第八章 新種族ネトパン
数えてみれば、陽がここへ来てからもう一週間ほどになる。
すっかり電子機器のない生活にも慣れ、目を覚まして最初にすることといえば、昨日の夜に仕掛けた窯と木炭の出来具合を確認することだった。
ところが、ふと見ると瑞泊と職人たちは陽よりも早く起きていた。
全員がハンマーや木板を手にしている。
どうやら、急ピッチで作業を進めるつもりらしい。
陽は昨日の成果を簡単に確認した。
木炭はほとんど完成していたが、窯で焼いた陶碗はなぜかかなりの数が割れている。
今回、無傷で残ったのはわずか十一個だった。
もしかすると、昨日は運が良すぎただけなのかもしれない。
(いや、違う。昨日の窯は俺がずっと息を吹き込んで燃焼を補助してた。この窯の陶器は火をつけたあと、ほったらかしだった)
「もしかして、温度の問題か?」
そう思ったところで、ちょうど木炭がある。
これを熱源にして、もう一度焼いてみることにした。
どうせ朝食を急いで食べる必要もない。
陽はその場に胡坐をかき、再び粘土の成形を始めた。
時間を考えれば、午後にはもう一度焼き上がるはずだ。
ただ、温度が高すぎるのか低すぎるのかは分からない。
結局は、何度も試してみるしかなかった。
木炭に替え、火をつける。
窯を蒸し焼きにして、あとは時間に任せる。
その間、陽は肉を焼いてキャンプの朝食を用意することにした。
焼くのは六、七分ほど火を通したステーキ。
ただし、自分の分だけは完全に火を通す。
ここ数日の生活で、陽もようやく蛇人との味覚の違いを理解し始めていた。
だから蛇人たちの分は、少し血の気と生っぽさを残している。
料理がすべて完成すると、陽は葉っぱで包んだ焼き肉を何枚か皿代わりの器に盛り、瑞泊たちのところへ向かった。
工事現場に着いてみると、残っていた二棟の住居の骨組みは、すでに十人の蛇人が暮らせる大きな家へと変貌していた。
その作業速度には、陽も思わず冷や汗が出る。
朝食を渡してから、陽は瑞泊に頼んだ。
「なあ、俺用に一軒だけ小さい家を作ってもらえないかな? そんなに大きくなくていい。三メートル四方くらいの小屋でいいから」
瑞泊は快く了承した。
それどころか、職人たちの手伝いすら必要ないという。
「これくらいなら、私一人でも寝る前には建てられますよ」
「本当にありがとう! 瑞泊。いつか必ずお礼するから」
陽は瑞泊の手を握り、力強く振った。
その頃には、すでに多くの蛇人たちが住居から出てきていた。
ある者は大きく伸びをし、ある者は肩を回している。
互いに談笑しながら、風雨をしのげる住居を手に入れたことを心から喜んでいた。
これらの住居は、蛇人向けに特別に設計されている。
屋内中央には火床と通気口を設け、天井を高くした。
廊下も広めに取り、出入口の敷居も幅を広げている。
さらに、地面と接する階段部分は一枚の傾斜した木板に変更した。
蛇人の腹部が擦れるのを減らし、移動時の快適性を高めるためだ。
内部は十個の簡易的な区画に分けられており、天井には空気の循環と温度交換のための開口部がある。
それぞれの区画には独立した窓も用意した。
現段階では木製のベッドは作っていない。
これまでの習慣をそのまま残し、床一面に枯れ草を敷いている。
また、住居の奥には、将来的に階段を設置して上階へ空間を拡張するための空きスペースも確保してある。
一時間ほどして、全員が食事を終えた。
陽は顔見知りの何人かに声をかけ、それぞれの仕事へ戻ろうとした。
住居の建設が一段落したことで、職人たちの自由に使える時間は一気に増えている。
すると、彼女たちは陽を取り囲み、次の計画について尋ね始めた。
「もっと家を建てますか?」
職人の一人が提案する。
「いい考えだな。でも急ぐ必要はないか。そうだな……あと六棟くらい増やそう」
陽は彼女の言葉を受けるように、続けて指示を出した。
「五棟は今と同じ大きな共同住宅。もう一棟は大量の支柱が必要になるくらい大きくして、中は空っぽの部屋にする。倉庫だ。今、資源置き場にある資材を全部そこへ移す」
陽は、次の作業を整理していく。
一つ目、共同住宅を五棟追加する。
二つ目、増え続ける物資を保管するため、半密閉式の資材倉庫を建設する。
三つ目、武器と道具を整理して保管するための装備棚を作る。
四つ目、槍や消耗の激しい各種道具・武器の製造を続ける。
そして、五つ目。
陽は手を上げ、五本の指を広げた。
「この五つ目が重要だ」
「この辺りをシャベルで掘る。斜め下に掘り進めて細い通路を作ったら、その先に地下空間を掘り広げる」
「中には壁と天井を作って、十分な支柱も設置する」
「この建物を『地下室』と呼ぶ。いろんな食料を中に保管して、腐るまでの時間を遅らせるんだ」
「どうして地下室に入れると、食べ物が腐りにくくなるんですか?」
瑞泊が尋ねた。
「地下は土の層に隔てられているから、地上より温度が低くて安定してるんだ」
陽は説明しながら、作業を割り振っていった。
一人の職人は道具・武器棚の編み組みと組み立てを担当。
一人は各種道具と槍の製作。
二人の職人、瑞泊、そして陽の四人で地下室の掘削。
さらに四人が追加建築物の基礎骨組みを担当する。
最後に、新しく加わった五人の蛇人職人が木を伐採・加工し、他の作業班へ供給する。
陽はキャンプの中を歩き回り、住居からかなり近い場所を掘削地点に選んだ。
位置としてはキャンプの東寄りだ。
掘削はかなり順調だった。
大きな石にはほとんど当たらず、土も柔らかい。
むしろ柔らかすぎるくらいだった。
土を根が絡み合わせていなければ、すぐに崩落してしまいそうなほどだ。
そのため、掘り進めながら木板と支柱で補強していく。
ちなみに、地下室に使う木材はすべて、表面を火で炙って炭化処理していた。
目的は防腐と防虫だ。
地下室の土壁にも、さらに草木灰を撒いておく。
こうした事前処理を提案したのは、実は陽ではない。
ここ数日の施工を通して、職人たちが陽の作業手順を観察し、自分たちで経験則としてまとめ上げたものだった。
陽の知らないところでも、彼女たちは少しずつ試行錯誤を重ねていたのだ。
昼近くになり、最初の地下室が完成した。
内部は広々としており、大量の物資を保管できる。
陽は長老に連絡して、留守組に物資を運び込んでもらおうと考えた。
特に目を引くのは、一本の丸太をくり抜いて作った槽だった。
地下室の中央に置かれている。
これはシルルが作った氷を入れるための専用容器だ。
作りはそれほど精巧ではない。
だが、大きくて頑丈なら十分だった。
陽は木炭の土包みのところへ向かい、長老に声をかけた。
長老は人手を集めて掘削作業をしており、完成した木炭を積み上げて運搬の準備もしている。
そこで地下室のことを説明し、シルルも呼んだ。
数人で木炭を抱えて資源置き場まで運び、その後十数人が交代しながら大量の干し肉と生肉を地下室へ運び込む。
最後にシルルが魔法で氷を作り、木槽へ入れて地下室を冷やした。
「これでよし。夜になったらまた様子を見に来よう」
陽はシルルの小さな頭をぽんぽんと叩いた。
全員で地下室を出る。
瑞泊たちは二号、三号地下室の掘削を続け、さらに多くの物資を保管する予定だ。
そして瑞泊自身は、陽のための小さな家を建て始める。
今夜には必ず陽に自分の家を用意するとまで言ってくれた。
昼の強い日差しは、やはり暑い。
多くの蛇人たちは、ぐったりして気力を失っている。
陽は彼女たちに、草帽と扇子の編み方を教え始めた。
とはいえ、実のところ陽自身も正確な編み方を知っているわけではない。
乾いた草を細く裂き、折り重ねて手のひらほどの小さな草マットを作る方法を知っているだけだ。
残りは彼女たち自身で研究してもらうしかない。
しかし長老はこの作業にかなり興味を持ったらしい。
自分の部屋に座り込み、細く器用な指で草を編み続けている。
(完成品に期待だな! 俺も草帽なんて、もうずっと被ってないし!)
すべての仕事を割り振り終えると、皆が忙しく動き始めた。
陽は何もせず暇を持て余すのが嫌だった。
窯を確認すると、まだ完全には冷えていない。
そこで長槍と草縄を一本ずつ持ち、何か採取できる資源がないか外へ出てみることにした。
長老とシルルに声をかける。
守衛が頻繁に巡回しているうえ、狩猟組も周囲で狩りをしている。
キャンプ周辺では、もはや大型の野獣をほとんど見かけなくなっていた。
長老も陽が一人で出歩くことを許してくれた。
ただし、何度も遠くへ行きすぎないよう念を押された。
大体の進行方向を尋ねると、狩猟組が戻ってきたら何人かを分けて陽を探しに行かせるという。
助けになれることがないか確認するためでもあり、陽が長時間一人で外にいるのを避けるためでもある。
誰かに気にかけてもらうというのは、何度経験しても心が温かくなるものだ。
陽はキャンプの入口に立ち、振り返った。
もう、ここでの生活は軌道に乗り始めている。
蛇人たちに必要なのは、生活を改善し、繰り返し利用できる基礎資源だ。
だから陽は、まず栽培できそうな食材を探すことにした。
「でも、もうすぐ秋だよな。ちょっと遅いか……冬になる前に収穫できるものなんてあるのか?」
長槍を杖代わりにして、陽はのんびり歩いていく。
左右を見回しながら進む方向は、川の取水地点とは反対側だ。
道中では、二、三メートル以上の高さにある木の太い枝が何本も折れている。
おそらく蛇人の狩人たちが狩りの最中に木へ登った跡だろう。
つまり、この辺りには狩人が来ている。
低危険区域と考えてよさそうだ。
次第に木々がまばらになり、陽はすでに放棄された古い河床へとやって来た。
両側の地形はわずかに盛り上がり、溝には細かな砂と石が広がっている。
雑草も一面に生い茂っていた。
陽はそこへ飛び降り、様々な植物を見分け始める。
すると、一面に広がる青紫色の花が目に飛び込んできた。
陽は雑草をかき分け、その花の群生地へ近づいていく。
それは非常に密集しており、古い河床全体を埋め尽くすように延々と続いていた。
「うわ、すげえ! 大当たりじゃん!」
陽は喜び勇んで引っこ抜こうとした。
だが、びくともしない。
仕方なく石槍で一本を切り取って、切断面を確認する。
見慣れた植物だ。
野生の亜麻。
繊維製品の材料になるだけでなく、薬としても利用できる。
油を搾ることもできるらしいが、その加工方法についてはよく分からない。
今は考えなくていいだろう。
これだけ大量の野生の亜麻を発見できただけでも、外へ出てきた価値は十分にある。
しかもキャンプからかなり近い。
これなら今後、留守組に採取してもらうのも簡単だ。
一束分の野生の亜麻を集め、草縄でしっかり縛って背負う。
あたり一面に広がる亜麻を見ながら、陽は計算してみた。
これならキャンプの全員分の服と寝具を作っても、まだ余る。
しかも来年になれば、また生えてくるはずだ。
少し苦労しながら亜麻を引きずって小さな坂を登り、キャンプへ戻り始める。
頭の中では、もっと多くの肉を保存する方法を考えていた。
栽培については、ほぼ諦めている。
一つ目は、ここで運よく穀物や野菜を見つけても、半端な知識しかない自分では時間の無駄になりかねないこと。
二つ目は、最近は夜の気温が明らかに下がってきており、夏が終わろうとしているのを感じる。
今から種を蒔くには明らかに遅い。
秋蒔きなど、そもそも考えていない。
陽はその言葉を聞いたことがあるだけなのだから。
(あっ! 燻製が作れるじゃん。簡単だし、大量生産できる。干し肉だけで保存するより長持ちするし、独特の風味も出る。問題は……シルルたちが食べ慣れてくれるかどうかだな)
頭の中では、冬場に保存できそうな高カロリー食品をいくつも思い浮かべる。
しかし、悲しいことに陽の知識には限界がある。
大半の計画は、結局諦めることになった。
この一束の亜麻は六、七十斤ほど。
数十メートルも歩かないうちに、陽は息を切らし始めた。
ここ数日で体調はかなり良くなっている。
それでも、こんな重量物を運ぶのは陽のような引きこもりには無理だった。
もう、どうやっても引きずれない。
「うわ、マジか……このままじゃ、そのうち英国の怪力男みたいになっちまうぞ」
陽の額から冷や汗が流れる。
唇も少し青白い。
実際には、最近の塩分摂取量が少なすぎることが原因だった。
「お手伝いしましょうか?」
とても優しく、軽やかな声。
陽は振り返った。
狩人の誰かが助けに来てくれたのだと思った。
だが、そこにいたのは――
ふわふわとした純白の毛。
日に焼けたような黒い肌。
すらりと高く、豊満な身体。
少なくとも、陽の知るラミアの姿ではない。
(いや、どう見ても……ん? 誰だ、この人?)
「お、おい! 止まってくれ! こっちに来ないで!」
陽は亜麻を放り出し、反射的に長槍を握って相手へ向けた。
正確には、魔物娘へ。
彼女は陽の構えに怯えることもなく、敵意を示すこともなかった。
ただ小さく頷き、二歩ほど後ろへ下がる。
そして穏やかに微笑んだ。
「この距離なら、安心していただけますか?」
陽は、彼女が本当に動かなくなったことを確認した。
すると、場の空気が急に緩んだ。
そもそも陽の威嚇は、実際には虚勢に近い。
自分よりはるかに大きな魔物娘を相手にしたところで、ほとんど脅しにもならない。
そして、彼女の純白の毛を見た時点で、陽はほぼ確信していた。
ここ数日、キャンプの周囲に現れていた連中に違いない。
「パン?」
陽は探るように尋ねた。
具体的な名前は、あまり覚えていない。
「正確には違います」
彼女は首を横に振り、説明する。
「パンはもっと穏やかな種族で、ほとんど単独では生きていけません」
「私たちは『ネトパン』という亜種です。パンよりも、ずっと強い種族です」
「君たちは……何人いるんだ? ここ数日ずっと俺たちのキャンプの周りをうろついていたのは、偵察だったのか? それなのに、どうして今になって俺の前に出てきた?」
陽は眉をひそめた。
彼女たちがここまで慎重に行動している理由が分からない。
それでも接触しようとしている目的も。
「私の同族はみんな臆病なんです。私は彼女たちの隊長を務めています。名前はネーヤ」
彼女はゆっくりと話しながら、少しずつ近づいてくる。
「私たちは故郷から離れて旅をしていて、この森にはもう長いこと滞在しています」
「数日前、突然禁地が消えたことに気づきました。その中にいたラミアたちが全員外へ出てきて、キャンプまで作っていたんです」
「そして何より、この辺りの蒼鷲が彼女たちに殺されたと、小さな子たちから聞きました」
「おい、待ってくれ。まだ近づかないでくれ」
陽はもう一歩後ろへ下がった。
「それで、もう一つ聞きたい。わざわざ一人で俺のところへ来た目的は何だ?」
「あなたが着ているもの……蒼鷲の羽で作ったものですよね?」
ネーヤは陽の服を見つめる。
「なるほど。噂は本当だったんですね。ラミアたちは本当に蒼鷲を倒したんだ。どうりで最近、この森がずいぶん静かになったと思った」
「あっ、申し訳ありません」
ネーヤは軽く身を屈め、莞爾と笑った。
「あなたは困惑していますよね?」
「よろしければ、あなたについてキャンプへ行かせてもらえませんか? 私も長老にお会いしたいのです」
(長老? 長老って、そんなに有名なのか?)
「それは俺には決められない」
陽は警戒を解かない。
「それより、どうして俺の前に現れたのか、まだ答えてないだろ。何も知らないまま案内役になるのは嫌なんだ」
怪しい。
かなり怪しい。
この羊娘、絶対に何か隠している。
「私はこれまでの人生で、ラミアと一緒に暮らしている人間を見たことがありません」
「この理由では不十分でしょうか?」
ネーヤは穏やかに語る。
「野外で暮らす亜人が人間に対してどれほど強い警戒心を抱いているか、あなたには想像しにくいでしょう」
「それなのに、禁地にいたラミアたちはあなたを受け入れている」
「私たちは考えました。まずあなたに会っておき、そこから私たちを紹介してもらおう、と」
ネーヤはまた無意識に二歩ほど前へ進んだ。
一方の手を頬に添え、笑う。
「それに……さっきから、あなたからほんのり温かな気配がするんです」
「太陽のように熱くて耐えられないものではなくて……大雪の中を流れる、一筋の温かな水のような感じ」
(なんか、この人……ちょっと危ない気がするな)
陽は思わず二歩ほど後退した。
そして手を上げて制止する。
「いやいや、分かったから。何度も言ってるけど、距離を保ってくれ」
軽く咳払いをする。
考えてみれば、この種族は明確に接触を望んでいる。
ここ数日もずっと様子を窺っていた。
しかも狩人たちが外へ出る際には、一人になることもある。
それでもネーヤは姿を見せず、毛だけを残していた。
あれは、いわば挨拶だ。
敵意がないという意思表示としては、もう十分だろう。
「分かった。連れて帰るよ」
陽は頷いた。
「まあ! ありがとうございます。それでは荷物を持ちましょうか?」
ネーヤが亜麻の束を指差した。
「お? じゃあ、ちょっと持ってみてくれ」
陽は興味深そうにネーヤを見た。
ネトパンという種族がどれほど力を持っているのか気になったのだ。
ネーヤは微笑み、頷いた。
そして片手で七、八十斤ほどある亜麻の束を持ち上げる。
まるで何でもないかのように。
二歩で距離を詰めて、陽の隣へ並んだ。
(やっぱりな。見るからに力ありそうだもんな)
陽は知らなかった。
単純な腕力だけなら、ネトパンはラミアよりもさらに強い。
距離が近くなると、陽の鼻にネーヤの汗の匂いが届いた。
臭いわけではない。
少し酸味があり、そこにかすかな花の香りが混じっている。
よく見ると、ネーヤの額には細かな汗が浮かんでは流れていた。
(うわ……ちょっと近づいただけで、こいつの身体から熱気を感じる。毛の保温効果、すごすぎないか?)
(よく見ると、ネーヤってかなり背が高いな。ネトパンって、みんなこんなに大きいのか?)
「では、行きましょう。数分で着きますよ」
陽が先頭に立って歩く。
だが、時々背後から視線を感じる。
その視線が妙に気になり、少しだけ背筋が寒くなった。
まあ、気にしないことにした。
キャンプの外周まで戻ってくると、巡回中の蛇人たちが見えた。
陽は手を振った。
「ただいまー!」
守衛たちは陽を見た。
そして、その後ろに見たことのない亜人がいることに気づく。
一瞬で警戒態勢に入った。
「陽が攫われた! 長老を呼んで!」
「違う! 俺は無事! 大丈夫だから!」
陽は慌てて数歩走り、守衛たちのところまで行って事情を説明した。
ようやく蛇人たちも安心したが、見知らぬ者が突然キャンプへ入ってきたことへの警戒は解かれない。
「ネーヤ、荷物はここに置いていい。君は俺と一緒に長老に会いに行こう」
陽は声をかけ、ネーヤを連れてキャンプへ入った。
長老の住居へ向かう途中、ネーヤは周囲を興味深そうに見回していた。
何もかもが珍しいらしい。
「亜人でも、こんな家を作れるんですか?」
ネーヤが陽を見下ろして尋ねた。
彼女はこれまで、自分たち以外の亜人種族が自力で家を建てるところを見たことがない。
最も器用な亜人ですら無理だった。
最強の龍でさえ、洞窟を住処にしている。
「手足がないわけじゃないんだ。しかも身体能力まで高い。ただ、関連する知識がなかっただけだよ」
陽は説明しながら階段を上った。
木製の扉を開ける。
すると、長老はすでに草帽を二つ編み終えていた。
ちょうど作業を止め、肩を回しているところだった。
長老は陽と目を合わせる。
そして、陽より頭一つ分も高いネーヤを見た。
怪訝そうに目を細める。
「長老」
ネーヤは恭しく頭を下げた。
強者に従う者としての礼儀だ。
自分も一族の中ではかなり強い方だと思っている。
それでも長老を前にすると、抵抗しようという気持ちがまるで湧いてこない。
強靭な肉体。
凝縮された魔力。
外から見れば、長老はまるで人を喰らう獰猛な大蛇そのものだった。
「あら~、そんなに緊張しなくていいよ。ご飯は食べたかい?」
「確か、あなたたちネトパンも雑食だったね?」
「焼き肉でも食べるかい?」
長老の口調は、まるで孫を気遣う祖母のように優しい。
場の空気を和らげるためでもあり、ネーヤを安心させるためでもあった。
「い……いえ、大丈夫です」
ネーヤは息を詰まらせた。
だが、そこでようやく身体から力が抜ける。
噂に聞いていたラミアの長老は、決して近寄りがたい人物ではなかった。
「ここに座りなさい」
長老は麻布を敷いた枯れ草の座布団を整え、できるだけふっくらさせた。
そして手にしていた二つの草帽を陽へ渡す。
陽はその意味を察した。
どうやら、少し内密な話をしたいらしい。
草帽を持って出ようとする。
「陽、みんなにここから少し離れてもらって。しばらく近づかないように伝えておくれ」
(お、どうやら俺にも知る権利があるらしい)
長老は最初、一人で話を聞くつもりだった。
しかし考えてみれば、陽がより多くの情報を知っていれば、今後の建設計画や目標をもっと柔軟に決められる。
そう判断し、陽にも残って聞かせることにした。
陽が外へ出ると、ちょうどシルルが疲れた様子で戻ってきた。
聞けば、三つ目の地下室にある木槽へ巨大な氷塊を作ったばかりらしい。
そのせいで魔力をほとんど使い果たしてしまったようだ。
陽はまず何か食べて、昼寝でもしてゆっくり休むように言った。
そして草帽を一つ渡す。
珍しいものを見たシルルの目が一気に輝いた。
一つを頭に被り、もう一つを抱える。
そして嬉しそうに歩いていった。
陽は近くを通りかかった蛇人たちにも、しばらく長老の家に近づかないよう伝えた。
彼女たちが互いに情報を伝えていくのを見届ける。
十数秒もすると、周囲から人影が消えた。
陽はようやく扉を開け、二人のもとへ戻った。
そして行儀よく胡坐をかき、何も言わず聞き役に徹する。
「話してごらん。どうしてあなたたちネトパンは、ここへ来たんだい?」
長老が淡々と尋ねる。
ネーヤは複雑な表情を浮かべ、考えながら答えた。
「いつからだったのかは分かりません」
「でも、私たちの故郷は、いつの間にか私たちが暮らせる場所ではなくなっていました」
「仲間たちは原因の分からない病気にかかるようになり、気温も急に寒くなったり暑くなったりするようになりました」
「食べられる植物も、たくさん枯れてしまいました」
「それに、目には見えない何かが動物たちの間で広がっているんです」
「感染? 本当にそうなのかい?」
長老が聞き返す。
「はい」
ネーヤは頷いた。
「その動物たちは、普段とはどこか違っていました」
「時々、群れになって私たちを襲ってくることもあります」
「私たちにもよく分からないんです。でも……とても嫌な感じがする」
「見た目だけなら、死霊のような生き物に見えます」
「でも、本質的には絶対に違う」
「すごく純粋で、不吉な気配がまったくないんです」
「まるで……何も存在していないみたいで」
ネーヤは眉を寄せる。
声がわずかに震えていた。
どうやら、かなり恐ろしい経験だったらしい。
「ここへ来てどのくらいになる?」
「どうやって私たちを見つけたんだい?」
長老はネーヤの故郷について深く聞こうとはしなかった。
今の彼女たちの状況の方が気になっていた。
「一か月くらいです」
「ある日、空から聞こえていた鳴き声が消えたことに気づきました」
「その後、禁地にいた蛇人たちが外へ出てきて、キャンプを作り始めたことを知りました」
「しかも、人間と一緒に暮らしていた」
「驚きましたが、同時に、あなたたちが新しい故郷を作ろうとしていることにも気づいたんです」
ネーヤは気づかれないように指を絡めた。
そして、今回ここへ来た本当の目的を口にする。
「私たちも、新しい故郷を作りたいんです」
「でも、どこから始めればいいのか分からない」
「仲間たちはとても不安がっています」
「そして私は……隊長なのに、何もしてあげられない」
最後の言葉を口にした瞬間、ネーヤの身体がわずかに強張った。
陽には、彼女が抱えている戸惑いと恐怖が見て取れた。
「最後に一つだけ聞かせておくれ」
長老は尋ねた。
「今は何代目の魔王なんだい?」
「どこにいる?」
「どうしてあなたたちの領地を放置しているんだい?」
彼女たちはあまりにも長い間、社会から離れていた。
人間側についても、亜人側についても。
(魔王? もしかして、昔ながらのRPGみたいな展開があるのか?)
「魔王様は……」
ネーヤは答えた。
「大公との政略結婚に不満を抱き、数か月前に姿を消しました」
「親衛隊ですら、どこへ行ったのか分からないそうです」
ネーヤは、自分が知っていることをすべて話した。
長老の表情は変わらなかった。
ただ、小さくため息をつく。
そして陽を見る。
心の中では、すでに嵐のような騒ぎが起きていた。
――すべて祖巫の言った通りだ。
変化が始まっている。
「陽。瑞泊たちに、追加で家を建てるよう頼んだんだね?」
長老は一応確認した。
陽は笑って頷いた。
「うん。今日、新しく五棟増やす予定だ」
長老はネーヤへ尋ねる。
「あなたたちは全部で何人いるんだい?」
「私を含めて、三十九人……ではなく、三十八人です」
「他にも分散している仲間たちがいますが、今は連絡が取れません」
「それなら十分だな。まだかなり余裕がある」
ネーヤは二人の顔を見て、どこか息の合った雰囲気を感じ取った。
「え? ど、どういうことですか?」
長老は立ち上がり、外へ出ていった。
そして様子を窺っていた仲間たちを集め、何かを話し始めた。
「ネーヤ」
陽も立ち上がる。
そして真剣な表情で尋ねた。
「君と仲間たちは、違う種族と一緒に暮らすことを受け入れられるか?」
「誰かが誰かを支配するんじゃない」
「一緒に頑張って、一緒に暮らしを作っていくんだ」
「……私たちでも、いいんですか?」
ネーヤは聞き返した。
「生活様式も全然違います。それに……私たちの身体には、ずっと変な匂いがあります」
陽は彼女の手元を見た。
ネーヤはまた無意識に指を絡めている。
室内にいるにもかかわらず、額には汗が浮かんでいた。
陽は、彼女が何を気にしているのか少し理解した。
腰を屈めて手を伸ばす。
そして彼女の片手を取った。
その手は少し震えていて、湿っていた。
陽はただ、その手を握る。
そして笑った。
「俺は陽。人間だ」
「このキャンプの一員でもある」
「ネーヤ。君たちネトパンも、このキャンプの一員になっていい」
「分かるか?」
「俺個人としては、君たちを歓迎する」
「だから緊張しなくていい。ほら、力を抜いて」
「ゆっくりでいいから」
ネーヤは何も言わなかった。
ただ、握られた手を少しだけ強く握り返す。
それだけで、心が落ち着いていく。
やがて、小さく頷いて微笑んだ。
(やっぱり……この人から感じる温かな流れは、間違いじゃなかった)
長老と皆の話し合いも、まもなく終わった。
ほどなくして長老が戻ってくる。
陽は長老の表情がずいぶん穏やかになっているのを見て、皆が受け入れることに同意したのだと理解した。
まだ戻っていない狩人たちを除けば、問題はなさそうだった。
(黒肌の怪力女か……たぶん俺を持ち上げるのも、雛鳥を持ち上げるのと大差ないんだろうな)
「ネーヤ」
長老は淡々と告げた。
「あなたたちを、このキャンプに受け入れよう」
「少ししたら仲間を迎えに行っておいで」
「今夜から新しい家に住めるよ」
口調は平淡だった。
だが、その目元には笑みが浮かんでいる。
ネーヤは驚いて口元を覆った。
そして、掠れた声で何度も確認する。
「……いいんですか?」
「本当に……本当に、いいんですか?」
まるで現実とは思えないようだった。
長老は辛抱強く、何度も頷いた。
そして地面に座り込んでいたネーヤを立ち上がらせる。
「早めに仲間たちを連れておいで」
「歓迎するよ」
陽も笑った。
「ようこそ。夜はスープを作ってやるよ!」
(計画はまた変更だな)
(でも今回は、いい方向への変更だ)
(まあ、物資への負担も増えるんだけどな)
【第一雪まで残り65日】




