第五章 新しい家を建てる
案の定、夏の夜の森であっても、かなり冷え込んだ。
体感温度は十数度ほどしかない。
いくつもの組に分かれた蛇人たちは焚き火を囲んでいたため、それほど寒さを感じてはいなかった。
見張りを担当する蛇人が定期的に薪をくべ、外周を巡回していた蛇人たちも、キャンプを一周して戻ってくる頃には明らかに顔色が悪くなっていた。
震えながら両手を擦り合わせ、焚き火の傍に座り込んで身体を温めている。
「どうやら、ここはもうすぐ秋になるみたいだな」
陽は巡回から戻ってきた蛇人たちの様子を見ながら、彼女たちが気温から受ける影響について、さらに理解を深めていた。
「秋って、なに?」
シルルがシキアの胸元からもぞもぞと起き上がり、眠たげな目を擦る。
長老も、今は眠る気分ではなかった。
もともと皆、かなり近い場所に集まっていたこともあり、陽の疑問に答える。
「新生代の子たちは、ほとんど秋を見たことがありません」
「そもそも、四季が巡るということ自体を、あまり知らないのです」
「祖巫様の庇護下では、私たちは比較的安定した環境で暮らしていました」
「ですが、祖巫様がどれほど強大であっても、周囲の温度を変えることはできる。外敵を追い払うこともできる」
「それでも、枯れた枝に新しい芽を生やすことはできません」
「枯渇した魔力を回復させることもできない」
「だからこそ、私たちが暮らしていた環境は、少しずつ悪化していったのです」
陽は尋ねる。
「何か理由があって、祖巫と一緒に移動することができなかったんですか?」
長老は草地に横たわり、星空を見上げた。
目を細め、記憶を辿るようにして答える。
「祖巫様は……どうだったでしょう。私もあまり覚えていません」
「たしか、魔力を吸収しながら、何かの術式を維持していたはずです」
「『演算中は動いてはいけない。そうしなければ魔力の供給が途切れる』と、祖巫様はおっしゃっていました」
「祖巫様が何を演算していたのか、私には分かりません」
「ですが、あの方が石の繭となることを選んだのなら……きっと、答えを見つけたのでしょう」
「じゃあ……祖巫は、また目を覚ますんですか?」
陽は振り返った。
蛇人たちが輪になるように置いた物資の山。
その中央に、祖巫の石の繭が置かれている。
左右には一本ずつ松明が立てられ、石化した祖巫の顔を照らしていた。
眠る前と変わらない。
どこか気だるげで、疲れ切ったように目を半開きにした姿。
「ええ。必ず」
長老は自信満々に頷いた。
「祖巫様は、石の繭となった後も必ずまた目を覚ますとおっしゃっていました」
「ただ、具体的にいつになるのかは分かりません」
「ですが、そう遠くないうちに目覚めるはずです」
陽には、その『そう遠くない』という言葉が、蛇人たちの時間感覚で語られているのかどうか分からなかった。
できればもう一度、直接会ってお礼を言いたい。
果たして、この人生でもう一度会える機会があるのだろうか。
「シルル。お姉ちゃんって、いつもこんな寝相なの?」
陽は自分の手首に巻きついていた蛇尾をほどいた。
指先が少し痺れている。
「あっ……それ、私の尻尾です」
シルルが申し訳なさそうに指を突き合わせる。
「ご、ごめんなさい。お姉ちゃんの手だと思ってました。暖かかったから、つい巻きついちゃって……」
「いやいや、気にしなくていいよ」
陽は苦笑した。
「シキアとシルルの尻尾、そっくりだからさ。さっきからずっと締め付けられて、ちょっと苦しいなとは思ってたんだけど……」
陽はシルルの頭をぽんぽんと撫でる。
「ほら、もう寝よう。明日は朝から色々頼むことになるから、ちゃんと休んでおくんだぞ」
シルルが徐々に力を抜いていく。
姉の蛇尾に身体を預け、眠気を誘うように目を閉じていった。
陽はシキアの身体の下からゆっくりと抜け出す。
そして焚き火から離れた外側まで移動すると、地面に座って星空を見上げた。
頭の中では、すでに次の計画を立て始めている。
(雪が降る前に、全員分の家を建てないと)
(半地下式なら保温性は高い。でも、前に地面を掘った時は石が多すぎて、深く掘るのがほとんど無理だった)
(今いる場所がどういう地質なのかも分からない)
(まずは石器を一通り作って、それから考えよう)
「月が二つか……」
陽は空を見上げた。
「やっぱり異世界なんだな」
「……まあいいや。とりあえず寝よう」
身体を丸め、羽毛の衣を身体に被せる。
陽にとって、野外で過ごす最初の夜は――意外なほど快適に眠ることができた。
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時刻――午前七時十五分【辰#&一刻】
陽は頭を押さえながら起き上がった。
もう長時間、屋外で寝るのはやめたほうがいい。
焚き火があったとしても、夜の冷たい風は骨まで染みる。
それに蛇人たちの抱き合って暖を取る方法には、自分が骨折する危険性まである。
長老はすでに、目を覚ました族人たちと一緒に物資を分類していた。
まだ何人もの蛇人が、次々と目を覚ましていく。
朝の陽光が森を徐々に温め始めていた。
長老が食料を配っていく。
陽の手元に渡ってきたのは、水分がまだ完全には抜けていない干し肉。
見たところ、ほとんど生肉に近い。
「あなたのおかげですよ」
長老が言う。
「蒼鷲の肉が手に入りましたから、しばらくは食べていけそうです」
「みんな、これを食べてるんですか?」
陽は分厚い肉片を片手に持ち、もう一方の手で焚き火を指差した。
「もう少し加工したりしないんです?」
「加工……?」
長老は心底不思議そうな顔をした。
「どうやって?」
(嘘だろ……)
(神様、こいつら……まだ生肉を食ってやがる)
「い、いや……こうするんですよ」
陽は肉を焚き火の傍に置かれた石の上へ乗せた。
じゅううううっ――!
肉から脂が溶け出し、音を立てる。
「これは、何をしているんです?」
「なに、この音……」
「ああ~、なんて素敵な音!」
「すごくいい匂いがする!」
キャンプ中の蛇人たちが、次々と集まってくる。
焼けて色が変わっていく肉。
弾ける脂。
陽には分からなかった。
蛇人たちにとって、火を起こすこと。
そして火種を維持することが、どれほど困難だったのか。
ましてや、長い間外界から隔絶された生活を送っていた彼女たちにとっては。
「肉は焼いてから食べるんだよ」
「こうすると、すごく美味しくなる」
「それに、お腹を壊す心配も減るから」
陽は焼き上がった肉を長老へ差し出した。
「食べてみてください」
「こうやって食べれば、みんなもっと体力がつくと思います」
「それに、お腹の中も温かくなるから」
長老は皆の視線を浴びながら、焼き肉を受け取った。
人間の街では、肉を焼いて食べることがある。
その程度の知識なら、長老も聞いたことがある。
だが、様々な事情によって、彼女たちの一族は人間社会とほとんど接点がなかった。
長老は焼き肉を口元へ運ぶ。
鼻を動かす。
そこから漂ってくるのは、生肉には存在しなかった、未知の魅惑的な脂の香り。
長老は恐る恐る肉を口へ入れた。
力を込めて引き裂く必要もない。
肉汁が口の中の隙間という隙間を満たしていく。
長老の身体が、思わずぶるりと震えた。
「こ、これは……!?」
信じられないという顔で、手の中の肉を見る。
そして陽を見る。
肉は、ただ焼いただけなのに。
こんなにも美味しくなる。
しかも食べてみると、確かに腹の中が少しずつ温まっていく。
長老は知らなかった。
生肉と加熱した肉では、身体が消化・利用する際の負担にも大きな差がある。
加熱した肉のほうが、彼女たちの体力をより効率よく維持できるのだ。
「ほら、みんなも食べてみて!」
長老の反応を見た蛇人たちは、一斉に自分たちへ配給された肉を取り出した。
次々と焚き火の傍へ並べていく。
たちまち、肉の香りが周囲に広がった。
咀嚼する音。
歓声。
驚きの声。
「祖巫様ぁぁ!」
「陽! どうしてこんなこと思いついたの!?」
「これ、すっごく美味しいじゃん!」
シキアが脂まみれの手で陽の肩を掴み、ぶんぶんと揺さぶる。
(うわぁ……)
(この子たち、今までどんな生活してたんだよ……)
(……いや、年齢で言えば俺のほうが子供なんだけど)
(やっぱり、生き延びるだけじゃ全然足りない)
(この子たちには、『生きる』だけじゃなくて『暮らす』ことを覚えてもらわないと)
「そんなに難しくないだろ?」
陽はシキアの手首を掴み、少し力を込めてどうにかその手から逃れる。
「これから、もっと美味しいものを作ってあげようか?」
(あれ?)
(この子、力加減めちゃくちゃじゃない?)
「長老」
陽は声をかける。
「今日の仕事、そろそろ決めてもいいですか?」
「進めないと、冬に間に合わないと思います」
「おっ……そうでしたね」
長老は、まだ先ほどの焼き肉の余韻を味わっているようで、少しぼんやりしていた。
やがて全員を集合させる。
長老自身も少し高くなっている石の上に立ち、族人たちの顔を見渡した。
焼き肉を食べたせいか、皆の顔色が少し良くなっているように見える。
――気のせいだろうか?
「皆さん、よく聞いてください!」
「今日は、私たちがここへ移ってきて初めての日です!」
「この地の蒼鷲は、もう私たちの腹の中!」
「しかも、焼き肉にして食べました!」
「これは、きっと素晴らしい始まりになります!」
「おおおおお!」
蛇人たちから歓声が上がった。
炎。
焼き肉。
そして新しい生活。
彼女たちは、今日何が始まるのか。
これから何が変わっていくのか。
期待していた。
「陽。私たちは、何から始めればいいと思いますか?」
長老から尋ねられた瞬間。
陽は無意識に首を縮めた。
また蛇人たち全員の視線が自分へ集まっている。
「えっと……」
「昨日、火に当たる前って、手足が痺れたりしませんでした?」
「地面で寝てみて、どうでした?」
「どうって……」
「普通に、あまり快適じゃなかった」
「少し寒かったです」
「動きも、かなり鈍くなりました」
陽は頷いた。
「それなら、第一歩は家を建てることから始めましょう」
「昔みたいな泥の家じゃなくて」
「もっと暖かくて、もっと頑丈な家を」
「私たちには職人がいません」
誰かが言った。
「大丈夫です」
陽は答えた。
「俺だって職人じゃありません」
「最初から職人だった人なんていないでしょう?」
「ゼロから始めればいいんです」
陽は自分の羽毛の衣の襟元を掴み、皆へ声を張った。
「大丈夫!」
「服を縫うより難しくはありませんから!」
「長老。皆を三つの班に分けてください」
「役割を明確にして協力したほうが、ずっと効率がいいです」
「三つですか?」
長老が尋ねる。
「どう分ければいいのでしょう?」
陽は三本の指を立てた。
「三班です」
「第一班は最低でも三十人」
「周囲の探索、採集、狩猟を担当します」
「第二班は十人程度」
「俺と一緒に家の建設を始めます」
「残りが第三班」
「物資の確認と運搬」
「キャンプの外周警戒」
「火種の管理」
「それから、怪我人が出た場合の対応です」
長老がぱちぱちと拍手する。
そして大きく声を張り上げた。
「皆さん、聞きましたね!」
「時間は待ってくれません!」
長老に急かされると、蛇人たちはすぐに班分けを始めた。
シキアやギルなど、戦闘力の高い者たちは当然第一班。
シルルと長老は第三班。
そして第二班には、見知らぬ八人の蛇人が加わった。
いずれも、職人仕事に興味を持っている者たちだった。
簡単に自己紹介を済ませる。
陽は余計な話をせず、すぐに作業へ取りかかった。
まず職人班の蛇人たちに、それぞれの木から滲み出ている樹脂を集めさせる。
結晶化したもの。
半ば粘液状になったもの。
使えそうなものは片っ端から集めていく。
陽自身は地面に転がっている石を探した。
ただし、大きすぎる石は陽には運べない。
そこは蛇人たちに手伝ってもらう。
何度も石を打ち合わせる。
やがて、打製石器の原型が少しずつ姿を現した。
陽はそれと並行して、長さと曲がり具合のちょうどいい木の棒や草の茎、蔓を集める。
職人班が作った石斧で木材を加工し、出っ張った部分を削る。
蔓は叩いて平たくし、その場で乾燥させる。
それから揉みほぐして紐にする。
この作業だけは、蛇人たちのほうがかなり慣れていた。
少なくとも陽よりはずっと上手い。
その間、陽は長老に物資の要求を出した。
【大量の河原石】
長老は留守番班の一部を連れて、キャンプ周辺の地面を歩き回った。
拾える石を拾う。
表面の草や根を掘り返す。
土の中から石を見つける。
それらを物資置き場へ運び込んでいった。
---
三時間後。
陽と職人たちは、それぞれ大量の木材や草紐などを抱えてキャンプへ戻ってきた。
陽は焚き火の傍に座り込み、職人たちへ手招きする。
蛇人たちはぞろぞろと集まってきた。
皆、興味津々だ。
打製石器とは、いったいどんなものなのか。
骨製の道具よりも使いやすいのか。
陽はまず、集めた樹脂を焚き火の傍へ置いて加熱する。
柔らかくなったところで、加工を始めた。
「第一段階」
「まず柄の先端を少し割ります」
「そこへ石斧の刃を差し込む」
「樹脂を少し塗る」
「草紐で接合部をしっかり縛る」
「その上からもう一度樹脂を塗る」
「最後に固まるまで待つ」
「……じゃん」
陽は簡素な石斧を掲げた。
「石斧――低品質」
蛇人たちの視線を一身に受けながら、陽は一本の木の前へ向かった。
斜めに。
上から。
何度も何度も石斧を振り下ろす。
切断というより、少しずつ削っていくような作業だ。
だが、この力仕事は陽にはかなり厳しかった。
太腿ほどの太さしかない木を切るだけで、二十分もかかった。
額から汗が止まらない。
「こんな細い木なら、巻きついて引っ張れば折れるんじゃない?」
職人班の蛇人たちが不思議そうに言った。
「…………」
陽は忘れていた。
自分と蛇人たちには、そもそも身体能力に根本的な差があることを。
「じゃあ、もっと太いのは?」
陽は自分の腰ほどの太さがある木を指差した。
蛇人たちは黙って首を横に振る。
陽は石斧を渡した。
「じゃあ、ちょっと使ってみて」
蛇人が石斧を受け取る。
ドン、ドン、ドン。
打ち付けるたびに、どんどん動きが洗練されていく。
斧を入れる角度も正確だ。
わずか七、八分。
――ズズズ……。
そして。
ドォォォン!
大木が倒れた。
周囲の蛇人たちが一斉に振り返る。
「わあ!」
「石斧って、すごい!」
「もっと作ろう!」
「私も欲しい!」
陽はその場で力尽きたように寝転がり、息を切らしている。
たった今、あっさりと木を切り倒した蛇人を見上げる。
「……俺が原始人なのか?」
「待て待て待て!」
陽は慌てて起き上がった。
「石斧だけ作ってちゃ駄目だ!」
「形や柄の長さを変えれば、別の道具も作れるから!」
陽は地面に木の棒で輪郭を描く。
尖ったもの。
平たいもの。
用途に応じて形を変える。
そして石を手に取り、別の石を叩いて加工する。
実際に作りながら、彼女たちへ説明していく。
ほどなくして――
石斧だけではなく。
数種類の打製石器が作り出された。
そして蛇人たちはコツを覚えた。
最初のうちは陽の真似をしていた彼女たちだったが、やがて制作速度は陽を大きく上回っていった。
第二班に自分から参加した者たちは、間違いなく職人仕事に強い興味を持っていた。
午後が近づくと、彼女たちは協力して低い藪や小さな木を伐採し始めた。
その後、少し太めの木材を慎重に集めていく。
人間一人では抱えきれないほどの大木については――
まだ石斧では傷一つまともにつけられない。
陽にはほとんど手伝えることがなかった。
そこで第三班の物資集積所へ向かった。
そこでは、蛇人たちが次々と石や薪、木の葉を抱えて戻ってきていた。
陽は職人班が作った石刀を第三班の採集者たちへ配った。
骨刀とは比較にならないほど使いやすい。
資源置き場でしゃがみ込み、物資を集計していた陽。
ふと顔を上げる。
そこには長老がいた。
長老の隣にはシルルもいる。
「職人班の進み具合はどうですか?」
長老が尋ねた。
「それにしても……こんなふうに、皆が忙しく動いているのを見るのは久しぶりです」
陽は分類された物資を指差しながら、小声で計算を続けていた。
そして、長老へおおよその数字を伝える。
中には長老には分かりにくい単位もあったので、陽は実物をいくつか並べ、それを基準にして説明した。
「今日中に家を完成させるのは、さすがに無理です」
「でも、一週間以内には必ず形にします」
「ただ、最初の三日間は、それほど大きな成果は出ないと思います」
長老は少し残念そうなシルルを連れて、その場を離れていった。
その直前。
陽はシルルの頭をそっと撫でる。
そして、自分に配給された干し肉をこっそり彼女の口へ押し込んだ。
「ほら、長老についていって」
シルルを軽く押して、長老の後を追わせる。
職人たちは道具と技術に慣れていく。
そして陽自身も、自分が持っているほんのわずかな建築知識を、どうすれば最大限に活用できるのか必死に思い出していた。
---
「一度、整理してみよう!」
陽は地面にしゃがみ込み、木の棒を握った。
「古い骨製工具は、打製石器へ置き換え済み」
「現在の道具は――」
【石斧】
【石掘り】
【石刀】
【石鎬】
【石槌】
【石鑿】
「この六種類」
「小規模な木材採集と初歩的な加工」
「土地の整地と表層の掘削」
「物体の基本的な切断」
「このあたりまでは可能になった」
陽は物資の山を眺める。
「現在の物資は、おおよそ――」
【風干し肉 50kg】
【半乾燥肉 150kg】
【新鮮なベリー 10kg】
【粗布 約1平方メートル】
【細紐 約3m】
【砕石 約2立方メートル】
【未加工木材 約5立方メートル】
【薪 約100kg】
「狩猟班と職人班の午後の成果は、まだ変動が大きいから、今の物資量には入れない」
「……ああ!」
陽は頭を抱えた。
「ノートパソコンがあればなぁ!」
「頭の中だけでこれ全部管理するの、めちゃくちゃしんどい!」
髪をぐしゃぐしゃに掻きながら、陽は地面に木の棒で数字や文字を書いていく。
だが石の重さを測りに行って戻ってくると、うっかり自分の書いた文字を踏み消してしまう。
「……最悪だ」
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さらにしばらくして。
留守番班に連絡が入った。
数百メートル先へ向かい、職人たちが伐採した木材を運ぶのを手伝う。
様々な大きさの木材を抱えて戻ってくる蛇人たち。
職人たちの額には大量の汗が浮かんでいる。
陽は思わず親指を立てた。
蛇人たちは、その意味を理解できない。
それでも陽の顔に浮かんだ肯定的な表情を見て、何となく同じように親指を立て返した。
---
「皆さん、今日の仕事はもうそれほど多くありません」
「しかも簡単です」
「まず、俺が何度か見本を見せます」
休憩を終えた職人たちの前で、陽は一本の程よい太さの木の棒を持ち上げた。
石鑿を使い、表面を削って粗加工していく。
数分後。
先端が鋭く、形の整った木の棒が完成した。
職人たちも同じように作業を始める。
中には蛇尾で木材を固定できるため、陽よりも早い速度で加工している者までいた。
一時間。
大量の加工済み木材が地面に並べられていく。
「よし」
「じゃあ、これを一人一束ずつ持って」
陽は彼女たちを連れて平らな地面へ向かった。
木槌で木の杭を地面へ打ち込む。
一本。
また一本。
それらを交差させながら組み上げる。
接合部を紐で縛り、最後に大量の枝葉を木製の骨組みへ被せていく。
「うん」
陽は顎に手を当て、完成した簡素な建物を眺めた。
「これで、とりあえず数日間の仮拠点にはなるかな?」
「これは、何ですか?」
職人の一人が尋ねた。
斜めの屋根と、一枚の壁しかない。
彼女には、こんな建物が何のために存在するのか分からない。
「これ?」
「うーん……簡易シェルター、かな」
「少なくとも、焚き火の熱をもっと反射できるし、昼間は日差しもある程度遮れる」
「それにしても、急いでるなら暗くなる前に何個か作らないと!」
「よし、次は資源置き場にも作ろう!」
最初の一つが成功したことで、陽のテンションも少し上がっていた。
---
時間が流れ、空が徐々に暗くなっていく。
外へ出ていた三十人の狩猟班が、十数匹の獲物を背負って戻ってきた。
キャンプの外周へ近づいたところで、彼女たちは足を止める。
そこには――
十一棟の簡易シェルターが建っていた。
資源置き場に作られたものには、木の棒で組んだ柵まで付いている。
さらにその上には、まだ乾ききっていない泥まで塗られていた。
「これは……?」
「え?」
「出発する前は、こんなのなかったよね?」
狩猟班の蛇人たちが困惑する。
その場にいなかった者からすれば、この建設速度は確かに理解しがたい。
何しろ、ほんの数日前まで彼女たちは骨製工具の時代に生きていたのだから。
職人班と留守番班の蛇人たちが出迎えに来る。
大量の獲物が一匹ずつ地面へ置かれていく。
彼女たちはすぐに石刀を取り出し、肉を切り分け始めた。
この作業に関しては、陽よりも遥かに経験豊富だ。
より鋭い道具を得たことで、作業はさらに容易になった。
切り出された肉も、剥がされた皮も、以前よりずっと綺麗な状態で残っている。
「お姉ちゃん!」
シルルのところへ駆け寄ったシキアが、妹の痩せた身体を持ち上げる。
嬉しそうに笑った。
「すごいよ!」
「今日はウサギが七匹、イノシシが二頭!」
「それだけじゃなくて、鹿まで二頭!」
「あははは!」
「これで、しばらくお腹を空かせなくて済むよ!」
陽は鼻の奥がつんとした。
自分が最後に空腹に悩まされたのは、いつだっただろう。
飢饉。
そんなものは、陽にとって知識や歴史の記録の中にしか存在しないものだった。
だが今。
たった十数日分の食料を手に入れただけで、歌い、笑い、喜んでいる蛇人たちを見ている。
陽は初めて、胸の奥に重みを感じた。
それは、もしかすると自分にとっては少し傲慢な責任感なのかもしれない。
けれど――
今の陽は、この蛇人の集落の一員なのだ。
(冬が来る前に)
(お前たち全員が、ちゃんと人間らしい――いや、ちゃんとした生活を送れるようにしてやる)
(食べることや飲むことに悩まないように)
(もう、流浪しなくて済むように)
いつの間にか、長老が陽の隣に立っていた。
長老は身を屈め、陽と目線を合わせる。
そして陽と同じ方向を見る。
そこには、活気に満ちた族人たちがいた。
陽の頭に、柔らかな感触が降りてくる。
見上げる。
長老が、陽の頭を優しく撫でていた。
「初日から、本当に驚かされました」
「……まだ足りません」
陽は焚き火の向こうを見つめた。
「冬はすごく寒い」
「きっと、何人も死ぬ」
「だから、まだ足りないです」
長老は少しだけ笑う。
「お腹いっぱいにならなければ、明日のことなんて考えられませんよ」
「さあ、新鮮な肉はとても貴重なんですから!」
「……職人班!」
陽は振り返る。
「細い枝を何本か切ってきて!」
「今から、俺が『焼き肉』というものを教えてやる!」
その夜。
全員が腹いっぱいになるまで食べた。
ベリーを潰して作った果汁を、熱々の串焼き肉へ塗りつけたのだ。
(塩のない石板焼き肉)
(肉自身の脂で焼き上げて、すごく酸っぱいラズベリーを塗って肉を柔らかくする)
(ちょっと獣臭いし、かなり筋張ってる)
(でも、この状況じゃ脂の香りだけでも十分に人を温めてくれる)
(できれば、塩が欲しいな)
(あ、そうだ)
(次は血抜きの方法も教えないと)




