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「あら!太郎ちゃんがお出迎えなの?嬉しいわあ!」
玄関前で数ヶ月振りに対面した母さんが元気いっぱい力いっぱい俺を抱きしめる。「おかえり。母さん。」と伝えるのが今出来る精一杯だった。
「あら。太郎ちゃん、また身長伸びた?」
「1センチ伸びただけだよ。あんま変わらないって。」
「1センチも伸びてるじゃない!竹みたいで縁起が良いわ!」
俺の母さんは独特な感性を持っているせいか、ズレてる発言がやや多い人だ。まぁある意味相変わらずで何よりである。
「太郎か。」
続いてタクシーから出てきた親父も変わらず元気そうに見えた。
「………何か、あったか?」
「え?」
親父のそんな一言で思い出した事がある。
小学生の時、両親に聞いて欲しい事や相談したい事があった時はこうやって玄関前で親の帰りを待っていたのだ。
今回一美ちゃんの事で慌しかったが、同時に両親に今後の進路を話しなくては。どう切り出すかそうずっと頭にあった。
そうは言っても大学へ行かせて貰ってる身分だ。ちゃんと自分の思いや考えを話するのは、今回しか無いだろう。
「親父、実は進路の事で。」
「そうか。もうそんな時期か。」
タクシーから荷物を下ろし終え、去って行くと何時もとは違う静けさが訪れる。
「俺、音楽をやりたいです。」
更に静かな空気を感じる。
「勿論、堅実に会社勤めが良いのは分かってる。世間的にも。それに…」
「太郎。御託は良いんだ。」
「はい。」
「音楽をやりたいならそれでいい。」
親父の回答は実にあっさりしていて驚いた。
「確かに良い会社に入って安定した収入と世間体があれば無難な人生を送れる。それも立派だ。太郎は安定よりもやり遂げたい何かを感じたんだろう。それが音楽だったんだな。」
「はい。」
「良いじゃないか。確かに音楽業界は大変かもしれんが、一流企業に入るのも多分大変だろうしな。同じ苦労なら好きな方を選べばいいさ!」
さっきまでの緊迫した空気を破壊するほど、豪快な親父の笑い声が響いた。
「まぁ、俺も指揮者として食えてきたのは30歳だったし、世界へ出れたのも太郎が産まれてからだからな。目安として30歳迄なんとか出来れば良いんじゃないか?」
「貴方がちゃんと独り立ち出来たのは32歳ですよ。」
「そうか?母さんが言うならそうかな。じゃあ32迄になんとかしてみようか!」
更なる親父の笑い声と母さんのツッコミを聞くと、ゆるゆると自分の心が緩んでいくのが分かった。安堵感か。
「ほら、まだ寒いんだから家の中に入りましょ。みんな家に居るんでしょ?」
優しく背中を摩る母さんに促されながらドアに向かう。
「もし全てダメなら、私達の事務所職員か我が家のハウスキーパーになってくれれば良いわよ!太郎ちゃんは器用だし!」
「そうだな。社長、職員増やすかって話してたしな。」
百歩譲って職員は未だ良いけど、ハウスキーパーって何?多分家政婦の事を指してるよね。其方は絶対嫌だ。
「奮励…致します。」
とりあえず両親の了解は得られたけど、又新たな緊張感が胸の中でジワジワと広がる感じがした。
「ママー!パパー!何時まで外で話してるのー?」
玄関から三久が顔を出して来た。帰っていたのか。
「ただいま三久ちゃん。元気だった?」
「ママおかえり!あれ。お兄ちゃんもいたの?早く入ってお寿司食べようよー!お腹空いたー!」
三久も出て来て両親の荷物を家へ引き込み帰宅となった。
太郎のお父さんは小さな楽団の指揮者から有名になるまでかなり苦労をしていますが、それ以上に苦労してるのはお母さん。少ない旦那の給料と自分の稼ぎに3人のお子様を抱えて生き抜きました。だから家庭内全員お母さんに絶対服従です。




