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「………え?鳰君…本当?」
改めて彼の顔を見返すと、はにかんだ笑顔で小さく笑った。
「うん。夏前にね。レコード会社で新しいレーベルが出るから…そこでメジャーデビューが決まりました。」
ぺこりと頭を下げてるので慌てて俺も頭を下げた。
何かの悩み事で今日は呼ばれたと思っていたけど、こんな喜ばしい事は無い。
確かに鳰君はライバルだけど、音楽仲間であり友達である。
凄いな。でも彼の実力を考えたらそう遠い未来では無い事は分かっていたから、いよいよって感じだな。
「おめでとう!そうかぁ、プロなんだな。」
「でも今の時代はメジャーもインディーズも大して変わらないと思うんだけどね。インディーズの子でも大きなホールでやったり配信再生回数が凄い人もいるし。」
「それでも個人がやるのと企業の手が入るのは違うよ。鳰君の今後が楽しみだなぁ。」
「うん。頑張るよ。」
知ってる人がメジャーデビューしたら凄く嫉妬したり悔しい感情が生まれるんだろうなって思っていたけど、不思議とそんな気持ちは無くて素直に嬉しかった。
俺達以外の沢山の人達に彼の音楽を知って貰えるって嬉しい反面、秘密にしていた宝物を差し出す悔しさがある。
そう言う悔しさは良いのかな。彼につられて笑顔になってしまう。
「これから色々準備もあるから、忙しくなる前に蕪木君には直接言いたかったんだ。何時も話を聞いてくれるのは蕪木君だけだし。」
「そんな事は無いでしょ?」
「そんな事があるんだよ。色々話せるのは蕪木君だけだよ。気付いてないかも知れないけど、僕って結構な人見知りなんだよ?」
サポートしていた時も練習の時もそんな感じは見られなかったけど…
「全然気付かなかった。」
「でしょ?僕の学生時代なんてタイトルをつけるなら『渾沌冷戦暗黒時代』だからね。陰湿過ぎて家族からヤバ過ぎると笑われたレベルだよ?だから今回のデビューは未だに信じて貰えないし、何なら僕は騙されてるとすら思われてる。」
この話は何処まで笑って良いのだろうか?
目の前でストロベリータルトを美味しそうに頬張る爽やかな彼は思う所があって今の姿になったのか。
「人は内面が大事って言葉。確かに間違いじゃないんだけど初対面で内面なんて分からないじゃん?そうなるとやっぱり外見がものを言うんだよ。」
真っ直ぐと此方を捉える視線に気付く。
「だってさ陰湿な音楽と楽しい音楽。蕪木君はどっちが聞きたいと思う?そう考えたら今の僕が出来上がったんだよね。」
「そうなんだ。」
「そうなんだよ。」と言いながらティーポットから新たに紅茶を注ぎ出す。
「僕は最初に聞いた時からアカシャグマが大好きなんだ。楽しくて、でも少し捻くれた所があるけど素直で…面白いって言うのか、結局ストレートな音楽スタイルが1番相手に響くと思うんだよね。」
彼の様な実力がある人から言われると中々恥ずかしいな。
「アカシャグマも直ぐに僕と一緒の場所に来るよ。」
ああ。あの目だ。鳰君が時々見せる射抜く様な眼差し。
先見の明と言うのか、彼は物事を読むのが上手い。そんな話をする時の瞳で俺の事を見つめてるけど、それは…
「それは……買い被り過ぎだよ。俺達はまだまだ…やっと思い出してもらって、やっとアルバム作った所だし…観客動員数も鳰君に比べたら月とスッポンで…」
「ね!アルバム出るんだよね!僕も円堂さんから聞いたよ!何時リリース?screamでも置いて貰える?」
「あ…えっと…雷華の話だと来週には届くから、何やかんやでGW明けにはscreamに並べて貰える予定?」
「じゃあ円堂さんに取置きしてもらお!」
「いいよ!鳰君にはあげるって!何時もアルバム貰っちゃってるし!」
「本当?やったあ!」
何時もの柔らかい表情にホッとする。
この日は彼の希望で石川町の外れでお茶をしてから関内方面へと歩き、中古レコードショップを訪ねたり買物をして夕方前には解散となった。
インディーズでは最後になるであろうscreamライブに招待をされたので次に会えるのはそこかな。
「お願いなんだけどさ、アンコールだけでも良いからサポート入ってよ!最後に蕪木君とやりたいんだ!」
そんなお願いを無碍に出来ないでしょ。二つ返事で了解した。
今日の出来事を思い返しながら電車に乗り、チャダを迎えにハニー&バニーへと向かう。
メジャーデビューか。
つい数ヶ月前に掲げた自分の目標を友達は成し遂げたのだ。
元々持ってるスキルや評価が俺達とかけ離れてるのは承知だけど、今日抱いた気持ちを自分の今後に反映出来る様に改めて頑張らないとな。そう何度も思い返していた。
太郎と鳰君の元町〜関内のお散歩道中の巻




