を把握しきっていなかっただけ、らしい。 そりゃそうか、普通なら。
「怖くて、恐ろしくて! だから、誰に誘われてもすぐに帰るようにしてたのにっ! なのにっ、何でっ!」
少し強めに少年の頭を撫でつける。 興奮しすぎだ。
「落ち着け、校門を抜けたらもう追われない」
多分、だけど。 まあ、自分たちの張った結界を態々越えてこないだろう。 どうやら自分たちの存在を知られない為の結界の様だし。
「家に帰ってさっさと寝てしまえ」
彼の背を結界外へ押しやり、もう一言。
「少なくとも今夜はもう来るなよ?」
彼がうなずくのを見て、踵を反してまた校舎の方へ向かう。
――ん? これって今夜中に全部解決するってセリフになってるな……。
(ま、いいか)
「おやすみ」
僕は舞刀を持ち直すと駆けだした。
誰かいるなら助ける必要がある。 つまり神巫さんの到着を待ってる訳にはいかないと言う事だ。
あの屍と一対一とはぞっとしない話だが、やりようはある。
――時刻は夕刻を過ぎ、既に陽は沈みかけている。
夜はもう始まろうとしていた。
単独戦闘の覚悟を致した所存でござる。
○ 巴 颯太・・・涼香の弟で五十鈴の隣のクラスに在籍する。
五十鈴と違い際立った異能は持っていない。
涼香と比べ、更に血が薄く吸血種らしい特徴は全く見られないが、自分がそういう血族であるとこは知っている。
ちなみに体力はそこそこ高いのです。




