屍の夜 1 side Hibiki
ホラー映画の様な光景でおますので、描写的にはグロ?
いつもの時間、いつもの公園、いつも逢えるとは限らない彼女の姿を求めた僕の前に今いるのは、無数の霊と死者の群れ、だった。
敵意もなく、殺意もなく、ただこちらへ向かってくる彼らに反応出来ずにいると、気づけばもう目の前。 ――大慌てで跳び退る。
「何の冗談だ、こいつは…っ」
腐れた身体、窪んだ眼窩。 皮膚は剥げ落ち、骨すら露出するその姿形、周囲に漂う腐臭死臭は限りなく「死者」だ。
だが、ゾンビかグールかは知らないが、今ここにいるこいつらは本当に死者なのだろうか?
僕は今までこのような形を持った死にぞこないを見た事がない。
ましてやここは日本だ。
一般的な風習は火葬であり、土葬の習慣はない土地だというのに、これだけの死体は一体何処から出てきたのだろう。
「――っと」
近づいてくる死者から身を退く。 ――酷く、臭い。
臭いもそうだが、霊の方は本物のようだし、単純に偽物・紛い物ということはなさそうではあるが、果たして斬ってしまっていいものなのか……悩む。
しかし、そんな考えをさて置くほどに、
「グロい……」
本格派ホラーも真っ青な出来の死体 ――しかも腐ってる、腐りまくってる―― は正直近づきたくもないが見るにも耐えない。
「――のやろ!」
とりあえず近づきすぎたヤツを蹴っ飛ばす。 この程度の攻撃なら、この死体たちが偽物で、実は生者であったとしても致命傷にはならない……。
なんて思って繰り出した蹴りは、あっさりと死者の腕を貫通した。
バランスを崩しながらも僕が見たのは、地べたに落ちる腕……。 そしてその腕は一瞬で黒い灰のような物に変わり、風に消える。
――こいつら、実体はあっても肉体はない、らしい。
何のためにこんな姿で、それにご丁寧に腐臭まで作っているのかは判らないけど、どうやら手加減する意味も必要もない相手のようだ。
一歩、退く。
懐の小太刀を抜き放つ。
鞘から解かれた鋼の刃は月光を照り返し怪しく輝いた。 その白刃に奴等の姿が映る。
いつもと同じ時間、いつもと同じ場所。
いつもと違う光景。 姿のない神巫さん。
いつもここに来ている訳じゃないけど、この状況で彼女が居ないのはひどく不自然な気がするのだ。
第一、彼女の居ない日は霊達も姿を見せない。
だから彼女はここに ――この近くにいるはず。
右手には抜き放った鋼の刃を、左手には中身のない鉄の鞘を構え、僕は、霊を、屍体の姿をした「何か」を ――駆逐する。
――勿論肉体でないだろう仮初めの身体とはいえ、人の形をしたモノを斬ることに抵抗は覚えなくもない。 いや、そもそも僕がそう思っているだけで、彼らが「偽物」であることが真実だとは限らない。
だが、「いつも」でないこの状況が、確信に近い不安を生む。
「いつも」でない状況が、僕を駆り立てる。
僕がそう思う事はおこがましいのかも知れないが……そう、心配なのだ。
白銀の軌跡は霊を断ち切り、鈍色の塊は屍体達を灰へ還す。
――駆ける。
――斬る。
――砕く。
こんなコトなら長刀を持ってくれば、とそう思う。
こんな予想も付かないことが起こっているのだから、ある意味仕方ないのは判ってる。 判っているが、そう思わずにはいられない。
今こそ小太刀を使っているがそれは単純に携帯上の理由で、僕は本来のスタイルは舞刀や長刀を使うものなのだ。
そんな僕の愛刀はこの小太刀の二倍程の長さの長刀。 あれなら密集している屍たちをまとめて二、三体は薙ぎ払えるだろうに。
「――B級、ホラーか、よっ!」
斬って砕いて蹴飛ばして、それでも止まる事のない死者の群れ。 その様子はまさに一昔前にあったホラー映画そのものだ。 まあ、そういう連中より、ずっと脆い相手ではある。
もしそんな映画レベルに強い相手であったら流石に逃げに徹しただろう。
しかし、いくら一撃一殺できる程度の脆い相手ではあっても、攻撃能力は不明。
蹴って大丈夫なのだから、触れただけでヤバイものではないのは解るが、だからといって触れられたくはないし、触りたくもない。
……つーか、何か妙に臭いがキツい、って……?
「――げっ」
――囲まれてる!!
その事実に気づくのが遅れたのは順調すぎるが故か。
近づく端から切り伏せているから傍にはいないけど、退路はない。
これが映画なら、調子に乗りすぎた登場人物があっさり喰い殺されるシーンに続いていきそうだ。
冗談じゃない。
少し連撃の間隔を早める。 それでこの囲いは突破できる ――はずだった。
だがそれを考えた瞬間、右手から力が抜け ――刀が、落ちた。
そして左足から急激に広がる、痛み。
それは、僕の罹った ――奇病、と言っていいのか。 その発作だった。
――この身体には時折、周囲のエネルギー・カロリーを急激に消耗させる呪詛的な腫瘍が発生する。
医者に言わせるところの「癌に近い性質を持つ」この腫瘍は、僕の身体のほぼ全身を蝕んでおり、こうして時折り僕に激痛と弛緩等を与えてくるのだ。
他にも悪寒、嘔吐感、頭痛etc…と症状は多岐に亘り、実際のところ「痛み」に分類されるモノはましな方だったりもするが。
特に今のような状況であれば、力の入らない「弛緩」は症状の出る場所によっては致命的だ。 時には視界がなくなる場合もあるので、手足に症状の出た今回はある意味幸運と言えるだろう。
またこの「腫瘍」は医学的なアプローチから除去出来る他、僕の抵抗力でも「消す」事が出来る為、時間を於けば何とかなるものではある。
もっともそれも「今のところは」という言葉を付ける必要があるのだが。
何の根拠もなく、僕は偶に思うのだ。
この全身を苛む「腫瘍」は、まるで僕の肉体を使い受肉するアクマのようではないか、と。
「――くっ!!」
この痛みは簡単に無視できるようなモノではないが、それには何とか耐えて、平気な右足で地面を蹴る。 右腕の感覚は抜けているが、いつもの調子なら二、三分である程度動くようになるはず。
左に持つ鞘で何とか屍たちの隙間を抉じ開け、突き抜ける!
結果、屍たちの出す不可思議な黒い灰を頭から被る羽目になるが、今は気にしていられない。
再び右足に力を籠め、蹴り出す。 ――今は距離を取らないと……。
彼我の間は10m弱、相手の数は……後は二十弱か。
もう少し距離が、時間が欲しい。
そう思った時、屍たちの後方で黒い灰が舞った。 見える影に一瞬、神巫さんを思うが ――違う。
しかしそれは僕の良く知る男のモノで……。
「――愁!?」
我が友人にしてプータロー、安曇 愁の姿がそこにあった。
響くんの病状がちょっとだけ判明。
やって来たのは前々回に名前だけ出ていた友人くんです。




