52
「昨夜は大変な失礼をしてしまった。どうも虎太郎は噛み付く所があって仕方がない。」
そんな丁寧な謝罪から始まるとは思わず身構えてしまった。
ぱっと見ではヘヴィメタルの風貌をしている悠兎さんは案外怖い人では無さそうに感じた。
「次、無意味に噛み付いたら虎太郎自身をパーパーの梁から半日吊るすんで勘弁して下さい。」
ううん。怖い人だ。優しい笑顔で言ってるけど怒らせたら絶対怖いヤツだ。
「はりって何?」
「建物の柱と柱の上を横に通ってる構造材だよ。時々人を吊るすんだよ。」
「悠兎さん。チャダに嘘教えないで下さい。」
俺とチャダ、悠兎さんの3人でパーパー裏手にある喫煙所へ場所を変えた。
大雅達には凄い心配されたが、まあ悪い人では無いだろう。ライブの準備がある為、俺が代表としてこう向かい合っている。
「君はチャダと呼ばれてるんだね。」
「はい!雷華がつけてくれました!」
「俺達の天使はそんな間柄になる前に消えてしまったからな。」
消える?この個体はいつか消失してしまうのか?
「あの、悠兎さん。」
黙っていても仕方が無い。聞くタイミングは今しかない。
「チャダ…いや、天使って何ですか?」
俺の質問に少し考える仕草を見せると、一呼吸おいてから
「実は俺達も良く分からないんだよ。」
そこからは悠兎さんがゆっくりと説明してくれた。
彼等ワイルドドックにもチャダに似た生命体が突然現れたらしい。矢張り姿はチャダの元の姿と同様だったそうだ。
現れた途端に様々な好機に恵まれ、事が面白い位にスムーズに決まって行ったそうだ。
最初に「コレは幸運の女神」と虎太郎君は言ったそうだが、女神よりかは天使と言った方が似合っていたので天使と呼ぶ様になる。
そして別れも突然で、ある日消える様に姿を消したらしい。
バンドの方向性が定まって安定したタイミングだった。
何も言わず、何処に行くかも告げず。
期間としては3ヶ月の間。振り返れば一瞬の出来事だった。そう目を細めて悠兎さんは静かに笑っていた。
俺がチャダを拾ったのは昨年の12月24日。
今は4月下旬だからワイルドドックの天使よりは一緒にいる。
それを考えたらチャダはいつ消えてもおかしくない。
急に、胸の鼓動が早くなりズキズキと痛くなってきた。
「でも、チャダはまだ大丈夫だと思う。」
「理由は?」
「アカシャグマにとっての大成が未だだと思うから。目標未達ならまだアカシャグマと一緒だと思う。」
さっき話していた『様々な好機』の事を指してるのだろう。それとこの生命体と行動していた経験値が物を言うのか。
「そして俺達の天使と違う所もある。先ず言葉を獲得していなかった。天使の要求等は雰囲気で察していたけど、こんなにも会話が成立するなんて思いもしなかった。」
「そう…なんですか?」
「そして人の形にもならなかったから本当正直驚いた。」
「タバコいい?」と悠兎さんは俺達に確認を取ると一本タバコを咥える。
「生命体にも個体差があるんですね。」
「うん。多分ね。人伝いで天使と似た生物と一緒に居た人の話を聞いたけど、色々なパターンがあるらしいよ。」
「それ以前にそんな噂になる程この生物いませんよ?」
「そうなんだけどね。まぁ全体的に共通しているのは、幸運をもたらしてそして全てが終わると消えてしまう。だな。」
結局の所、チャダは何なのかは分からなかった。
でも似た生命体は複数いる。言語獲得、人型になるのはレアケース。人と生活を共にして何時かは消えてしまう。分かった事はそんな所か。
悠兎さんの見立てだと未だチャダは居るらしいが…正直しんどいな。考えただけで辛い。
「チャダは、太郎の所から居なくならない。」
きゅっとチャダの手が俺の左手を強く握る。
「チャダは天使じゃない。もしそうだったとしても、勝手に居なくならない。太郎に助けて貰ったんだから、今はチャダが太郎を助けるんだから簡単には居なく無くならない。」
強い眼差しでチャダは悠兎さんを見つめる。今までに見た事が無い表情だ。
タバコに火を着けて、緩やかに昇る煙の中でチャダとは対照的な柔らかい眼差しで俺達を見ている。
「良いね太郎君は。俺も天使にそう言われてみたかったよ。」
空を見上げ肺に入れた煙を吐き出しながら悠兎さんは笑った。
チャダ=天使。
こんな生き物って沢山居たら大変そう…




