神巫香久夜 3 side Hibiki
一歩だけ関係が前へ進んだ、と言えるのかなあ?
――深く息を吐く。
授業もHRも掃除もようやく終わり、後は帰るだけ。 学校が嫌いという訳ではないが、やはり「解放される」という気持ちはどうしても、ある。
如何に最近サボリがちだとしても、だ。
もう時刻は3時を回りその半ばを過ぎようとしている。
今夜の事は、神巫さんと具体的な時間は確認していないが、いつもより多少早い時間であれば問題はないだろう。 それよりもある程度の下準備、装備の確認に時間を割いた方が良さそうだ。
――あの「屍」はずいぶんと手強い相手の様だし、昨夜みたいな細かな「失敗」で、自分だけなら兎も角神巫さんに迷惑は掛けられない。
刀だけではなく、呪符も一式は持っていかないとな。
だけどその前に、歪んでしまった鉄鞘と言う名の鋼鉄の塊を師範の所へ持っていって、師範の知り合いだという鍛冶師に直して貰う様に頼んで、代わりに予備を出して……。
そんな事を考えていると、
「……葦原くん。 帰りましょ……」
不意に抑揚のない声 ――神巫さん?
振り返ると、当然彼女の顔。 彼女は当然のようにカバンを持ち、帰る準備万端の状態で、当然のように廊下の方へ足を向け、それが普通であるかのように僕に声を掛けてきていた。
「………へっ?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「……昨夜、言ったわ。 ……手伝って」
確かに、うん、時間の事は言ってなかったから、夜であろうと今であろうと言葉は間違っていない。
僕の都合と言う点でも問題はないのだけど、さっきまでその事を考えていたものの、まあ、別の方向からのアプローチだったせいかなあ……、すぐに反応できない。
まあそれは兎も角……。
――ザワザワ……ザワザワ……
「……やっぱ、あのふたり、怪しい……」
「……ゆうべって、夜に一緒にいたってコトかぁ」
「そう考えるのは早計かも知れんが、少なくとも連絡を取り合える関係といえるのかな」
「最近何かっていえば一緒にいるしねぇ」
「しかも、なんかキョウが尻に敷かれてるっぽいんだよなあ」
………………。
つーか、何でクラス中で反応してるんだよっ!?
放課後のざわつく教室で、聞き耳でも立ててなければ聞こえないだろう、そんな半ば抑えた様な声なのに……。
なのに何故!?
「……手伝うのは吝かではないんですが、神巫さん?」
「……? 何故、そんな話し方……」
「結界……効いてないの?」
小声で僕。 いや、少なくとも効いてないか使っていないかってのは解るんだけど。
「お、ナイショ話?」
「デートの約束、かなぁ」
「………まさか……、夜の? キャ――――っ(^0^)」
はは、こりゃ効いてないわ。
よく考えてみれば、神巫さんって構われるの好きじゃないみたいだし。
神巫さんは僕の顔を見て、溜め息を吐くと呆れるように言った。
「……貴方と居ると効かないの。
気になるなら早く行きましょう……」
言いながらスタスタと廊下へ。 教室で、しかも聞き耳立てられた様な状態でする話じゃないし、すぐにその背を追う。
「……貴方と居ると ――公園で張ってる様な大きめの結界なら問題無いみたいだけど……、隠形術なんてあっと言う間に綻びてしまうわ……」
そう言って神巫さんは言葉を続ける。 いわゆるジト目で、
「大変迷惑を被ってる……」
と、一言。
僕といると隠形が破れる……って、外から見ると「神巫さんはいつも僕と一緒に居る」様に見えてるって事……かな?
みんなの認識だと「認識していない、見えない時=いない」で「認識している、見える時=僕が近くにいる」だから……。
そういやさっきもそんな事を言っていたヤツがいた様な……。
っていうか、そのせいか! そのせいで最近由月さんが側にうろちょろしてたのか!?
彼女、男女間の恋愛話やゴシップなんかが好きだからなぁ……。
……あ、教室からこっち見てる。 桜庭さんまで居るし。
「はははは………」
渇いた様な笑顔しかできない。 といって謝るのもヘンな気がするし、
「ご愁傷様、と言っていいものか……」
思わず口に出る。
「――っ!!!」
うゎっ! 無表情なのに、今すごい怒りを感じた気がする!
「………ごめんなさい」
僕弱いなぁ。
いやいや、これが円滑な人間関係を……って誰に言い訳してんだろ、僕。
「……いい。 わざとじゃないし……」
ん……? ああ、隠形の件の謝罪と思われたのかな? 「ご愁傷様」の方のつもりだったんだけど……。
「……貴方が口を滑らせるのは何時もの事、でしょう」
わかってましたか、このヒトは。
まあ、それでもその程度は理解できるようになってきた、理解できるくらいの付き合いにはなってきた、という事なのかな? そういう意味なら悪い気はしない。
――「悪い気はしない」、か……。
ふと自分の思考を繰り返す。
僕の考えは、いつの間に変わっていたのだろう?
僕はただ何かを遺したいと思っていたはずなのに……、今の僕の思考はまるで普通の学生のもので……。
そう、まるで明るい未来に想いを馳せてる様じゃないか?
そんなものは決してありはしないのに――。
「……話を戻しましょう……。
それで、何時もより早い時間に動くつもりだけれど、貴方の準備は……?」
何となく後ろを気にしながら校門を出る。 その辺りは彼女も同じ様で視線がちらりとたまに逸れているのが解った。 無視しているようでも気にはしてるんだな。
「家に戻れば30分も掛からないで済ませるよ。
刀と式具 ――夕べ用意しておいた呪符の点検くらいだし」
まあ、ホントはもう少し時間を使うつもりではあったけど、まあそれを言うつもりもないし、その意味もない。
「……葦原くんって、実は色んな事の出来る人?」
神巫さんの表情にほんの少し驚きが見える。 そう、見えるのはほんの少し。
でも普段の彼女からすると、随分な表情の動きだ。
「神巫さんのがそういうのは出来る方だと思うけど……。
それに僕は出来るというよりは、そうせざるを得なかったというか……単純に言えばこれが仕事だからだし」
とは言っても実際はちょっと違う。
じいさんは僕に継がせたかった。 僕は継ぐつもりだった。
でも現実には僕はまだじいさんの後を継いだ事実は、ない。 僕が継ぐ前にじいさんは死んだし、僕は自分の仕事として退魔を行った事がそもそもないのだ。
「……それでも、よ。
日の半分を学業に費やすこの国で、どれだけの才能が有ればあれだけ動けるというの……? その上、まだ出来る事が有るなんて……」
そう言って貰えるのは彼女に認められた様でちょっと嬉しかったりするが、
「それはむしろこちらのセリフなんだけど……」
そんな彼女の能力に驚きを覚えたのはそんなに前の話じゃない。 それも何か同じ様な感想を持った気がするなぁ。
「……わたしはそもそもそういう存在だもの……。 剣技は修行の賜物でも呪術魔術は生まれ付いてのものだわ……」
そう言う彼女は無表情ながら、どこか自嘲的な響きを言葉に含ませている様に感じる。
――自嘲的。
僕がそう感じたのが、もし事実なら……彼女は自分の『何』を嘲るのだろう? 翼? 生まれ持つというちから? それとも普通ではない存在そのものだろうか?
益体ない考えだ――。
僕はその思考を一旦打ち消す。 偽善的に、偽悪的に。
「まあ、神巫さんがどういう存在だか知らないけど、特に才能のない普通の人間だって、一年も死ぬような思いして修行してたらそれなりには成れるもんだよ、うん」
僕の言葉に彼女は首を傾げる。 出来のいい人形みたいにコクり、と。
こういうちょっとした仕種が妙に可愛いんだよなぁ。
「…………その『一年』は何処から来た数字なの?」
あ……。
そう言えば話した事はない、ってそもそも雑談すらそうそうしない間柄だったしそれも当然か。
知ってるヤツは知ってる事とは言え、彼女自身クラスメイトとの交流をしていないからそんな情報を得ているはずもない。
「……う~ん、と……。
僕たち高校二年生。 僕は今年で18歳。 差は何年でしょう?」
「…………………受験、失敗したの?」
と言いながら、何かすっごい哀れみの目。
「失敬な。 受験しなかった、の。
入学前にじーさんに一年間みっちりしごかれてから高校入ったから、神巫さんが思ってるより丸一年多く修行してるって訳」
納得したのだろうか、表情が普通 ――って言っても無表情なんだけど―― に戻る。
「……そう……、そう言う事……。
それで、貴方の家って何処なの?」
「ああ、いつもの公園と神阿多津神社の、その中間くらいのとこなんだけど」
と、答えてから思ったのだけど……分かるのかな?
僕が彼女を認識したのは四月に入ってからだ。
今は六月。
それ以前の彼女がこの街にいたか僕は知らない。 もし僕の認識と同時期にこの街へ来ていたとすれば、この神社のマイナーな呼び方を知らない可能性も有るわけだ。
「……なら丁度いい、かもしれないわね……」
知っていたらしい。 そして彼女が「丁度いい」という事は……。
「山ん中って事、なのかな。 あの屍体の行ったのは」
今ここから僕んちの方向へ行くなら、アレの居そうな場所といえばそれくらいだろう。
「……その、少し手前よ」
彼女 ――神巫さんの声がいつもより、更に無感情に聞こえる。
その言葉を認識したから僕がそう感じてしまっただけなのだろうか?
その言葉の意味を知りつつも彼女に焦りがない事を、僕は内心責めてしまっているからこそ、そう感じてしまっただけなのだろうか?
「大江山……小学校?」
僕の呟きに、彼女は表情も変えず頷いた。
と言う訳で、実は年齢と学年が違っていると発覚。 まあクラスメイトの何人かは普通に知っている事実だったりします。
それ以前に小学校の名前よ……。




