side10
渚side
ライブハウスから漏れて聞こえるチューニング音。マイクチェックか、多分大雅君の声だな。リハーサルの音が気持ちを徐々に昂らせてくれる。
就職してからは尚典の事を中心に考えて我武者羅に働いてきたせいか趣味と言う趣味は持ち合わせていなかった。
尚典が高校生になって音楽をやる様になってから私も再び音楽を聴き始める様になった。
学生時代はバイト代の殆どがCDとライブ遠征に費やしてた位に音楽に浸かりきった生活だったから、音楽は嫌いじゃない。
今は尚典も働く様になって手が掛からなくなってから色々なライブに行く様になった。舞い戻ってきた、が正解か。
あの時と違うのは、追いかけてるのがインディーズバンドな事と財力が高校時代よりは豊かになった事かな。
「やっぱり朝比奈君に代わって貰って良かった。」
本来なら今回の名古屋出張は同期の子が行く予定だった。
実は前々から有給申請してたけど、今日申請している人が多数で申請出来ず。それを見兼ねた上司が名古屋出張を私に振ってくれたのだ。それでも良いの。仕事だってちゃんと成果を出して終えてきたしね。
数年前から今のインディーズ界はとても面白い。
最初はアカシャグマもよくあるバンドの真似事かと思っていたけど、独特な歌詞とメロディラインは不思議な中毒性がある。
確かに従姉弟である尚典がいるから聞く様になったけど、それは単なるきっかけ。贔屓目無しで今ではすっかり虜だ。
昨年は一年活動が無かった分、反動が来ているんだろう。行けるライブは全て参加している。
当たり前だけど知らない顔が多いな。
まぁワイルドドックのホームだから彼等のファンが大半だろうな。彼等に比べるとアカシャグマなんてファンの数も層も違いすぎる。オーナーの意向だと尚典から聞いてるけど、良く呼ばれて貰えたなぁ。
そして私、無茶苦茶浮いてるな。
しょうがない。営業帰りだもん。出張も今朝出勤したら言い渡されたから、出立ちは何処にでもいる社会人スタイルだ。
適当にTシャツでも買ってくれば良かったかも。何も考えずに箱まで来ちゃったわ。
「あー!もしかして渚さん!?」
振り返ると見慣れたメイド服とは真逆なTシャツにジーパンとラフな姿の由紀恵ちゃんが私を見つけてくれた。
「お疲れ様!由紀恵ちゃんには会えるかなって思ってたんだ。」
「有給取れなかったってメールがあったから私ひとりぼっちだと覚悟してたんだけど、知ってる顔がいて良かったぁ!」
「今朝急遽出張が決まってね。」
彼女は太郎君の従姉妹である由紀恵ちゃん。
最初はメンバー親族同士で知り合ったけど、今はライブ仲間として仲良くして貰っている。
「そうなんだ…お疲れ様です。だからスーツなんですね。」
「急遽決まったからね。最低でも換えのシャツ持ってくれば良かったわ。失敗した。」
「あ!良いのありますよ!」
背負っていたリュックを下ろして中から黒い布を渡される。
「眞子ちゃんから預かりましたアカシャグマのTシャツです!」
「え?尚典から極小ロットで作ったから全て物販に回すって言われちゃったから買わせて貰えなかったんだよね。」
「コレは試作です。印刷屋さんで試し刷りをした数枚を眞子ちゃんが引き取っていたのを先日貰ったんです。一枚どうぞ!」
「え。でも…」
「渚さんに渡したって言えば、眞子ちゃんは絶対サムアップで笑ってくれますよ。」
生き生きとした眞子ちゃんの笑顔が思い浮かぶ。
「ありがとう」とそのまま渡されたシャツと由紀恵ちゃんの着てるシャツを見ると同じ物に気が付く。
何か…いいなぁ。こういうの。学生時代に戻った気分だ。
好きな物に性別も年齢も関係ない。
色々な人と同じ気持ちで同じ思いを共有できる。だからライブはやめられないんだよな。
「よし!私達も一丁、気合い入れるかな!」
「はい!ついて行きますよ、渚さん!」
ふと気がつくと知った顔がチラホラ行き交う姿を見る。
安堵した気持ちの中で私達は沈みゆく夕陽を見つめていた。
渚は中堅出版社勤めだが、同僚が趣味で血の涙を流して以降、趣味に寛大な部署になる。その同僚はまた別のお話。




